メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


●インタビュー大募集
「このコーナーに出てみたい(自薦)、出してみたい(他薦)」と思われる方がいらっしゃったら、
kawase@chuohoki.co.jp
までご連絡ください。折り返し、連絡させていただきます。

花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第51回 利用者とヘルパーはお互いさま。おかげさまの世界 
「認知症」の人だろうが、「高齢」の人だろうが、誰もがみんな同じ

高齢者施設でのお話会がきっかけで介護の世界へ

 私はボランティアで、図書館、小学校などで読み聞かせる「お話会のおばさん」を20年近くずっと続けていました。家の近所の高齢者施設が窓から見えるんですね。レクリエーションでボール投げをしたりしているのを見て、高齢者施設でのお話会もいいんじゃないかと思って。ボランティアでお話会に行くようになったんです。そこで見聞きしているうちに、介護の仕事って私に合っているって感じたんです。8年くらい前のことです。

 それで介護施設に入って、それからヘルパーの資格を取りました。介護技術は勉強すれば身につきますが、同時に私はカウンセラーの仕事もしていたので、高齢者との関係は、カウンセリングと一緒だなって思ったんです。

 私は、ほかのヘルパーさんとは対応が違うかもしれませんが、「傾聴」です。どんなことも「傾聴」、「共感」、「受容」、どんなことも受け入れる、否定しない。利用者さんを見ていると認知症の方もいらっしゃって、それなら認知症の勉強もしたいと思いました。それは、気持ちよく姑の介護をできなかった私の償いかもしれません。認知症の高齢者とのコミュニケーション方法のひとつで、アメリカのソーシャルワーカーのナオミ・ファイルが開発した「バリデーションケア」があります。それを勉強したら、今まで私がやってきたカウンセリングと同じ、受容、共感というものでした。

 介護の仕事は、水商売にもつながるものがあるかもしれません。誰もが自分を尊重し、認めてもらいたいお客様商売です。殿方には、水商売のサービスと通じるところがあります。また、ふりをすることは見透かされてしまいます。認知症の方が、例えば、「薬ですよ。飲んでください」といったときに、「いや、毒が入っている。飲めない」って。普通は、「毒なんか入っていませんよ」となりますが、私は、「毒が入ってるの? 大変、誰がそう言ったの?」って、その方の世界観に入っていきます。話を聞いていくと家族との関係、未解決な問題や感情が心の中に残っていて、いつのまにか、認知症の方にとっては、「薬」を飲んでくださいが「毒」になってしまっている。この「毒」は、親との満たされなかった感情が「毒」になったのです。

 これまで認知症の方を見てきて思うところは、認知症の人だろうが、高齢の人だろうが、私たちも「誰もがみんな同じ」ということ。誰もが、自分を認めてもらいたい、愛してもらいたい、許してもらいたい。それはヘルパーをしているスタッフもそうです。高齢者だから○○をしてあげる、認知症だから○○をしてあげるではなくて、まず、スタッフ自身が自分をねぎらい、「今日もよく頑張ったね」とまずは自分をほめてあげることが一番だなと思っています。

 喜怒哀楽の感情は誰もが持っている大事なものです。どの感情に良いも悪いもありません。特に、抑え込んできた悲しみや怒りは、いつか日の目を浴びて認めてもらいたいと、何かのスイッチが入ることで爆発(浄化)します。認知症の方は、理性や知識のガードがなくなり、「感情」の人に移行していきます。なので長年、押し込めてきた未解決な問題や溜まった感情は成仏されたいから、大声で怒鳴ったり、怒りを吐き出しながらつらい悲しみを信頼のできる聞き手によって認められることで癒され、未完の思いをチャラにしてあの世に行くんだなというのをすごく感じています。

介護の仕事は、自分自身を大切にしてあげること

 認知症の人から学ぶのは、私たちも感情は、どんな感情も出していいということです。出すというのは相手にぶつけることではなくて、「私、怒ってるんだな」「イライラしてるんだな」「あの人に嫉妬しているんだな」というのを感じていいということを、認知症の方と向き合っていく中で学んできました。それを現場でもスタッフ間にも伝えていけたらいいなと思います。

 介護の仕事は、利用者のためにだけではなく、自分へのケアが大事です。愚痴でもいいのです。「あの爺、今日も寝なかったよ」という愚痴を言える場所があるだけでも違う。介護だから「くそ爺」といってはいけないのではなくて、言える場所や聞いてくれるところがないとそれを抱えてしまい、愚痴が不満になってしまうと続かなくなってしまう。「そうか、あの爺、今日も寝なかったんだ。大変だったよね」って聞いてくれる人がいて。絶対きれいごとだけではなくて、「くそ婆のボケ爺」と言いたいスタッフがいたら、スタッフ間ではOKだと思う。

 そして今の自分が「大切な存在」だと気づくことが、より良い人生につながっていきます。その気持ちがケアにもつながっていきます。利用者の前に、自分の心身の声に耳を傾けて聴いてあげること。「ここのところ頑張りすぎていないかな」「ムリをしていないかな」「言いたいことを我慢していないかな」「自分の感情を押し殺して、見ないふりをしていないか」…、ありのままの「感情」をスタッフ自身も感じ、自分を大切にしてあげることを伝えていけたらと思います。

「自分が正しい」に傾けば相手が間違いになってしまう

 実は私はこの8年間で3か所くらい転職しています。それは、認知症ケアをしたいから、それをできる施設に移ったり、あとは私の中の問題で、認知症の方は受け入れられるんですけど、スタッフの方を受け入れられないというのがあったり。「私と同じレベルに何でできないの」というのがありました。でも、「自分が正しい」に傾けば相手が間違いになってしまう。いろんなやり方があって、私のやり方だけが正しいわけではなくて、そこのところも私の視野を広げることにつながりました。私も正しいけど、こちらも正しいかもしれないと、プラスマイナスの両方の面から見ることを介護に限らず、人生の勉強にもなっています。プラスマイナスの両面、どちらもOKなんです。

 昨年、最初で最後の「天井桟敷同窓会 寺山修司を偲ぶ会」というのがあり、出席してきました。私は1年しか在籍していなかったのですが、その当時のメイン俳優や先輩たちが覚えてくれていて、「突っ張っていたのに、一番、清純になったよな」って。同期メンバーも「相当突っ張っていたよね」って、それくらいに家出して母への憎しみを突っ張ることで自分を保てたのがあった。

 それが今では、「おはようございます~」って、笑顔でフニャフニャな感じです。何よりも笑顔を大切にしています。ヘルパーの講習のときに講師の方が、「ヘルパーの仕事は女優」って言ったのが私は好きです。あるときは母親、あるときは恋人、あるときは部下というように、その方のニーズに合わせるという。私は結構、怒られ役、叱られ役が多く、叱られ上手になりました。高齢者は大先輩で尊厳をお守りするのに、何か利用者様の間違いがあったときは、私が失敗役になります。「すみませーん、お茶の出し方がよくなかったのは、私が悪かったからです」、「そうよ、あなたのお茶の出し方が悪いのよ」、「ごめんなさーい、気をつけます」という感じで叱られ役をやっています。すると、そこには笑いが広がります。

 これからは私自身、仕事をしにいくのではなくて、楽しみに行こうかなってこの頃思っています。自分が楽しい、楽しめればいいなという思いです。利用者の方に何かをしてあげるのではなくて、一緒に楽しんでいくみたいな。例えば、家庭で夫とのことや悩みごとがあったときに、「ねえ、ねえ、聞いて!」と話題をふって。「こうなんだけれども、何かいいアドバイス教えてくださいよ~」って聞くと、みんな心配して寄ってきてくれます。さすが、人生の大先輩だなというのを感じます。

 実は、利用者とヘルパーはお互いさま、おかげさまの関係ですから、みなさんお役に立てれば嬉しい。私たちスタッフが役に立てれば嬉しいと思うように、高齢者の方も何か役に立てれば嬉しいと望んでいます。だからみんな同じ。みんな自分が認めてもらえたら嬉しい。認知症になるということは、自分にかけていた制限をすべて取り払い、「ありのまま」になってしまうということ。その溜め込んできた魂の浄化プロセスをスタッフ自身も自分の人生に役立てていけたらと思います。いつか、いずれは…、私の姿。お先に見せてくれてありがとう。

インタビュー感想

 これまでに経験された辛いことをも吹き飛ばすように笑いながら話す川俣さん。専門のカウンセリングに関わる部分では、熱い思いに圧倒されつつも次第に癒される(?)のを感じました。劣悪な環境などから離職率が高いと言われる介護業界。「介護の仕事は自分自身を大切にすること。それがよいケアにつながる」というのが印象的でした。

【久田恵の眼】
 介護職に就くには、介護職員初任者研修をとることが求められています。
 でも、最近は、准看の資格を持っているとか、川俣さんのようにカウンセラーの資格を持っているとか、いろいろな分野からの参入が増えています。そのことがこの世界を豊かにしていることを実感させられます。技術があるだけでは、いい介護はできません。生身の人と向き合う仕事ですから、どんな介護観を持っているかが問われざるを得ません。「介護する人」「される人」という関係を越えて、お互いが役に立ち合う、癒し合う関係だという視点は、介護とはなにかと改めて考えさせられる深い視点だと思います。