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詩人 藤川幸之助の まなざし介護

シロヤのパン

「二つの小石」 
          
父は認知症の母との生活を
日課表に書いて壁に貼っていた
それにあわせ
母といっしょに朝を迎え
母と食事をし
母と声を合わせ歌を歌い
母を座らせ母の化粧をしていた
久しぶりに帰省した息子のことなんか
ほったらかしで

夕刻には二人で手をつなぎ
戦時中には飛行場だった空き地を
二人で歌を歌いながら散歩をした
そして一日が終わり
二つ並べた布団に入り
手だけを出して
母が勝つまでジャンケンをした
淡々とした慎ましい生活
この繰り返し

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photograph by Konosuke Fujikawa

三人で海へ行った
石ころだらけの海辺だった
大きな石の間に小さな石
小さな石の間にもっと小さな石
みんな静かに寄りそい
海をながめていた

大きな平たい石をえらんで
父と母は並んでこしを下ろして
水平線を見つめていた
小さくすり減った二つの石だった
寄り添い支え合う二つの小石だった

私は投げるはずだった小石を
もとの場所へもどした 
できるだけ正確に
できるだけ静かに
「死ぬときには
 お母さんを連れて行きたいなあ」
と暮れ残る西の水平線を見つめて
父が言った

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photograph by Konosuke Fujikawa

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 今年も、講演でいろんな所へ行った。北は北海道の旭川から、東京都、神奈川県、茨城県、愛知県、岐阜県、奈良県、京都府、和歌山県、島根県、兵庫県、山口県、福岡県、大分県、佐賀県、長崎県、熊本県、南は沖縄の豊見城市まで。家族の会、医師会、介護施設、保険会社、学校、PTA、服飾の会社、高齢者の人権の会、男女共同参画について考える会など、いろんな主催者に呼んでいただいた。母への土産の全国各地のキューピー人形のストラップもたまりにたまって、入院中の母の世話をしてくださる病院の方が、母の枕元に凧糸にぶら下げて飾ってくださった。
 そんな講演も、一昨日の福岡県行橋市で今年最後の講演になった。行橋市は、北九州の小倉の近く。夜の講演会だったので、講演が終わって主催者の方々と楽しく打ち上げをやった後、小倉に泊を取った。小倉といえば、十代の頃2年ほど住んだ街。この街で、私は谷川俊太郎の詩集に出会い、将来は必ず詩人になって谷川俊太郎のようになりたいと志を立てた街。いろんな思い出がある。小倉駅を出て、踊り場を右に降りると「シロヤ」というパン屋がある。昔ながらのパン屋で、いろんなパンがならんだショーウインドーの奥では白い衿なしの白衣と三角巾を被った数人の女性がパンを売っている。その奥では、十数人の男性がパンを作っている。その白衣と三角巾の中の人は当時と別人に決まっているが、30年前と全く同じたたずまいでそのパン屋はあった。昔良く買って食べた揚げたアンパンと厚手のハムがはさまった調理パンを買って帰路についた。

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photograph by Konosuke Fujikawa

 列車の中でそのパンを食べながら、小倉にいたときのことを思い出した。そのパンの入った袋とシロヤのロゴとそのパンの懐かしい味で、当時の自分の姿や当時の様子がありありと目に浮かんだ。大学なんてどうでもよかった。自分が将来やりたいことを見つけたかった。そんな時、谷川俊太郎の詩集『日々の地図』に図書館で出会った。その本の置いてあった書棚のことも、もちろんその本の冷たい手触りも谷川さんの詩の言葉も思い出した。他のことはあまり憶えていないが、詩集の中の谷川さんの言葉を読んだときに揺さぶられた思いや小倉城の横を通りながら抱いた詩人になるんだという志をはっきりと思い出す。言葉には言い表せないとはこのことだ。ある程度状況も思い出すが、それよりもその時の強い志や淡い恋心、将来に対する不安などの当時の心の機微を、シロヤのパンの味とともに深く感じた。
 回想法という心理療法がある。アメリカの精神科医ロバート・バトラーが提唱した方法。高齢者が過去を振り返り、回想することは心的にとても重要なプロセスだとして、その回想する行為を高齢者から引き出して、アメリカの精神分析学者エリクソンの言う老年期の発達課題「自我の統合」を達成させようとするもの。こう難しく書くと、私も分からなくなるが、要はお年寄りが自ら過去を思い出すことで、心健やかに穏やかに暮らしていくというもの。私はまだ老年期にはいないが、シロヤのパンで十代の頃を思い出して、もう一人の自分自身に出会い、その若い頃の自分自身を自分の中に受け入れたという感じがして何か安心した気持ちになった。本当は、十代の頃、私は自分自身のことが大嫌いだった。その大嫌いな自分を受け入れて、拾い上げ回収し、自分の中へすくい入れたという感じだ。

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photograph by Konosuke Fujikawa

 以前、このブログで生前父が認知症の母に毎日「旅愁」という歌を歌っていたことを書いた。父の下手な声色をまねながら母に歌うと、母は今でも大声を上げる。何でも消し去ってしまうと言われている認知症でも消せない、父との楽しい思い出や父の愛が母の心の中には結晶のようになって残っていると、いろんな所で書き、講演会で話してきた。しかし、本当のところはどうなんだろうか少々心にわだかまりがあったのだ。母のポッカリ空いた大脳の状態で、本当にそうなんだろうかと私は思っていたのだ。先日横浜に行ったとき、医師で「認知症の人と家族の会」の神奈川県代表もされている杉山孝博さんにお会いした。そして、そのことを聞いてみた。母は感じているんだろうかと。「繰り返し記憶というのはしっかりと心に刻まれるんです」と明確な答えだった。毎日毎日欠かさず、母と歌っていた父の姿が私の中に蘇った。下手だったけれど、母に優しいまなざしを向けながら父は歌っていた。老いた父は、母に歌いながらも自らの故郷の歌を自分自身にも歌い、自らの過去をも回想していたのだと思う。
 いろんな人たちに出会い、いろんな人たちと楽しいおしゃべりをし、多くの人たちにいろんなことを教えていただいた一年だった。母に買って帰ったキユーピー人形のキーホルダ。その一つ一つを見ると、一つ一つの講演会と講演会を聞きに来てくださった方々、その主催者の方々のことを思い出す。私が老い、この世界を忘れかけていくとき、今年のどんな思い出が私の頭の中に残っているのだろうか。そして、今年会った多くの人たちの心に私はどのように残っていくのだろうかと、認知症の母の病床キューピー人形を一つ一つ手に取り大切に眺める。

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photograph by Konosuke Fujikawa

◆たっちゃんさん、コメントありがとうございます。「言葉は無くても気持ちに寄り添って安心させてあげたい!」と、たっちゃんさん。言葉がない方の気持ちにより添うということは、その気持ちを感じようとしてはじめてできることだと思います。その本当のところが感じられなくても、「感じよう」とすることが、もう既にその心に寄り添うことだと、たっちゃんさんのコメントを読みながら考えました。たっちゃんさんの担当の病棟の方は幸せだと思います。「「感じよう」とする心は、どんな人の心にもあるけど、現実の生活を優先してしまうと、置き去りにされてしまいやすいものだと思います。」とも、たっちゃんさん。現実の世界とは、できるできない、分かる分からない、早い遅いという世界でしょうか。分かる分からない、できるできない、早い遅いと聞くと、私などには何か自分が選別されているような気になりますが、感じる感じないには、豊かさや深さに通じる温かいまなざしを感じます。でも、分かる分からないの「分かること」と「分からないこと」、できるできないの「できること」と「できないこと」、早い遅いの「早いこと」と「遅いこと」の間にも豊かさや深さはあって、そこを感じる心を置き去りにしないで、私もしっかりと現実の世界を生きていこうと、たっちゃんさんのコメントを読んで感じました。

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photograph by Konosuke Fujikawa


コメント


藤川幸之助様 はじめまして 素晴らしい詩集を読ませていただき大変感動させてもらいました 私も介護らしきものをしておりおよびもつきませんが母の介護の詩も時々書いております ですから藤川先生は私のかけがえのない太陽のような存在であり心の励みとなっております うちの母もいとしく小さいのか大きいのかわからない感じがします そんな母をとうして父との姉との関係もうきぼりになってきます そんな中で家族愛一生けん命力を合わす私たちも汗と涙まぎれの毎日をおくっています そんな時は藤川先生の詩集がお手本であり心の安らぎです 5月にいらしたそうですね 行きたかったですまた何かこちらに来ることがありましたらここででもお知らせください


投稿者: ミカン | 2009年12月18日 17:17

先日投稿させていただきましたゆーたんです。
父は6年前ガンで亡くなり、母は2年前、末期のすい臓がんであることがわかりました。母は死を覚悟し、自分で葬式やお金の整理をしました。
母は抗がん剤の服用以外、輸血や手術すべてを拒否し、あまりの痛みにベッドの上で七転八倒。私の判断でモルヒネを使用してもらいました。医師からは、「このままモルヒネの作用で目を覚ますことなく逝ってしまうかもしれません。」と言われ、母との別れを覚悟しました。最後は家で死にたいと言われ、家に連れて帰りました。
あれから2年、母は元気に生きています。医師からは奇跡と言われました。今でも抗がん剤を服用し、ガンと闘っていますが、なんと私の働く施設の厨房で、パートとして入居者様の食事を作っています。
長々と書いてしまいましたが、奇跡は起こるんです!
本人の強い意志と、死んでほしくないという周りの強い思いがあれば奇跡は起こるんです。
ぜひ、藤川さんも強く思って下さい。お母様にその思いは必ず通じるんです。だって私は目の前で奇跡を見てるんですから。


投稿者: ゆーたん | 2009年12月18日 17:18

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。なお頂いたコメントは、書籍発行の際に掲載させていただく場合があります。

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プロフィール
藤川幸之助

(ふじかわ こうのすけ)
詩人・児童文学作家。1962年、熊本県生まれ。小学校の教師を経て、詩作・文筆活動に専念。認知症の母親に寄り添いながら、命や認知症を題材に作品をつくり続ける。2000年に、認知症の母について綴った詩集『マザー』(ポプラ社、2008年改題『手をつないで見上げた空は』)を出版。現在、認知症の啓発などのため、全国各地で講演活動を行っている。著書に、『満月の夜、母を施設に置いて』(中央法規出版)、『ライスカレーと母と海』『君を失って、言葉が生まれた』(以上、ポプラ社)、『大好きだよ キヨちゃん』(クリエイツかもがわ)などがある。長崎市在住。
http://homepage2.nifty.com/
kokoro-index/


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著者:藤川幸之助
定価:¥1,575(税込)
発行:中央法規
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