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長谷川和夫先生に聞こう! 認知症のエトセトラ

ある春の日に想う

 日毎に暖かさがましてきて、“春がきた”と肌で感じられる頃となりました。
 先日、所用をすませて、上野駅の公園口から車を拾って根津の近くになったとき、渋滞のために車がとまってしまいました。ふと車窓から外を見ると、小さな寺の門の傍に、次の一首がしるされていました。

生くるとも
死すとも知らず
われはたヾ
春の光に
流れてぞいく

 たんたんとして記されている句に私の心を讀まれている感じがしました。老いること、生きていくこと、そして死ぬること、重いテーマについてブログに先般書きましたが、この一句に現実のすべてがあるように思いました。

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 数日前のことです。アルツハイマー型認知症の80代の女性が、再診で私のもとに来られました。いつも長女に伴われて来られます。長谷川式認知症スケールの得点は3点でした。本スケールは満点が30点で、20点以下は認知症の疑いをもつと判定します。1桁の得点で、しかも3点というのは重度の認知症を裏づけるものです。自分の年齢も、現在の場所もわかりません。今日の日付も答えられません。計算もだめです。そして付き添った長女が誰なのかも認識できません。過去の想い出も、ほとんどまったくといってよいくらいありません。
 これからの将来への不安も心配も表現されません。腰が少しまがっていて、前かがみの姿勢ですが歩くことはできます。食事もおいしく食べられるし、痛いところもない。夜はよく眠れるとお答えになります。つやつやした頬は赤くて元気そう。そしてニコニコ笑って私の質問に答えています。屈託のない表情でうらやましいなと思いました。
 何も想い出がでてこないので、ふと思いついて「昔の歌を憶えていますか」と尋ねると「憶えていますよ」とおっしゃる。「歌ってみてください」とお願いすると、「春が来た 春が来た どこに来た~♪」と歌い始め、「山に来た 里に来た 野にも来た~♪」と綴じました。私はびっくりして、思わず拍手をしてしまいました。楽しそうです。付き添った長女も驚いた様子です。そして次に「あーきれいですね、この木は」といって、診察机の向こうにある常緑樹が天井に向かって緑の枝葉を伸ばしている様子を見ています。
高度の認知機能低下にあっても、美しさを楽しんでいる姿に感動しました。やっぱり人間はすばらしいと思いました。しかし、こうした堂々とした存在感というか、人の尊厳性を感じさせる方の背景には、常に暮らしを支えておられるご家族の苦労があることを思いました。私たちの支えのネットワークに包まれていることが、一つの重要な条件であると思います。
 そして認知症とともに生きてゆくことも、同じように“生きてゆくこと”のなかにあることを想って、冒頭の一句がさらに重く感じられました。


コメント


お寺の門の傍に記された一句は、私も共感致します。
どんなに計画的で保守的な生き方をしていても、先の事など分からないでしょう。確実な先読みが出来ないから、季節の流れに流されるしかないのかもしれません。最近、考えさせられる事です。

先生が経験された80歳代のアルツハイマーの女性の事ですが、私にも同じ感動的な経験といいますか交流があります。私の場合は出身地の民謡だったのですが、歌い終わった後に郷土料理や「パパはね~」と、亡くなられた御主人との若い時の思いで話をニコニコしながら話を始められます。
娘様が施設にお見えになった時に、しょっちゅう写真を見せながら、お孫さまの事を話したり、御家族の思い出話をしておられました。
ご本人は「そぉ~?ふん、ふん…」と理解出来てはいない様子なのですが、親子にしか分からない空間(居室)から聞こえる笑い声に、私まで幸せな気持ちになり心が和んだ事がりました。認知機能の低下はあっても「綺麗」「嬉しい」など感じる感性には、とても純粋な心があります。その心に触れた時、飛び上がって喜びたくなる感動があります。
これが「遣り甲斐」だと思います。
心の中に色々な葛藤をお持ちの認知症の方もいらっしゃいますが、綺麗で純粋な「たくさんの笑顔」を見たいので、これからも、この遣り甲斐を求める為に御家族にも支えて頂きながら、認知症の方達と一緒に生活(勤務)していきたいと思います。


投稿者: 玉本あゆみ | 2010年02月13日 12:42

(追記)
もう一つお伝えしたかった交流がございます。

高度の認知機能低がある(換語困難・語想起の低下あり)アルツハイマー(男性・80歳代)の方の事です。
その利用者様は、車椅子で移動した生活なのですが、しょっちゅう不定期な時間帯に突然、「アッ~!」と大声で発狂し独語も多く不機嫌になる方でした。一緒に生活をしていると、何故、怒りだすのか、そのメッセージが読み取る事ができ、好みも分かってきます。お熱を出した時や体調に変化のない時は、私は発狂が始まると「チャンチャン、チャッチャランチャ~♪」と前奏を歌い始めます。すると、不思議な事に、釣り上っていた眉毛がへの字・表情がとても穏やかになり、「月が~出た出た月が~出た~ヨイヨイ」民謡の炭坑節をクリアに歌い始めます。その方の担当ではなかったので、ずっと付いて差し上げる事は出来ませんが、まるで魔法にかかったかのように…。彼は施設の外に出たかっただけなのです。残存機能を引きだす個別な「乗せ方上手」も大切な事で、私まで大変幸せな気持ちになります。このような小さな「遣り甲斐」の積み重ねは独自の宝物・モチベーションを高める宝物となっております。
長谷川先生のお気持ちが分かります。


投稿者: 玉本あゆみ | 2010年02月13日 13:56

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
長谷川和夫
(はせがわ かずお)
認知症介護研究・研修東京センター名誉センター長、聖マリアンナ医科大学名誉教授。専門は老年精神医学・認知症。1974年に「桜、猫、電車……」の長谷川式認知症スケール(HDS-R)を開発者して以来、常に認知症医療界の第一人者として時代を牽引してきた。最近では、「痴呆」から「認知症」への名称変更の立役者でもある。『認知症の知りたいことガイドブック』(中央法規出版)、『認知症を正しく理解するために』(マイライフ社)、『認知症診療のこれまでとこれから』(永井書店)など著書多数。
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