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詩人 藤川幸之助の まなざし介護 2009年06月

心を強く保つ

「おむつ」
  
認知症の母が車の中でウンコをした
臭(にお)いが車に充満した
おむつからしみ出て
車のシートにウンコが染み込んだ
急いでトイレを探し男子トイレで
尻の始末(しまつ)をした

母を立たせたまま
おむつを替える
狭(せま)い便所の中で
母のスカートをおろす
まだ母は恥ずかしがる
「おとなしくしとかんとだめよ」
母のお尻をポンポンとたたいてみた
子供の頃のお返しのようで
少し嬉(うれ)しくなった

母のお尻についたウンコを
ティッシュで何度も何度も拭(ふ)いてやる
かぶれないように拭いてやる
母が私のウンコを拭いてくれたように
私は母で
母は私で

母の死を私のものとして見つめる
私の死を母のものとして見つめてみる
母と一緒に死を見つめてみる
狭い棺桶(かんおけ)のような直方体の
白い便所の中で

鍵(かぎ)を開け母の手を引いて
便所から出る
そして
左手で母をつかまえたまま
私も便器に向かい
右の手で小便を済ませた

『満月の夜、母を施設に置いて』(中央法規)

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写真=藤川幸之助



ナラティブ・アプローチ

「母の世界」

認知症の講演をした。
母のことを多くの人の前で話した。
認知症のおばあちゃんが座って聞いていた。
立って話を続ける私を見つめて
ずっと手招きをして
「立ってばかりでは大変
 ここに来て座りなさい」
と、言っていた。
「私がそこに座ると
 誰も話す人がいなくなるので
 そこには行けないんですよ」
と言っても
おばあちゃんは手招きを続けた。
あまりにも続くので
話を中断して
私はおばあちゃんの横に座った。
おばあちゃんは優しく
私の背中をさすってくれた。
何度も何度もさすってくれた。

このおばあちゃんの頭の中だけに
広がるおばあちゃんの世界。
私に与え続けるおばあちゃんの愛情を
受け取ってあげるだけで
おばあちゃんの世界は
つじつまが合い完結する。

母にも母の世界があったに違いない。
母の頭の中の世界を私は
ことごとく否定し続けてきた。
「何を言ってるんだ。変なこと言うな」と。
母の世界を受け入れることができなかった。
自分の世界を誰にも分かってもらえないまま
母よ、あなたは
口を閉じ
目をつぶり
動かなくなってしまった。
正常と言われている
この私たちの世界がどれほどのものか。
こんなにも狂ってしまっているじゃないか。
母の世界からしか見えないものがある。
認知症の世界からしか聞こえない音がある。

おばあちゃんから離れて
私は講演を続けた。
もうおばあちゃんは
手招きすることはなかった。
そして、ニコニコして「息子」の話を
最後まで聞いていた。

『満月の夜、母を施設に置いて』(中央法規)


人と人とのつながりを感じる

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写真=藤川幸之助



「死」とはその時まで生きること

「薬」

母は可愛そうだという
子どもも育て上げ
今からゆっくりしようというときに
可愛そうだとみんながいう

いや母は今が一番幸せな気もする
本当の母がここにはいる
いつも周りを気に掛けていた母
自分自身をすり減らして
本当の自分を押し殺して
母の体の中で
本当の母はいつも
小さく小さく小さくなって
息を潜めていた
心の襞(ひだ)の陰に隠れていた
本当の母の姿がここにはある
自分の思うままに生きる
天衣無縫の母がいる

父が用意した
病気を進まなくするだろう薬がある
病気がよくなるかもしれないという薬がある
その薬は
母にとって良いか悪いか
その薬を飲むとき
決まって母は
一瞬
いやな顔を見せる

誰のために生きているのか
母さん
おれのためだけに
生きているなら
もう大丈夫だ

 『満月の夜、母を施設に置いて』(中央法規)

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写真=藤川幸之助



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プロフィール
藤川幸之助

(ふじかわ こうのすけ)
詩人・児童文学作家。1962年、熊本県生まれ。小学校の教師を経て、詩作・文筆活動に専念。認知症の母親に寄り添いながら、命や認知症を題材に作品をつくり続ける。2000年に、認知症の母について綴った詩集『マザー』(ポプラ社、2008年改題『手をつないで見上げた空は』)を出版。現在、認知症の啓発などのため、全国各地で講演活動を行っている。著書に、『満月の夜、母を施設に置いて』(中央法規出版)、『ライスカレーと母と海』『君を失って、言葉が生まれた』(以上、ポプラ社)、『大好きだよ キヨちゃん』(クリエイツかもがわ)などがある。長崎市在住。
http://homepage2.nifty.com/
kokoro-index/


『満月の夜、母を施設に置いて』
著者:藤川幸之助
定価:¥1,575(税込)
発行:中央法規
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