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長谷川和夫先生に聞こう! 認知症のエトセトラ

老いること

 私が認知症医療にかかわり始めたのは1968年頃です。人生の折り返し地点ともいえる39歳の時でした。これまで認知症だけでなく、うつ病、幻覚妄想病、せん妄状態、神経症、人格障害などをもつ多くの方々に接し、さまざまなことを学びました。そして、次第に自分も老いの波を登りつつあります。
 若いときには、老いること、年をとることは、頭ではわかっていましたが、まだまだ先の話で、他人事のように思っていました。しかし、70歳をこえた頃に、体力や気力も若い時のようにはいかないことを自覚し始めました。ことに、“老い”について書かれている書籍、印刷された文章がおびただしいことに驚きました。『老い方、六輔の。』『私の型破り戒老学』『老いを生きる』『老い』『健やかに老いる』『老年期』『さわやかに老いる知恵』『あなたの「老い」を誰がみる』など数十冊です。これらはいずれも、なるほどと思うことが書かれていて、多くを学びました。しかし、“老い”を体験することにはなりません。
 現在、私は老年後期といわれる年齢期に入り始めましたが、現在の時点での“老い”についての私の考えを述べてみます。

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 老いることは生きることであり、生きることは老いることだと思います。そして3つの特徴があります。第1は「独自性」です。過去から現在まで、その人だけにしか体験されなかった歴史をもっています。第2は「1回性」です。現在、あるいは今という瞬間を生きていくわけですが、この瞬間は1回きりでもう再びくることはありません。第3は老いも生きていくことも「進行形で終わりがない」ということです。確かに結果的には、終期、つまり死がありますが、その直前まで生きていくこと、老いていくことはつづきます。老いのために何もできなくなった身体になり、何も考えられなくなったとしても、生きていくというプロセスはつづくのです。行動はできなくなっても存在として進行形をとるのです。Doingでなくて、Beingが老いの本質と思います。
 そして、こうしたDoingにしろ、Beingにしろ、Goingにしろ、全て人の営みは多くの人々によって支えられているのです。独自の威厳をもち、1回性という貴重を与えられて老い、生きていくことのできる背景には、両親、子ども、同僚、上司、教えをいただいた恩師、そして名前も知らない多くの人々の愛と悲しみと支えがあってこそ、私たちのBeingがあるのだと思います。
 このような気づきをもったとき、私たちの心には小さいけれど明るい灯(ともしび)がつくと思います。こうした想いの灯をかかげてお互いに支え合い、喜び合い、励まし合って終末の日まで生きてゆくことが、老いの苦悩を耐えてゆく力になるでしょう。


コメント


両親や兄や祖母、周囲の大人に守られ愛され、何の悩みも苦労もなかった幼少期…、悩みと言えるような大した悩みではなかった幼少期…今の自分を想像する事すら出来ませんでした。
きっと、老年期の自分が想像出来ないように…。
でも、右も左も分からない世間知らずな幼少期とは違い、ある程度の先見の明はあるように思いますので、残りの人生は、なるべく平和で幸福な日々を過ごしたいと願うあまり、慎重になり過ぎて人生の岐路に立たされた時は立ち止まる時間が長くなってしまいます。
大人になれば自己責任だからです。
ところがどうでしょう…現代社会は人の「愛」を知らないエゴイストが多いからでしょうか、責任転換をして華々しく世に出ています。これが世渡り上手というものなのか矛盾を感じる時もありますが、日野重明先生や長谷川先生やパーソン・センタード・ケアを学ぶ上で知り会う事ができた諸先生方のお陰で歪まずに生きる事ができます。
神様も、「1回性の時間を無駄にする事はない…もう自分の行きたい方角に進みなさい」と諭して下さったように思います。

『老いることは生きることであり、生きることは老いることだと』
職業柄、お年寄りと過ごす時間が多いからなのでしょう…私自身も着実に老いに向かって生きているのだと自覚させられます。「今」しか見えないで、スピードを出して進んでいる若い時は、許されていた事にも気付けなくて甘えもありましたが、老いるにしたがって気付けなかった大切な独自性の倫理観、哲学も見つける事ができたように思います。決して人真似では確立できない「独自性」のものがあるのかもしれません。そして、その倫理観が間違っていれば必然的に神様が正して下さいます。(年齢に関係なく自分の事しか考えていない独自性をもった人もいますが、神様が時期をみて正して下さる事でしょう)

★介護には投影性同一視が機能して一方的な「押し付け感」「お節介感」、自己愛の強い人は他者をコントロールして優越感に浸る場合もあります。

『1回性』の貴重な時間は、私にとって認知症の方々や御家族との関わりの方が多いでしょう。
パーソン・センタード・ケアはの★印のような事実が顕著であれば失敗します。
健常者同士の人間関係にも共通した倫理観もあります。この素晴らしい愛のある自然の摂理を言葉に残して下さった偉大なトム・キットウッド教授
や、日本に上陸させて下さった偉大な方々のBeingに感謝しております。

「真っ赤なお鼻のトナカイさんは~いつもみんなの笑いもの…暗い夜道はピカピカのお前の鼻が役に立つのさ~…」というクリスマスソングがありますね。子供の頃は意味深さなど考えもしないで戯けながら歌ったものですが、大人になった今、今迄の経験を振り返り照らし合わせた時、あの歌は単なる空想論ではなく心に小さな灯がつく現実と調和のとれた温かい歌なんだな~と思いました。
巡り会った人と人とのBeingを尊重し、愛で支え合う事は苦脳にも耐えてゆけるパワーになるのだと認識し感謝しております。その事に一人でも多くの方に気付いて幸福になって頂きたいです。

長谷川先生にも巡り合えた事に感謝しております。


投稿者: 玉本あゆみ | 2010年02月12日 08:32

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プロフィール
長谷川和夫
(はせがわ かずお)
認知症介護研究・研修東京センター名誉センター長、聖マリアンナ医科大学名誉教授。専門は老年精神医学・認知症。1974年に「桜、猫、電車……」の長谷川式認知症スケール(HDS-R)を開発者して以来、常に認知症医療界の第一人者として時代を牽引してきた。最近では、「痴呆」から「認知症」への名称変更の立役者でもある。『認知症の知りたいことガイドブック』(中央法規出版)、『認知症を正しく理解するために』(マイライフ社)、『認知症診療のこれまでとこれから』(永井書店)など著書多数。
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