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詩人 藤川幸之助の まなざし介護 2009年08月

母を捨てた罪悪感

「旨いものを食べると」
  
旨いものを食べると
病院に入ったまんま死んだ父が
フッと私のそばにやってくる
食わせたかったなあ
あの時無理をしても
鰻(うなぎ)を買ってきて食わせてやればよかった
病院の食事なんて今日は残していいさ
なんて言ってやって
早く出て母の世話をと焦(あせ)ったあまり
症状を隠(かく)して
死んでいった父

自分が大声を出して笑っていると
今老人ホームにおいたままの
母がフッと私のそばにやってくる
いっしょに笑いたいなあ
自分だけ楽しんで
母さんごめんねと
笑い声に
ザバンと水がかかる
ジュッと
いつもの私に戻る

三日前私は
食堂で百五十円やすい
コロッケ定食にした
昨日は
バラエティー番組の笑い声を聞いて
不機嫌にテレビのスイッチを切った
今日も
缶ビールを飲むのをやめた
5ヶ月前に買った缶ビールが
冷蔵庫の中で
飲まれる明日を待っている

     『満月の夜、母を施設に置いて』(中央法規)

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写真=藤川幸之助



母の日記

diary.JPG



生きるための戦い

「こうこく」

父から戦争の話を聞いた。
戦争で父は爆撃機に乗っていた。
「命がけだった」
と父は言った。
父の爆撃で
失われた命があるかもしれないと
私が言及すると
父は口ごもった。
戦争など何にも知らない息子に
問いつめられ
父の爆撃機は行き場をなくした。

認知症の母が苦しそうに大声を出した。
「そろそろオムツかなあ」
と言って、
その爆撃機は
介護など何にも知らない息子に
見送られ
妻の介護という
命がけの戦争の中に
飛んでいった。

母のオムツを替えて戻ってきた父に
「こうこく」のことなんだけれど
と、私は戦争の話を続けた。
父は恥ずかしそうに
「母さんのために
 お金を残しとかんといかんし
 大変なんだ」
と広告を私に見せた。
広告には
安いインスタント焼きそばと
インスタントコーヒーを探し当て
赤丸が付けてあった。
父の「皇国」は
いつの間にか
「広告」に変わって
心の中に生きていた。
死ぬためにではなく
生きるためにである。

『手をつないで見上げた空は』(ポプラ社)

DSC_7361.JPG
写真=藤川幸之助



笑顔が伝えるもの

「笑う」

あなたは笑っていた
本当は可笑しくも何ともなかったのに
まわりが笑うと
あなたもいっしょに笑っていた
本当は面白くも何ともなかったのに
話の内容なんて
全く分からなかったのに

あなたは笑っていた
本当は泣きたかったのに
初めて紙おむつをはめた日
あなたは声を出して笑っていた
本当は恥ずかしくてしょうがなかったのに
紙おむつをはめている
自分が情けなくてしょうがなかったのに

あなたは笑われていた
「あの馬鹿が歩きよる」
と通りすがりの人に指さされて
あなたは意味も分からず大声で笑っていた
「馬鹿から生まれたんだもの 
 おれは小馬鹿だな」
馬鹿と小馬鹿で大声を出して笑った

あなたは笑っている
写真の中で父に肩を抱かれて
とても幸せそうに
あなたは父といっしょに笑っている
愛してくれる人が私にはいるんですよ
認知症もいいものですよと
父の隣で父を見上げながら笑っている


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写真=藤川幸之助



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プロフィール
藤川幸之助

(ふじかわ こうのすけ)
詩人・児童文学作家。1962年、熊本県生まれ。小学校の教師を経て、詩作・文筆活動に専念。認知症の母親に寄り添いながら、命や認知症を題材に作品をつくり続ける。2000年に、認知症の母について綴った詩集『マザー』(ポプラ社、2008年改題『手をつないで見上げた空は』)を出版。現在、認知症の啓発などのため、全国各地で講演活動を行っている。著書に、『満月の夜、母を施設に置いて』(中央法規出版)、『ライスカレーと母と海』『君を失って、言葉が生まれた』(以上、ポプラ社)、『大好きだよ キヨちゃん』(クリエイツかもがわ)などがある。長崎市在住。
http://homepage2.nifty.com/
kokoro-index/


『満月の夜、母を施設に置いて』
著者:藤川幸之助
定価:¥1,575(税込)
発行:中央法規
ご注文はe-booksから
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