第10回 人生の春夏秋冬をどう迎えどう送るか(4)
人生と季節を色で表す
漢字には季節感があります。青春時代という言葉があるでしょう。それは、青が若さを表し、また春は四季の始まりでもありますから、それを重ねて「青春」というのです。春の人生というのは、つまり青い人生だということですね。
夏はというと「朱夏」といいます。真っ赤な赤を指します。これが夏を強調するのです。
秋は何でしょうか。秋は木々の葉っぱが黄色や紅に染まりますから、黄色かもしくは紅と思っているかもしれませんが、そうではありません。山田耕筰は、北原白秋のいくつもの詩に曲をつけています。「からたちの花」「この道」「七つの子」などですね。これらの歌の作詞者は北原白秋ですが、「白秋」というのは、秋を指します。秋の色は白なのですよ。
冬は何色かというと、「玄冬」という言葉があります。玄米の「玄」という字ですが、これは黒色という意味です。冬は黒い色なのです。九州の人はご存じでしょうか。なぜ玄界灘というかというと、冬の海は波が荒れますね。それで冬の暗い海をイメージして玄海灘とつけたというわけです。
いのちは循環する
私が言いたいのは、人生にも春夏秋冬の四季があって、「いよいよ私の人生も秋だ」と言って人生が終わるわけではないということです。秋も終わりになると、木の葉が枯れ、枯れ葉が地面に落ち、それを霜が覆い、その上に雪が降り積みますが、その葉の水分と栄養分は木が根から吸収し、幹に取り込み、また春になると青い若葉を生じさせるということなのです。
一枚の葉っぱは、春に芽吹いてから、最後に地面に落ちて人生が終わるのではありません。木にとっての春夏秋冬というのは、四季で終わるのでなしに、また春が来るのだということです。
そういうことを子どもたちに教えるために、『葉っぱのフレディ』という絵本を、アメリカのレオ・バスカーリアという学者が執筆しました。その本が日本語に翻訳され、童話屋から出版されて90万部も売れたということを聞き、もっと子ども時代から人生を感じさせるにはこの童話をミュージカルにしてみてはどうかと考えました。
木の葉っぱがだんだん繁って緑濃くなる夏には、その樹の下に村の人たちが集まって憩いをとります。そうすると葉っぱは、「私たちは村の人たちに緑の葉っぱで木陰をつくって涼しくさせているんだ」と考えます。秋になると葉っぱは黄色や赤など色とりどりに染まって村人の目を楽しませます。葉っぱは「僕たちを見て喜んでくれているよ」と思うでしょう。そして冬が近くなると、葉っぱは枝から落ちて、枝は裸になって淋しくなるけれども、また春には緑の新芽が現れてきます。このように、命はぐるぐる廻っているのだと考えさせられます。
皆さんは両親から遺伝子をもらって誕生しました。そして皆さんの卵巣あるいは精子から、次の世代の人が産まれます。そしてまたその次の世代が産まれます。両親から遺伝子を引き継いでずっと続いているわけです。葉っぱと同じように、人間も命は巡っていくのだということをバスカーリアは子供の絵本にしたわけです。
一枚の葉っぱは、春に芽吹いてから、最後に地面に落ちて人生が終わるのではありません。木にとっての春夏秋冬というのは、四季で終わるのでなしに、また春が来るのだということです。
そういうことを子どもたちに教えるために、『葉っぱのフレディ』という絵本を、アメリカのレオ・バスカーリアという学者が執筆しました。その本が日本語に翻訳され、童話屋から出版されて90万部も売れたということを聞き、もっと子ども時代から人生を感じさせるにはこの童話をミュージカルにしてみてはどうかと考えました。
木の葉っぱがだんだん繁って緑濃くなる夏には、その樹の下に村の人たちが集まって憩いをとります。そうすると葉っぱは、「私たちは村の人たちに緑の葉っぱで木陰をつくって涼しくさせているんだ」と考えます。秋になると葉っぱは黄色や赤など色とりどりに染まって村人の目を楽しませます。葉っぱは「僕たちを見て喜んでくれているよ」と思うでしょう。そして冬が近くなると、葉っぱは枝から落ちて、枝は裸になって淋しくなるけれども、また春には緑の新芽が現れてきます。このように、命はぐるぐる廻っているのだと考えさせられます。
皆さんは両親から遺伝子をもらって誕生しました。そして皆さんの卵巣あるいは精子から、次の世代の人が産まれます。そしてまたその次の世代が産まれます。両親から遺伝子を引き継いでずっと続いているわけです。葉っぱと同じように、人間も命は巡っていくのだということをバスカーリアは子供の絵本にしたわけです。
脚本を書くことは新しいチャレンジ
私は、そこで出版社に「『葉っぱのフレディ』をミュージカルにして、子供が家族と一緒に見に来てもらうようにしたらどうだろう」と提案しました。すると、その童話屋の社長さんが「それでは日野原先生が脚色してくれませんか」と言うのです。「私は脚本家でもないからそんなことはできません。忙しくてそんな時間もありませんよ」と断ったのですが、「先生、もう一度考えてみてください」と懇願されるので、「では、脚色できる作家を私が紹介してあげますよ」と返事をしました。
その後、もう一度彼から熱心な依頼がありました。「先生、できることは何でもしますから、引き受けていただけませんか」と。それでようやく「やってやろうかなー」とやる気になったわけです(笑)。
私は子供の頃、演劇が好きでした。10歳の時に、8歳の女の子と一緒にメーテルリンクの『青い鳥』という物語をクリスマスの時に、父が牧師をしていた神戸の教会で演じたことがあります。チルチルとミチルは、青い鳥を探して「思い出の国」「夜の宮殿」などを歩くのですが、青い鳥はどこにも見つからない。疲れて自分たちの家に帰ってみると、家の中に青い鳥(幸福)が見つかったというお話です。幸福というのは外でなく心の中にあるということを教える有名な童話です。
私は10歳の時に、大人になったらこのミチルを演じた綺麗な女の子と結婚したいと思っていました。彼女は、その後、音楽学校に行って声楽家になり、作曲家と結婚して神戸から東京に行ってしまったのです(笑)。その彼女が未亡人になって、ひと月前ぐらいに聖路加国際病院に来たのです。骨折をしたとかで杖をついて、髪は真っ白になって、腰は曲がっていました。あんなに綺麗な女の子がこうなったのかと、私は昔のことを思い出したわけです。
彼女は、幼い頃私と一緒にステージに立った時のことが忘れられないと懐かしそうに言っていました。それを思い出して「それでは私が脚本を書こう」と引き受けて、『葉っぱのフレディ』のミュージカル脚本をなんとか書き上げました。
そのミュージカルは、まず、聖路加看護大学の学生たちが演じて、大変な好評を得ました。(続く)
その後、もう一度彼から熱心な依頼がありました。「先生、できることは何でもしますから、引き受けていただけませんか」と。それでようやく「やってやろうかなー」とやる気になったわけです(笑)。
私は子供の頃、演劇が好きでした。10歳の時に、8歳の女の子と一緒にメーテルリンクの『青い鳥』という物語をクリスマスの時に、父が牧師をしていた神戸の教会で演じたことがあります。チルチルとミチルは、青い鳥を探して「思い出の国」「夜の宮殿」などを歩くのですが、青い鳥はどこにも見つからない。疲れて自分たちの家に帰ってみると、家の中に青い鳥(幸福)が見つかったというお話です。幸福というのは外でなく心の中にあるということを教える有名な童話です。
私は10歳の時に、大人になったらこのミチルを演じた綺麗な女の子と結婚したいと思っていました。彼女は、その後、音楽学校に行って声楽家になり、作曲家と結婚して神戸から東京に行ってしまったのです(笑)。その彼女が未亡人になって、ひと月前ぐらいに聖路加国際病院に来たのです。骨折をしたとかで杖をついて、髪は真っ白になって、腰は曲がっていました。あんなに綺麗な女の子がこうなったのかと、私は昔のことを思い出したわけです。
彼女は、幼い頃私と一緒にステージに立った時のことが忘れられないと懐かしそうに言っていました。それを思い出して「それでは私が脚本を書こう」と引き受けて、『葉っぱのフレディ』のミュージカル脚本をなんとか書き上げました。
そのミュージカルは、まず、聖路加看護大学の学生たちが演じて、大変な好評を得ました。(続く)
(2007年8月20日)
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