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長谷川和夫先生に聞こう! 認知症のエトセトラ

白光との出遭い

 以前のブログで私のキリスト教との出遭いを書きました。今日はあのM牧師との再会をめぐる物語りです。

 私は1949年4月15日、復活祭にM牧師により洗礼を受けました。ところが2か月後の6月4日、聖霊降誕祭と呼ばれる日に教会が2つに分裂してしまいました。太平洋戦争当時に追放された外国からのミッション教団は、終戦を経て日本へ戻ってきていました。私の教会にもその波がおしよせたため、私の導師であったM牧師は10人位の信徒と共にミッションに戻ることになり、2派に分裂したのです。
 新しく入会したばかりの私にとって、教会が分裂したことは驚きでした。そして、状況のわからないままにM牧師と別れてしまいました。私にとっては「躓きの石」でした。
 それから3年後、M牧師はがんにかかり、重篤な状態になっていると伝え聞きました。私はすぐにM牧師宅に伺いました。応接に出てこられた夫人から面会謝絶の旨を伝えられましたが、なんとか面会を許されました。

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 ベッドに横になった先生は、あのいつもの温和な微笑みをたたえて、「しばらくだったね」と言われました。私は何も言えずにただ先生の傍らにひざまづきました。先生は「主はひとつだよ」と言われました。その時、突然、先生の背後の上の方から強い白い光がパーッとおりてきました。ベッドの上の先生と私はまぶしい白光に包まれました。
 私はたたきつけられたようにひれ伏してしまいました。1分位だったと思いますが、私は涙があふれて、ただ申し訳なかったという気持ちでした。なぜ、そのような気持ちになったのかは、うまく表現できません。「よく来てくれたね」という先生のお言葉を背にして帰りました。その3日後に先生は亡くなりました。
 あの白光は何だったのか。私はあのとき神様が来られたのだと確信しています。たまたま雲の切れ目から陽光が降ってきたのかもしれませんが、私にとっては神秘的な出遭い体験でした。
 実は、私はこの体験を書くのをずいぶんためらいました。神がかりなことと思われる方もきっといらっしゃるでしょう。しかし「出遭い」というのは本質的には個人の体験ですからね。教会分裂という「躓き」は実はその陰に大きな恵みが用意されていたのだと思っています。


コメント


長谷川先生…
私も、実は人に言うと「変」だと思う不思議な体験をしました。去年、兄が自分の自宅で病死し、私や母の元に小さい壺に入って戻って参りました。母は過労で動く事が出来なくなったので、私が全て後片付けまでやったのですが、兄の用事で外出しようとした時、私と骨壷の間に一筋の「赤い光線」が走りました。「疲れている」と自分で思いつつ、その光を見た時に茫然とし立ち尽くしてしまいました。あれは、一体何だったのか確定する事が出来ませんが、兄が家族の元へ帰ってきた証しだと思う事にしております。夜勤をしていた時も、何度か不思議な体験をしました。
今日(1/16)教会の副牧師さんが送迎して下さり、19:30~初めて牧師さんによる「学びの会」に出席しました。牧師さんは18歳で洗礼を受けた白髪の医師で60年信仰しておられます。
今日は、「新約聖書 ルカの福音書16章19~28」を学びました。行く前は、兄が天国に行けるには、亡くなっても苦しまずに安らかに眠れるには、どうすれば良いのか…神様に助けを求めたい気持ちで一杯でした。
また、虐待を受け家族の愛情が薄かった利用者様に、どんなに生きる意欲を取り戻して頂きたくても限界があり間に合わず、新人スタッフによる誤嚥、誤嚥性肺炎を見逃したNSへの憤りにを抑えながらケアにあたり「死」への恐怖・不安を打ち明けてくださった時に「人は誰でも死ぬんだよ。若くても不慮の事故でも死んでしまうものなんだよ。天国でお爺ちゃんと会えるよ」と手をさすりながら話した事が間違っていた事に気付かされました。「お爺ちゃんと会える保証はない」「神様ーキリスト様ー精霊は三位一体で信じる事から始めなければ、亡くなっても裁きを受ける。誰かに何かをして喜んでもらえる事が喜びと感じる意味で信仰するのではなく、自分の為に、自分が神の子となれる為に信仰があるのだと」諭されました。私自身が兄の死から立ち直れずに、自分の苦しみを救ってもらいたかった事もありますが、間違った解釈もあった事に気付きました。キリスト様の復活を信じれるか?と問われれば、Yesと即答できません。My聖書の何処から呼んで学べば良いのかを尋ねると、聖書の「ルカの福音書
1~」と勧められました。聖書の言葉に触れると、何か必ず気付きがありますので少しずつ読んでいきます。御目にかかった牧師さんは、まだキリスト教が何なのか全く分らなかった幼稚園の頃、友人に連れられて遊びに行っていた牧師さんとはイメージが違っておりましたが、信者の方々とはすぐに仲良くなりました。隣に座って私のフォローをして下さった同年代位の女性は信仰して13年になるそうですが、何故信仰を始められたのか?と不躾な質問に「色々あって、神様を信じる様になってから自分が作った罪が分りました」とおっしゃておられました。私が作った罪は…お爺ちゃんに会えるなど、その場凌ぎの無責任な事を言ってしまった事、兄を助けてあげられなかった事です。牧師さんにも色々なタイプの方がおられますが、聖書も学んでいきます。まだ初対面で何も決まりませんが、長谷川先生の様な牧師さんに巡り合えれば嬉しいです。


投稿者: 玉本あゆみ | 2010年01月16日 23:57

歴史を振り返り、疑問をや矛盾を感じていた事がありました。
キリスト教徒は戦死(戦いに出ていき、自ら命を絶つ事ができない)という教えがあるのに、何故、キリスト教を布教する為に異教徒との争いは聖戦と呼ばれたのか…十字軍の存在の価値は?
頭の中はクエスチョン・マークで一杯になります。ミッション教団の宣教師達をスパイ容疑にかけ戦争によって、どの様な弾圧を受けたのか…調べましたが入り口が見つからなかったので、機会があれば教えて下さい。明治学院の学院長・中山弘正氏が1995年に、侵略戦争に加担させられ多くの学生達を学徒兵として出陣させてしまった、当時の学長達の深い悲しみと嫌悪感、戦争責任・戦後責任の告白を発信しておられる記事も拝見しました。聖書を「亀さんの歩み」で学んでおりますが、神様が天と地と人間や生物を御作りになられたのに、亡くなった方を神として崇める「偶像崇拝」にも矛盾を感じ、「それは違うでしょ~!?人間が人間を神様として拝むなんて可笑しい~」と改めて思います。(よく考えると、私は昔から、初詣や受験の為に御参りするという習慣には、無意識の内に背反し足を運んでいませんでした。苦しい時だけの神頼み…という身勝手な思想も受け入れる事が出来ず、実際に「神様は何処にいるんだろう?」と神社の神殿を覗いた事もありましたが、「神様」の気配を感じませんでした。御守り…人が作ったアクセサリー位にしか思えません)朝鮮のキリスト教徒に日本が何をしたのかなど知っただけで恐ろしくなりました。靖国神社の参拝を拒否すると特高に逮捕される権力主義の世の中に生まれなくて良かった~と心から思います。私は間違いなく非国民となり焼き殺されてしまうかもしれません。歴史をもっとタイムスリップして思った事ですが、フランシスコ・ザビエルは勇気のある人ですよね。日本がどんな国なのかも分らないのに、ちょん髷姿の刀をさした異国の地に足を踏み入れる勇気は私にはありません。権力の弾圧にも恐れる事無く信念をもって洗礼を受けたキリシタン大名・高山右近、明智光秀の娘・細川ガラシャも尊敬します。ガラシャさんの名は「玉」っていうんです!先生、御存知でしたか?私や兄にも光秀の様な「敵は本能にあり~!」と乗り込んでしまう正義感の強さがありますので(実際は乗り込む前に止められる事もあります。やはり神様はいらっしゃるんですね…)何だかガラシャさんにも親近感がもてます!単純でしょうか??私は、玉の生まれ変わりかも…と思いましたが、助けにきてくれなかったら困りますし、人質になるのも嫌なので思わない事にしました。
先生の体験の全ても、とても貴重な宝物だと思いますので、躊躇される事はないと思います。何も悪い事を書かれている訳ではありませんし…自分にない魅力を感じた人に醜い感情を抱く人もいる御時世ですが、人間の心は複雑なようですので気にしていたら身がもちません!私は先生の応援団ですから。兄が無くなった直後に兄の骨壷と私の間を通り抜けた「赤い光線」を見た事を御住職さんや牧師さんに言うと、何も答えてくれませんでしたが、私自身が安堵感を感じており口外する事に躊躇しておりません。
何だかまとまりのないコメントになりましたが、武器を持たない戦争もある世の中ですので、中央法規さんも平和を発信して下さい。宜しくお願いします!


投稿者: 玉本あゆみ | 2010年01月28日 08:10

私は誠実な副牧師ご夫妻と知り合う事ができました。ネット上でも色々な情報が氾濫しておりますので、何事も惑わされてはいけないと教えられました。今日はサムエル記9を学び、時間外にも色々な事を教えて頂きました。
そして、その中で気付いた事は、私はまだ「自称クリスチャン」とは言えないという事です。
聖書を読む事から始めたばかりで、クリスチャンの「ク」の字も解っていなかった事に恥ずかしくなりました。サムエル記を学ばせて頂いた牧師様にもお礼の言葉もございません。人間として生を受けた以上は生きる事にも目的があり、死ぬ時にも目的がなければならない…だから、何が大事なのか、何をしなければいけないのか分かったような気がします。
長谷川先生は洗礼を受けるまでに時間がかかりましたでしょうか?私は一歩づつ進んで参ります。


投稿者: 玉本あゆみ | 2010年02月13日 23:28

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

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プロフィール
長谷川和夫
(はせがわ かずお)
認知症介護研究・研修東京センター名誉センター長、聖マリアンナ医科大学名誉教授。専門は老年精神医学・認知症。1974年に「桜、猫、電車……」の長谷川式認知症スケール(HDS-R)を開発者して以来、常に認知症医療界の第一人者として時代を牽引してきた。最近では、「痴呆」から「認知症」への名称変更の立役者でもある。『認知症の知りたいことガイドブック』(中央法規出版)、『認知症を正しく理解するために』(マイライフ社)、『認知症診療のこれまでとこれから』(永井書店)など著書多数。
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