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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


●インタビュー大募集
「このコーナーに出てみたい(自薦)、出してみたい(他薦)」と思われる方がいらっしゃったら、
kawase@chuohoki.co.jp
までご連絡ください。折り返し、連絡させていただきます。

花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第63回 不動産会社事務員から介護職へ 
不動産会社事務員から介護職へ

在宅で親を看取る

 再婚した1年後。

 同居していた私の母が、82歳で亡くなりました。

 私の勧めで、デイサービスに、毎日行くようになった頃、ちょっと熱が出て病院に行ったらすい臓がんで。1か月の入院後、医師から、「家に連れて帰るのなら、今だよ」と言われ、再婚した夫の家に引き取り、彼と協力して看取ることになりました。

 母には告知すべきかと迷ったのですが、相談した夫から「治療ができるわけではないのだから」と言われ、伝えませんでした。でも、気が付いていたのか、母は、「あの人に会いたい、この人に会いたい」、「なにを食べたい、これが食べたい」と、季節外れの果物などを食べたがったりしました。そして、会いたい人にすべて会い、食べたいものを食べて、1か月後に逝きました。

 そういう介護の体験が自分自身にあるのは、とても貴重です。

 介護の仕事をしていても、悩む家族に「在宅で親を看取るというのは、そんなに難しいことではないですよ」とか、「食べられなくなったらね、無理に食べさせようとしなくてもいいのよ」ということなどを言ってあげられますから。

人に優しくないと、人から優しさももらえない

 私の人生は、たまたまかかわった介護の仕事と共に、予想外な展開をしてきましたが、今思うことは、この仕事をすることで、人生も大きく変わり、自分も大きく変わってきたな、ということです。

 よく、いわれるのです。

 山岸さんは優しい話し方をするね、って。その度に、「話し方だけはね」って答えるのですが、高齢の方には、優しく話さねばと思って、そうしているうちに、それがいつのまにか身に付き、気持ちのほうも少しは優しくなっていくのかな、という気もします。少なくとも、優しくこちらが向き合うと、相手からも優しさをもらえます。つまり、人に優しくないと、人から優しさももらえない、そう思うようになりました。

 特に、記憶がおぼつかなくなった高齢の方は、名前を覚えたりはできなくても、声とか話し方が、優しい感じだったという感覚は残ります。ですから、一瞬、一瞬が、勝負です。

 失礼ないい方かもしれませんが、一生懸命なにかしてあげると、それが押しつけがましくなったり、そのことが相手の方の負担になっていったりということがありますが、ちょっとわからなくなっている方だと、そういうことがありません。

 うまくいかなかったこと、失敗しちゃったことなどが原因で、お互いがぎすぎすするというような人間関係上の難しいことを引きずらないで済みます。そのときそのときで、優しさを相手からもらい合ったり、助けられ合ったり、そういう人間関係を作れるのです。

介護体験は、人の人生を変えてい

 一瞬に勝負をかけて、不快ではなく「快」を残すこと、どうしたら「快」の時間を提供できるか、そのことにチャレンジできる。そのことを通して、自分も「人に優しく接する自分」になるトレーニングをして、成長していけると思うのです。

 先日、数分前に言ったことも忘れてしまうような方のところに介護に入ったら、その方から、「あなたが来てうれしいよ」と言われたんです。「覚えていてくれたんですか?」とうかがったら、「おぼえているよ~、名前は覚えていないけれど、顔とか声とか覚えているよ~」って。本当にそうかどうかは分からないのですが、すごくうれしい思いがしました。

 介護の仕事って、そういう仕事なんですね。

 介護が取り持つ縁で出会った夫も、いつのまにか、影響し合って同じ世界で共感し合えるようになっていて、それがいいなと思いますね。彼は、なんでも極めていく人なので、園芸福祉の分野の勉強をし、シニア大学の講師をしたり、町の中央公民館の花壇の植え替えをするボランティアグループを立ち上げたり、障がい者の方の分野でもいろいろやり始めています。介護体験は、人の人生を変えていく、そんなことも思います。

 彼も、私と結婚することになるとは思わなかったらしくて、「まさか、介護しているとき、お袋から俺の嫁になってくれとかいう話があったの?」なんて言われましたが、介護の仕事を通して、私は自分の人生を切り開いてきたのだなあ、との思いがあります。

 いつまでということはないけれど、ずっと介護にかかわることをして生きていきたいです。

2002年、デイサービスにいた頃に出会った利用者さんと。彼は、能面のよう表情で山岸さんのエプロンのすそを持って一緒に歩いていた方。その彼が、笑った!この笑顔に、見かけた人から「ご主人?」なんて言われたりしたそうです。

【久田恵の眼】
 山岸さんは、声と話し方が優しく、それが印象的な方。介護現場を見ていると、相手を受容する不思議なオーラが出ている人のところへ、人は、本能的に吸い寄せられていきます。高齢になって、いろいろ記憶力が低下して、不安でいる方も、受容的な人といると、笑顔が浮かびます。「他者に優しい」ということは、人としてとても重要なことだと実感します。