ナッジのススメ 第4回 デイサービスに行きたがらないのはなぜ?

2025/12/04

感情の習性に沿って、望ましい行動へと促す手法「ナッジ」。
今回も「介護の現場でのコミュニケーションを円滑にするためのナッジ」について、ナッジを用いたヘルスプロモーションを研究している竹林正樹さんと、在宅を中心とした高齢者支援に奔走する橘友博さんが語り合います。


橘 竹林先生に相談です! 今月からデイサービスの利用が始まった方がいるのですが、自宅にお迎えに伺うと、「調子が悪い」と言って、当日キャンセルすることがあります。契約の前に説明をして、納得していたのですが、意欲が湧かないようです。家族も困っています。

 

竹林 デイサービスの利用者でなくても、計画時には意欲があったのに、実行段階になると別人のように意欲が下がる現象は、よく見られます。橘さんも子どもの頃、夏休み前に宿題を計画的に進めようと考えていたにもかかわらず、いざ夏休みになると、宿題を先送りして、最終日に後悔した経験はありませんか?

 

橘 何で知っているんですか(笑)。でも、これってよくあることですよね。

 

竹林 こうした状態になる理由は、主に2つの心理から説明されます。1つ目は、現在バイアス(目の前のことを過大評価する心理)です。人は、加齢とともに現在バイアスが強くなりやすく、目の前の利益を優先し、将来にかかわる面倒なことを先送りしたくなります。先ほどの利用者さんも将来の自分の健康よりも、目の前の「面倒だ」「新しい環境に緊張する」といった感情を優先している可能性があります。

 

橘 高齢者になると、数年後のことよりも、今を楽しもうという考えになるのはわかる気がしますね。とはいえ、あっという間に機能が低下するおそれもあるので、介護職としては心配です……。

 

竹林 2つ目は、現状維持バイアス(現状を好む心理)です。加齢とともに現状を変えようとするパワーが湧かなくなり、新しいことをするのが面倒になってきます。

 

橘 高齢者は頑固で変化を嫌う」といわれるのは、現状維持バイアスの表れかもしれませんね。では、どうしたら利用者さんが自らデイサービスに行きたくなるのでしょうか?

 

竹林 やはり、家族からデイサービスの利用を促してもらうのが一番です。しかし、次のような方法はおすすめできません。


食卓で晩酌をしているときに、家族からデイサービスの話題を切り出し、最後に次回は行くように念を押す。

橘 よくある方法のようですが、何がダメなのでしょうか。

 

竹林 いつもの場所で、いつもの人(家族)が、いつもの感じで、新しい提案をしても、現在バイアスや現状維持バイアスがはたらいて拒絶される可能性が高いです。高齢者の認知バイアスに沿ったナッジを設計すると、次のようになります。


【ナッジを設計したやりとり】
❶年金受給直後のランチタイムに
❷高級レストランで
❸同居していない孫が
❹昔の仕事での成功談を聞いた後
❺「デイサービスの職員に会うだけでもよい」と提案して
❻笑顔で会話を終える

橘 これを利用者の家族にすべてやっていただくのは、難しい気がしますね……。

 

竹林 できるものからやるのは、いかがでしょうか? まず、❶について説明しますね。認知バイアスの強さはタイミングによって変わります。現在バイアスは、金銭的に困窮すると強まり、現状維持バイアスは疲れると強まるので、これらを避けた「年金受給直後」の「ランチタイム」をおすすめします。逆に夜は疲労がたまり、提案するタイミングには向いていません。❷は、場所を変えることで現状維持バイアスを弱めるねらいがあります。また、高級レストランで正装するときちんとした応答をする意思がはたらきます。

 

橘 提案をするときは、タイミングや雰囲気が大切なのですね。

 

竹林 ❸は、「何を言われたか」よりも「誰が言ったか」によって判断を変える心理(メッセンジャー効果)を用いたナッジです。同じ内容でもたまに会う孫に言われると、受け入れやすくなるのです。❹は、「デイサービスに通ったところで、どうせ何も変わらない」というマインドを「自分は努力すれば変われる」というマインドに切り替えるためのナッジです。マインドの切り替えには、努力が実を結んだ経験を話してもらい、それを褒めることが有効です。また、「話を聞いてもらったし、相手の話も聞こうかな」という気持ち(返報性)が出やすくなります。

 

橘 どれもエビデンスに基づいているのですね。

 

竹林 本人は、デイサービスという新たな環境に高いハードルを感じている可能性があるので、❺のようにハードルを下げるのが効果的です。そのうえで、「デイサービスに行くのは、いつがよいか決めてね」と切り出せば、本人は選びやすくなります。❻は最後の印象が強い記憶として残る心理(ピークエンドの法則)にはたらきかけるナッジです。たとえ、本人に提案を断られたとしても、最後に「必ず行くんだよ。わかった?」などと念押ししてはいけません。怒りの感情だけが残り、その話題に拒否感を示すようになります。断られても「聞いてくれてありがとう」と笑顔で終えることで、よい印象が残り別の機会に提案することができます。


まとめ

通所介護を申し込んだのに、利用が始まると拒絶されるのはよくあること。背景にある現在バイアスと現状維持バイアスを刺激しないナッジを設計する。


参考文献

Danziger S, Levav J, Avnaim-Pesso L. Extraneous factors in judicial decisions. Proc Natl Acad Sci USA. 2011; 108: 6889-6892
川西諭、田村輝之「グリット研究とマインドセット研究の行動経済学的な含意?労働生産性向上の議論への新しい視点」「行動経済学」2019年、第12巻、87~104頁。
Redelmeier DA. Kahneman D. Patients' memories of painful medical treatments: real-time and retrospective evaluations of two minimally invasive procedures. PAIN. 66: 3-8,1996.

 

竹林正樹

青森大学客員教授。青森県出身。行動経済学を用いて「頭ではわかっていても、健康行動できない人を動かすには?」をテーマにした研究を行い、年間10本ペースで論文執筆。各種メディアでナッジの魅力を発信。ナッジで受診促進を紹介したTED(テッド)トークはYouTubeで80万回以上再生。著書に『心のゾウを動かす方法』『介護のことになると親子はなぜすれ違うのか』など。

 

橘 友博

合同会社くらしラボ代表。介護福祉士、ケアマネジャーとして介護施設で勤務したのち、2015年に合同会社くらしラボを設立。「あなたの“ふつう”を考える」をコンセプトに複数の介護事業所を運営し、在宅を中心とした高齢者支援に奔走している。