第96回 苦難をどうして耐えるか
私たちの長い一生は、決して平穏無事のままで送れるようなものではありません。つい昨年も東北大震災のような大きな苦難に見舞われました。私たちはそれに忍び耐えて生きていかなくてはならないのです。
不幸な出来事にも意味が備わっています。たとえば、画家として詩人として活動している星野富弘さんは中学校の体育の先生をしていたときに、体育の授業で宙返りをして失敗し、脊髄損傷を受けて四肢まひになってしまったのですが、のちに口で絵筆をとって素晴らしい絵を描き、それに味のある自筆の詩を添えて、私たちを楽しませてくれています。
また『五体不満足』を著した乙武匡洋君は、手も足もなく生まれました。以前、私は乙武君と対談した本を出版しましたが、そのときに、「あなたが生まれたときに、お母さんはどう言われたのですか」と尋ねたところ、「まあ、かわいい赤ちゃん」と言ったそうです。乙武君には、そのような母親の愛の中で、生まれながらの障害をもちながらも、ご自分の思った通りの人生に向かって力強く歩んでいます。
これまで何ごともなく平穏に人生を送ってきた人にも、いつどのような事故や災害が襲ってくるかわかりません。そのためにも人の不幸に共感できる感性をもたなければなりません。
私は70年以上も医師や看護師の教育に関与してきましたが、結婚もせず、子どもを産んだこともないような医学生、研修医、新人看護師は、どうやって患者さんの心を理解すればいいのでしょうか。たとえば、子どもを何かの病気で亡くしたお母さんの深い悲しみには、医療者はどのような思いをもって寄り添えばいいのでしょうか。自分にそのような経験がないと、なかなか相手の気持ちはわからないものです。
それに対して、ナイチンゲールは、「自分自身は決して感じたことのない他人の感情のただ中へ自己を投入する力をこれほど必要とする仕事はほかに存在しないのである。――そして、もしあなたがこの力をもっていないのであれば、あなたは看護から身を退いたほうがよいであろう。患者に、彼が感じていることをいう努力を強いることなしに、その顔つきに現れるあらゆる変化を読み取れること、それこそ看護婦のABCなのである」(フロレンス・ナイチンゲール 著、湯槙ます、他訳『看護覚え書――看護であること・看護でないこと』、217頁、現代社、1993年)と厳しい意見を述べています。
看護師には、自分が経験したことがない、そういう他人の感情の中に、自分を投入することができるような能力が必要であり、ただ『看護をやりたい』と希望しても、そのような感性が自分に見出せないようであれば、看護師として働く資格はないと厳しく教えました。
私はもちろんナイチンゲールの厳しい意見に賛成です。しかし、感性は生まれつきのものばかりではなく、その後の人生の体験によって育んでいくことができるものでもあると思っています。つまり、半分は遺伝子であり、半分は経験だと思うのです。どのような家庭に生まれるか、どういう先輩をもつか、どのような人と交わるか、どのような環境に身を置くかによって、その人の生き方は大きく変わってくるものです。
たとえば入学試験や資格試験に一度では合格できなかったという体験をもつ人は、同じような経験をした人に対して心から同情を寄せることができますし、慰める言葉にも真意がこもっていますが、エリートコースをまっしぐらに歩んできた人は、なかなかそれに対して共感ができないのではないでしょうか。
私たちは病気や困難を経験することによって、より人間として深い心をもつことができます。冬に笹の葉の上に雪が積もり、葉がたわんでいても、少しずつ春が近づくにつれて、雪がとけ、たわんだ笹の葉は頭をもたげてきます。「冬来りならば、春遠からじ」というように、笹の葉は長い冬を耐えて、春を迎えるのです。
私は10歳で急性腎炎、そして20歳では肺結核というように、いずれも長い療養体験をしました。のちに医師となってからは、この病気の体験から病む人の心がわかるようになりました。
医療者は、病人を理解するために自分も病を体験してみることがいいのかもしれません。私は若い医師や看護師には、「死なない程度の病気を体験することも必要かもしれない」と語ったりしています。
耐えること――それは、私たちが大変なこと経験の中から、なんらかのエネルギーを掴み取るということなのかもしれません。人は苦難に耐えるなかで、体の中に生じるエネルギーを新しく生きる力として具現化していくものなのです。
不幸な出来事にも意味が備わっています。たとえば、画家として詩人として活動している星野富弘さんは中学校の体育の先生をしていたときに、体育の授業で宙返りをして失敗し、脊髄損傷を受けて四肢まひになってしまったのですが、のちに口で絵筆をとって素晴らしい絵を描き、それに味のある自筆の詩を添えて、私たちを楽しませてくれています。
また『五体不満足』を著した乙武匡洋君は、手も足もなく生まれました。以前、私は乙武君と対談した本を出版しましたが、そのときに、「あなたが生まれたときに、お母さんはどう言われたのですか」と尋ねたところ、「まあ、かわいい赤ちゃん」と言ったそうです。乙武君には、そのような母親の愛の中で、生まれながらの障害をもちながらも、ご自分の思った通りの人生に向かって力強く歩んでいます。
これまで何ごともなく平穏に人生を送ってきた人にも、いつどのような事故や災害が襲ってくるかわかりません。そのためにも人の不幸に共感できる感性をもたなければなりません。
私は70年以上も医師や看護師の教育に関与してきましたが、結婚もせず、子どもを産んだこともないような医学生、研修医、新人看護師は、どうやって患者さんの心を理解すればいいのでしょうか。たとえば、子どもを何かの病気で亡くしたお母さんの深い悲しみには、医療者はどのような思いをもって寄り添えばいいのでしょうか。自分にそのような経験がないと、なかなか相手の気持ちはわからないものです。
それに対して、ナイチンゲールは、「自分自身は決して感じたことのない他人の感情のただ中へ自己を投入する力をこれほど必要とする仕事はほかに存在しないのである。――そして、もしあなたがこの力をもっていないのであれば、あなたは看護から身を退いたほうがよいであろう。患者に、彼が感じていることをいう努力を強いることなしに、その顔つきに現れるあらゆる変化を読み取れること、それこそ看護婦のABCなのである」(フロレンス・ナイチンゲール 著、湯槙ます、他訳『看護覚え書――看護であること・看護でないこと』、217頁、現代社、1993年)と厳しい意見を述べています。
看護師には、自分が経験したことがない、そういう他人の感情の中に、自分を投入することができるような能力が必要であり、ただ『看護をやりたい』と希望しても、そのような感性が自分に見出せないようであれば、看護師として働く資格はないと厳しく教えました。
私はもちろんナイチンゲールの厳しい意見に賛成です。しかし、感性は生まれつきのものばかりではなく、その後の人生の体験によって育んでいくことができるものでもあると思っています。つまり、半分は遺伝子であり、半分は経験だと思うのです。どのような家庭に生まれるか、どういう先輩をもつか、どのような人と交わるか、どのような環境に身を置くかによって、その人の生き方は大きく変わってくるものです。
たとえば入学試験や資格試験に一度では合格できなかったという体験をもつ人は、同じような経験をした人に対して心から同情を寄せることができますし、慰める言葉にも真意がこもっていますが、エリートコースをまっしぐらに歩んできた人は、なかなかそれに対して共感ができないのではないでしょうか。
私たちは病気や困難を経験することによって、より人間として深い心をもつことができます。冬に笹の葉の上に雪が積もり、葉がたわんでいても、少しずつ春が近づくにつれて、雪がとけ、たわんだ笹の葉は頭をもたげてきます。「冬来りならば、春遠からじ」というように、笹の葉は長い冬を耐えて、春を迎えるのです。
私は10歳で急性腎炎、そして20歳では肺結核というように、いずれも長い療養体験をしました。のちに医師となってからは、この病気の体験から病む人の心がわかるようになりました。
医療者は、病人を理解するために自分も病を体験してみることがいいのかもしれません。私は若い医師や看護師には、「死なない程度の病気を体験することも必要かもしれない」と語ったりしています。
耐えること――それは、私たちが大変なこと経験の中から、なんらかのエネルギーを掴み取るということなのかもしれません。人は苦難に耐えるなかで、体の中に生じるエネルギーを新しく生きる力として具現化していくものなのです。
(2012年8月6日)
■セミナーのお知らせ
【テーマ】 | 健康長寿は腸内環境のコントロールから――あなたの腸年齢は何歳ですか |
【講師】 | 辦野義己先生(独立行政法人 理化学研究所バイオリソースセンター微生物材料開発室長。農学博士) |
【対象】 | 一般 |
【日程】 | 2012年10月19日(金)13:30〜15:30 |
【定員】 | 60名 |
【会場】 | 健康教育サービスセンター(地下鉄・永田町駅下車徒歩4分) |
【参加費】 | LPC会員1,000円/非会員1,500円 |
【関連URL】 | http://www.lpc.or.jp/health_edu/seminer.htm |
【主催・問い合わせ先(平日9:00〜17:30)】 (財)ライフ・プランニング・センター TEL(03)3265−1907 FAX(03)3265−1909 〒102−0093 東京都千代田区平河町2-7-5砂防会館5階 HP:http://www.lpc.or.jp/health_edu/seminer.htm メールアドレス:lpc_seminar@lpc.or.jp |
■セミナーのお知らせ
【テーマ】 | 医療従事者が知っておきたい高次脳機能障害の理解とリハビリテーション |
【プログラム】 |
10:00-12:00「高次脳機能障害の診断と治療的環境」講師:粳間 剛(神奈川県リハビリテーション病院リハビリテーション科,医学博士,日本リハビリテーション医学会専門医,義肢装具等適合判定医) 13:30-16:00「高次脳機能障害のリハビリテーションについて」講師:石川 篤(東京慈恵会医科大学附属青戸病院リハビリテーション科作業療法士) |
【対象】 | 看護師,訪問看護師,理学療法士,作業療法士,言語聴覚士など |
【日程】 | 10月6日(土)10:00〜16:00 |
【定員】 | 50名 |
【会場】 |
健康教育サービスセンター 〒102-0093 東京都千代田区平河町2-7-5砂防会館5階(地下鉄・永田町駅下車徒歩4分) |
【参加費】 | 7,000円(LPC会員5,000円) |
【関連URL】 | http://www.lpc.or.jp/health_edu/seminer.htm |
【主催・問い合わせ先(平日9:00〜17:30)】 (財)ライフ・プランニング・センター TEL(03)3265−1907 FAX(03)3265−1909 〒102−0093 東京都千代田区平河町2-7-5砂防会館5階 HP:http://www.lpc.or.jp/health_edu/seminer.htm メールアドレス:lpc_seminar@lpc.or.jp |
■セミナーのお知らせ
【テーマ】 | あなたの心臓と血管を守るための最新知識――進歩した循環器病の診断と治療を理解するために |
【プログラム】 |
第1回「心臓・血管系の構造と機能、そして疾患との関連」 第2回「心配のない不整脈と危険な不整脈の診断と治療」 第3回「動脈硬化に関連する心臓・血管疾病の予防と治療」 |
【講師】 | 道場信孝先生((財)ライフ・プランニング・センター研究教育部最高顧問・(財)ライフ・プランニング・クリニック医師) |
【日程】 |
第1回 9月19日(水)13:30〜15:30 第2回 10月24日(水)13:30〜15:30 第3回 11月28日(水)13:30〜15:30 |
【定員】 | 60名 |
【会場】 | 健康教育サービスセンター(地下鉄・永田町駅下車徒歩4分) |
【参加費】 | 5000円(LPC会員3000円) |
【関連URL】 | http://www.lpc.or.jp/health_edu/seminer.htm |
【主催・問い合わせ先(平日9:00〜17:30)】 (財)ライフ・プランニング・センター TEL(03)3265−1907 FAX(03)3265−1909 〒102−0093 東京都千代田区平河町2-7-5砂防会館5階 HP:http://www.lpc.or.jp/health_edu/seminer.htm メールアドレス:lpc_seminar@lpc.or.jp |
- この連載に関するお問い合わせ先
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◆「新老人の会」に関するお問い合わせ先◆
財団法人ライフ・プランニング・センター「新老人の会」事業部
〒102-0093 東京都千代田区平河町2-7-5 砂防会館5F
TEL:03-3265-1907
FAX:03-3265-1909
ホームページ:http://www.lpc.or.jp/senior_soc/ -
◆日野原重明先生が顧問をつとめている「NPO法人医療教育情報センター」に関するお問い合わせ先◆
医療教育情報センター事務所
〒151-0053 東京都渋谷区代々木2-27-16 ハイシティ代々木303
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