ページの先頭です。

ホーム >> 家庭介護サポーターズ >> 詩人 藤川幸之助の まなざし介護
詩人 藤川幸之助の まなざし介護

母の心を読み解くこと

「扉(とびら)」

認知症の母を
老人ホームに入れた。

認知症の老人たちの中で
静かに座って私を見つめる母が
涙の向こう側にぼんやり見えた。
私が帰ろうとすると
何も分かるはずもない母が
私の手をぎゅっとつかんだ。
そしてどこまでもどこまでも
私の後をついてきた。

私がホームから帰ってしまうと
私が出ていった重い扉の前に
母はぴったりとくっついて
ずっとその扉を見つめているんだと聞いた。

それでも
母を老人ホームに入れたまま
私は帰る。
母にとっては重い重い扉を
私はひょいと開けて
また今日も帰る。

『満月の夜、母を施設に置いて』(中央法規)

a1.JPG
イラスト=藤川幸之助

続きを読む

 「扉」の中の「非」という漢字は、両側にあいそむいて開いたさまを表す字。だから、扉とは厳密に言えば、西部劇のバーの入り口にあるような左右に開く戸のことをいうのだが、この詩の中の扉はノブが付いたサッシのドアのこと。詩人ぶって大げさに説明すると、「心の扉を開く」という用例のように、この詩の「扉」には「見えない心の内側をのぞく入り口」という意味を持たせている。
 父が亡くなって、母を熊本の老人ホームに入れた。土日には母を施設から連れだし、ドライブをしたり、散歩をしたりした。そして、母を施設に帰し、私が去った後、私の出て行った扉の場所を母は離れようとしないことを聞いた。時には、扉から10センチのところに立って、2時間も私の出て行ったその扉を見つめているときもあると施設の方に聞いた。最初、扉と向かい合って2時間も立っている母がかわいそうだと思った。そして、母が扉の前に立ったときには、すぐに部屋に連れていってくれるように頼もうと思った。「奇行」の母が、人の目にさらされるのがいたたまらなかった。人に馬鹿にされるのではないかと、母がかわいそうになった。母の「奇行」ばかりが気になっていた。
 数週間が過ぎて、またその話を施設の方から聞いた。「そんな時は、部屋にすぐ連れて行ってください」とお願いしようとしたとき、
「お母さんは寂しくてたまらないのでしょうね」と施設の方が言った。「奇行」と先ほど書いたが、「奇行」などではない。私との楽しい週末。言葉のない母にとっては至極当たり前の行動だったんだと思う。「奇行」のかわりに、「もっといっしょにここにいてくれないか」と母が言葉で言っていたら、母の寂しさに私は気づいたのだろうか。「お前の家にいっしょに連れて行ってくれ」と母が言葉で言っていたら、私は母の心の痛みが分かったのだろうか。言葉がないというだけで、私は母の寂しさや心の痛みをどこか遠いところに追いやっていたのかもしれない。母は何も分かっちゃいないと、自分自身にそう思いこませようとしていたのかもしれない。そうしないと、自分がつぶれそうだと感じていたのかもしれない。母の寂しさや心の痛みを強く強く感じた瞬間だった。私は、口をつぐんだ。
 私は、そんなふうに母の「奇行」を否定し、やめさせようとしてきた。徘徊をしているときには、ウロウロ歩くなと歩かせないようにした。父が亡くなって、母は父の姿を探していたのに。セロファンを車から捨てて喜ぶ母を叱って、セロファンを持たせないようにした。母は、太陽の光にキラキラと輝くセロファンがあんなに好きだったのに。自分の話ばかり何度もする母に「うるさい」と口をふさいだ。話の内容を理解することができない母は、自分から話すしか周りとつながることはできなかったのに。
 母に、徘徊など認知症独特の行動が見られたときに、それをやめさせるのか、それともそれを通して母を理解しようとするか。いつも選択肢は二つあった。これまで、私は忙しいことを理由に、いつも母の奇行をやめさせようとしてきた。自分のために、いつも手っ取り早い方を選んできたのだ。母の行いはいつも「奇行」に見えていた。しかし、その「奇行」を母の心を理解するためのきっかけにしていたならば、それはすでに「奇行」ではなく、母の心が伸びやかに現れた母の自然な行い。その母の行いをじっくり見つめて、母の微かな心の動きを感じる。まるで、微かな風で微かにゆれる小枝の動きを感じるように。感じている内に、少しずつ母のことが分かってくる。母を感じ、理解していくということは、母を受け入れ、母の後ろに広がる人生を受け入れていくということ。母とこの今という時を生きるということ。つまり、それは私自身の人生の物語に気づいていくことだと思う。
 「扉」という漢字を再び分解すると、「戸」に「非(あら)」ずとも読める。この扉は、母と私を離す重い重い戸だったが、私にとっては、言葉をなくしてしまった母の心を映し出した大切な大切な戸なのだ。ただの「戸」には「非(あら)」ず。振り返れば、扉に限らず心を読み解くものは、他にもたくさんあったように思うのだ。


a2.JPG
イラスト=藤川幸之助

■みくさん、北のレモンさん、まことさん、のびままさん、いっけんさん、講演会の感想等ありがとうございます。講演会が終わって、札幌から帰ってみると、次の本の原稿に追われ、やっと終わって、このブログを書いています。今回、東京、札幌と講演をしましたが、東京では相変わらず新宿と銀座の区別がつかず、道に迷ってウロウロしました。札幌では、茶碗蒸しの中に栗が入っているのに驚いていたら、赤飯には甘納豆を入れて作り、赤飯は甘いのだと聞いて更に驚きました。2時間にも及ぶ長時間の講演でしたが、皆さん最後まで真剣に私の話を聞いてくださり、心から感謝しています。講演と原稿が重なり、少々くたびれました。寄る年波には勝てないと言う言葉が、身にしみました。今日は、これぐらいしか、コメントがかけなくてすみません。


◆編集部からのお知らせ◆
藤川さんの講演会が開催されます。
お近くの方は、是非ご参加ください。
【タイトル】「支える側が支えられるとき~認知症の母が教えてくれたこと~」
【日時】平成21年7月31日(金)14:20~16:30
【会場】横浜市 南公会堂
【定員】200名
【参加費】2000円
【内容】アルツハイマー病の母の介護経験による詩と、認知症の介護を考える。
【申込・問い合わせ先】横浜市福祉サービス協会 人事課研修担当 TEL 045-262-7272
【ホームページ】http://www.hama-wel.or.jp


コメント


 藤川さんこんにちわ。数日前、本屋さんに行き「大好きだよキヨちゃん」を発注して貰って来ました。6歳になる姪の最大の関心は「どうやったら男の子にもてるか?」なのだそうです。それはそれで微笑ましいとは思うのですが…もう直ぐ誕生日を迎える姪のプレゼントは「大好きだよキヨちゃん」にしようと思います。藤川さんは歌だけではなく、絵もお上手ですね。それと今日職場で「旅愁」をご利用者さまと歌いました。今まで何度も歌った「旅愁」ですが、藤川さんの講演会に参加させていただいて、歌いながら、父の死、現在特養で生活している祖母の事、母の病気、
そして藤川さんのお母様の事等考えていました。
また何処かで藤川さんの「旅愁」を聞きたいと願っています。


投稿者: N子 | 2009年05月28日 19:17

心を読み解く…相手の心を知る、自分の心の動きも相手の行動や言葉に左右されることがある。
言葉が邪魔して相手の本当の気持ちが見えない時もあります。藤川さんのお母さんの奇行を、読み解く作業自体が、愛情の行為だと感じます。
母親は、やっぱり温かくて特別な存在だと思います。安心できる場所を私達は常に探し求めていると思うとき、認知症の方を、もっと理解していかなければいけないと医療の現場で働く一人として感じました。
詩にあるような光景をよく見かけるのですが、
今後は、藤川さんのように心を読み解くヒントが
どこかにあるはず…と、患者さんの気持ちや行動に向き合っていきたいと思います。


投稿者: たっちゃん | 2009年05月29日 06:42

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。なお頂いたコメントは、書籍発行の際に掲載させていただく場合があります。

コメントを投稿する




ページトップへ
プロフィール
藤川幸之助

(ふじかわ こうのすけ)
詩人・児童文学作家。1962年、熊本県生まれ。小学校の教師を経て、詩作・文筆活動に専念。認知症の母親に寄り添いながら、命や認知症を題材に作品をつくり続ける。2000年に、認知症の母について綴った詩集『マザー』(ポプラ社、2008年改題『手をつないで見上げた空は』)を出版。現在、認知症の啓発などのため、全国各地で講演活動を行っている。著書に、『満月の夜、母を施設に置いて』(中央法規出版)、『ライスカレーと母と海』『君を失って、言葉が生まれた』(以上、ポプラ社)、『大好きだよ キヨちゃん』(クリエイツかもがわ)などがある。長崎市在住。
http://homepage2.nifty.com/
kokoro-index/


『満月の夜、母を施設に置いて』
著者:藤川幸之助
定価:¥1,575(税込)
発行:中央法規
ご注文はe-booksから
fujikawabook.jpg
メニュー
バックナンバー
その他のブログ

文字の拡大
災害情報
おすすめコンテンツ
福祉資格受験サポーターズ 3福祉士・ケアマネジャー 受験対策講座・今日の一問一答 実施中
福祉専門職サポーターズ 和田行男の「婆さんとともに」
家庭介護サポーターズ 野田明宏の「俺流オトコの介護」
アクティブシニアサポーターズ 立川談慶の「談論慶発」
アクティブシニアサポーターズ 金哲彦の「50代からのジョギング入門」
誰でもできるらくらく相続シミュレーション
e-books