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マンガでわかる 介護のキーワード

梅澤 誠 (うめざわ まこと)

介護の常識は世間の非常識といわれることがありますが、介護現場で語られる言葉に違和感を覚える人もいるようです。
この連載では、こうした「介護の常識」をマンガで考えていきます。

プロフィール梅熊 大介 (うめくま だいすけ)

1980年生まれ、群馬県出身。
東京で漫画家アシスタントをしながら雑誌、ウェブにて作品を発表。2009年第6回マンサン漫画大賞(実業之日本社主催)佳作受賞。デジタルマンガ・コンテスト2012(デジタルマンガ協会主催)優秀賞受賞。9年間のアシスタント修業の後、32歳で介護職員となり、以後介護を中心とした企業広報マンガを執筆。2015年現在、所属する大起エンゼルヘルプのホームページに新規採用者向け介護マンガを連載。著書に『マンガ ボクは介護職員一年生』(宝島社、2015年)がある。

第11回 置き去り

 今月前半は、このニュースで持ちきりでしたね。

「北海道七飯町、林道で小学二年生が両親に置き去りにされ行方不明。六日後、無事保護される」

 とにかく、無事で見つかってよかったことはよかったのですが。子どもさんの入院先にまで取材に行くのはちょっと過熱しすぎな気もします。

 それにしても「怖いなあ…」と感じました。いえ、子どもの置き去りが怖いのではなく、くだんの、ご両親に対する世間の批判が、です。

「山に置き去りにするなんて、しつけの範疇を超えている」「児童虐待じゃないのか」等々…。なかには事件解決前から「両親の行為は犯罪であり、警察にまちがいなく逮捕される」などと自身のブログで発表してしまった教育評論家もありました(さすがに後日、謝罪していますが)。このような批判を聞くにつけ、世間の方々はよほど子どもの教育に自信がお有りのようだと感心してしまいます。

 事実を確認すれば、今回の事件、ご両親の行為は「犯罪」ではありません。結果的に子どもが行方不明になってしまい、大騒ぎにはなってしまいましたが、何日も放置する意図はもちろんなくどちらかといえば「事故」です。警察と児童相談所は「子どもに対する心理的虐待の疑いはある」と言うに留まっており、刑事事件として立件はされていません。犯罪者でもない一般人を、テレビ、新聞、インターネット各メディアで批判するのは一体どういう心理なのか、それ自体が「虐待」ではないのかといぶかってしまいます。

 …だいたい、どこの親御さんも「これくらいのこと」していると思うのですが、いかがでしょうか(苦笑)?

 親子連れが歩いていて、子どもさんがきゃあきゃあと走り回っている。お父さん、お母さんが「静かにしなさい」「早くこっちに来なさい」と言っても、当然子どもは遊ぶほうに夢中で言うことを聞かない。すると親御さんが「もう勝手にしなさい! 先に行くからね!」と子どもを置いてサッサと歩いていってしまう。しばらくして気づいた子どもが「ママー!」とか言いながら走って追いかけていく…。こんな光景を見たことがないでしょうか。よく見ますよね。街を歩けば道で、駅で、デパートで、つまり至る所で毎日のように見かけます。

「それと、山に置き去りにするのとは違うじゃないか」と言う声が聞こえてきそうですが、そうでしょうか? 確かに山は危険です。ですが街だって駅だってデパートだって十分危険です。車は走っているし、電車は入ってくるし、デパートには知らない人がワンサといるわけで、目を離したらどんな事故が起こるかわかったものではありません。他人ながら、そういう状況をみるとハラハラしてしまいます。事実、子どもの交通事故や行方不明はそれこそ毎日、山ではなく街で起こっているのです。街中で起こるそれも事故でなく「虐待」でしょうか。子どもが事故にあい、または行方不明になり、傷ついているご両親にそう言えるでしょうか。私は言えません。

 つまり今回たまたま舞台が「山」であったから目立つだけで、どこの親だってそれくらいのことはしているだろう、と思ってしまうのです。聖書の言葉ではありませんが、「誰かこの中に『もう先に行っちゃうからね!』と言ったことのない者のみ、あのご両親に石を投げよ」と言いたくなります。

 この場合、「やっぱり子どもは何をするかわからない」「街中だって目を離したら危ない」など、他山の石とするのが大人の反応だと思うのですが、いかがでしょうか。

 介護の世界ではそれを「水平展開」といいますよね。

 私の勤める事業所(大起エンゼルヘルプ)では、介護施設で事故、行方不明、火事などのニュースがあれば必ず現場に連絡がありました。社内の別施設で起きたもの、他の会社で起きたもの、は問いません。同じような事故を起こさないよう、各拠点で予防策を練るためです。例えば火事のニュースが入ったその日は、日勤が帰る前にコンセントの埃を落としていくなど、実に具体的な対策をしたものです。

 どこかの施設で「身体拘束」があったと聞けば、自分のところでしていないのはもちろんですが、他人が見たら身体拘束に見えるような支援はないか? 会議で話し合ったこともありました。

 よその事故や行方不明のニュースを聞いて、「何をやってるんだ、バカだなあ、虐待じゃないか!」なんていう人は一人もいませんでした。「うちでも起こるかもしれないぞ」「事故には至ってないけど、同じようなことをしていないか」「同じようなことはしていないけれど、同じような気持ちをもっていないか」…。そういう風に考えるのが想像力というものではないでしょうか。そうして考えれば何かしら、事故に繋がるものが自分のところにもあるものです。

 根拠のない「うちは大丈夫」という思い込みが事故のもとだと、介護職員さんはよく知っていますからね。

 くだんのご両親を批判しておられる方々、以上の理、拝察されたいと思います。

追記

「無事に見つかってよかったね」の強風に吹き飛ばされた感があるのですが、あの、自衛隊の敷地内に子どもが入れてしまった件はどうなっているのでしょうね。施錠されていない建物があり、六日間も部外者の子どもがいたのに気がつかなかったのも問題だと思うのですが…(苦笑)。これ、よかったねとは別ですよね?