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トウシツの歩き方――国境を越えて、統合失調症を越えて

フラーノ・哲平(ペンネーム)

ブラジル留学中に統合失調症を発症した著者が、2016年にはリオ五輪を控えているブラジルの文化を交え、悪戦苦闘しながらも症状を乗り越えていく軌跡を綴ります。(隔週木曜連載)

プロフィールフラーノ・哲平

1981年ポルトガル生まれ。東京・ブラジル育ちの日本人。ブラジル留学中に統合失調症を発症し、現在投薬10年目。日本に帰国後、症状に悩まされながらもなんとか大学院を修了。得意なポルトガル語を駆使したアルバイトを続けながら、いわゆる「フツー」に生活できるまでに寛解した。2012年10月にとある企業に就職し、仕事の合間にこよなく愛するブラジル音楽を演奏する日々を送っている。体育会系太鼓チーム『Baqueba(バッキバ!)』所属。

バッキバHP:http://baqueba.blogspot.jp/

第14話 コルコバードの奇跡

 彼の指差す方向へ目を向けると、まだ雲がかかっていて、とても彼の言う通りになるとは思えなかったが、また別の想いも強烈に胸に去来していた。それは「信じる」ということだった。彼は毎日このポン・ジ・アスーカルからキリスト像を見ている。その彼が、僕たちに善意で教えてくれたこの情報を全力で信じてみたい。彼にそう言わせたのもキリストが僕たちを導いているからなのかもしれない。彼がその情報を口にしたこの瞬間が出発のタイミングなのだ。僕は販売員に今すぐキリスト像へ向かう旨を告げ、半ば強引に父たちを山から下りるロープウェイまで連れて行った。3人は「急にどうしたんだ?」と怪訝な表情をしていた。麓へ降りると、フランシスコが待っていた。

「すぐにキリスト像へ向かってくれ!」

 フランシスコに指示を出したが、彼の反応は良くなかった。

「雨ですよ?上に行っても何も見えないかもしれませんよ」

「今、このタイミングで出発すれば晴れるんだ。信じる者は救われるっていうだろ?今じゃなきゃダメなんだ」

 僕の熱のこもった言葉を聞いた彼は全てを理解したように返事をした。

「じゃあ行きましょう!」

「でも、この雨だと通常ルートじゃ石畳でタイヤが滑って登れないかもしれないから、ちょっと遠回りだけど確実なルートで行きますよ!」

 僕は彼の善意にまたも心を打たれた。外は土砂降りだった。この土砂降りの中、フランシスコは僕の言葉を信じて車を走らせてくれている。僕は高揚していた。「晴れるはずだ。晴れるはずなんだ。」と思いながらキリスト像への登り坂を駆け上がっていった。

 約1時間走りフランシスコは車を止めた。

「車で登れるのはここまでです。あとは歩いてください。」

 駐車場に着くと、雨は強さを増していた。キリスト像へと続く階段から次々と人が降りてくる。彼らは「景色が見れなくて残念だったわ」とか「来て損した」などと口にしていた。中には、「日本人!今から登っても無駄だぜ。何にも見えやしない」と話かけてくる人もいた。それでも僕はポン・ジ・アスーカルの販売員の言葉を信じていた。彼の言葉に僕たちは導かれたのだと。

 急な階段を上っていく。他の3人は僕に文句の一つも言わずについてきてくれていた。どんな景色が待っているのだろう。僕はわくわくしていた。まだキリスト像は雲に隠れて見えない。頂上に着くと三脚を持った男二人と僕たちしかいなかった。周りを見渡すと雲で景色が覆われ何も見えない状況だった。キリスト像を見上げても足の方がわずかに見えるだけで、それ以上は何も見えなかった。

「どちらから来たんですか?」

 僕は山頂にいた男たちに話しかけた。

「ボリビアだよ。リオの景色が撮りたくて来たんだけど、今日しかキリスト像に来るタイミングがなくってね」

「僕は晴れると信じてここまで来ました。どうか一緒に信じてください。みんなの力がきっとこの雲を晴らせます。だって僕たちはキリストの下にいるんですよ?」

 僕が微笑みかけると二人も笑顔になった。しかし、相変わらず分厚い雲が山頂を覆っていた。山頂には見下ろした際に見える景色を絵にした説明用のボードがあった。同行していたTさんに説明することにした。