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災害時における介護支援専門員の役割
あのときの私たち、福島で起きたこと

内容紹介

東日本大震災から11年。福島県は地震、津波、福島第一原子力発電所による事故と三重の苦しみに直面しました。被害状況は県内地域で大きく異なり、沿岸の浜通りは津波と原発、中通りは地震、そして会津地方は被災者の受け入れで生活が一変しました。風土気候が異なる3地域に分かれている福島県では、雪が降らない浜通りから、山深い豪雪地帯の会津地方への避難は別世界に移住するほどの違いで、生活習慣の変更が余儀なくされました。コミュニティが崩壊し、帰ることのできない故郷になってしまった浜通り、一方で被災者を受け入れる会津地方は風評被害により収入が得られないという二次災害に苦しみました。家族との死別、補助金の有無による嫉妬や妬み、長期化する避難所生活での心の病の発症など、表には出ない差別や苦しみも生じました。
こうした複雑な事情を抱え、地域ごとに復興への課題が異なる福島県において、自身も被災者でありながら介護支援専門員としてクライエントと向き合い、命がけで支援を続けた福島県介護支援専門員協会に所属する介護支援専門員の活動と歩みをまとめたのが本書です。きれいごとでは済まされない当事者の生の声とともに、他県の介護支援専門員にも役立つ日頃からの備えや心構えを伝えます。

編集者から読者へのメッセージ

本書の「あとがき」より、吉田光子氏の文章を紹介します。

「すでに東日本大震災から11年が過ぎ、復興という言葉も聞き飽きたと感じる人もいるかもしれません。しかし福島はまだまだ渦中にいるのです。毎日空間放射線量の値がニュースで流されています。県内のあちこちに空間放射線量を表示するモニタリングポストが設置されました。その多くが耐用年数を過ぎても撤去に不安を持つ住民の要望に応えていまもなお稼働しています。原子力発電所の廃炉への道すじもまだはっきりとは見られないまま、貯まり続けた汚染水の海上放出が始まろうとし、やっと再開した漁業者の反対を受けています。
いま日本の各地で大きな自然災害が多発しています。地震のニュースも頻度を増してきているように感じます。いつどんなことが起きるのか、今の生活を脅かすかもわからないのです。だからこそ、今できること、しなければならないことは何か、自分の身近に起こるかもしれない災害にどう備えるのか、その時にどう自分の心身を守るのか、そうしたことを考えるきっかけにしていただきたいと思います。」

主な目次

第1章 福島県内における被災状況及び支援状況について
第2章 東日本大震災によって福島で何が起きたか~相談支援専門職チームの活動からみえたこと
第3章 東日本大震災における支援の実際~被災時の利用者の暮らしに焦点を置いた事例から
第4章 震災発生当時のケアマネジャーの思い
第5章 災害とBCP(事業継続計画)
第6章 編集委員と八木亜紀子氏による座談会
付録 震災時のあるある

著者情報

一般社団法人福島県介護支援専門員協会