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張先生の受験対策講座

張 百々代(はり ももよ)

受験勉強のガイド役となるのがこのコーナーです。受験対策のプロである張(はり)先生が、あなたの合格までの道のりをサポートします。

プロフィール張 百々代(はり ももよ)

精神保健福祉士・社会福祉士。児童養護施設、老人福祉施設での勤務を経て福祉系専門学校講師に。
現在は受験対策講座講師、各大学での受験対策に従事しており、第三者後見人として精神障害者・知的障害者の成年後見活動にも携わっている。

第30回 「現代社会と福祉」

 皆さん、こんにちは。いよいよ試験までの期間が少なくなってきましたね。だんだん緊張が高まってくる頃かと思います。この試験で大切なことは、曖昧な知識をたくさん詰め込むことではなく、確実な知識を着実に積み重ねていくことです。全体の科目の中で自分の弱点を知り、苦手な科目や苦手な分野をしっかりと把握して、焦らず丁寧に学習を積み重ねていきましょう。

 今回は、「現代社会と福祉」を取り上げます。現代社会は、福祉の発展の歴史や福祉政策を中心に理論的な内容が多く、深い理解が求められますので、じっくり取り組んでいくことをおすすめします。今回は、第二次世界大戦後から社会福祉基礎構造改革までのわが国の福祉の発展の経緯を中心に取り上げていきます。では、最初に前回の課題の解説をしておきましょう。

第22回 精神保健福祉士国家試験「社会理論と社会システム」

問題21 社会問題は、ある状態を解決されるべき問題とみなす人々のクレイム申立てとそれに対する反応を通じて作り出されるという捉え方がある。このことを示す用語として、最も適切なもの1つ選びなさい。

  • 1 社会統制論
  • 2 緊張理論
  • 3 文化学習理論
  • 4 構築主義
  • 5 ラベリング論

正答4

解答解説

  • 1 誤り。社会統制論とは、人々が規範的な行動を取った場合は、社会が正のサンクションすなわち称賛等を与え、規範に反した行動を取った場合は負のサンクション、すなわち罰等を与えることによって、人々の行動を統制する社会のことです。このような社会統制力が弱まった結果逸脱行動が生まれるという理論を統制理論といいます。逸脱の可能性を規制し統制する、社会的、心理的な統制力が弱体化した状態が犯罪を引き起こすという考え方です。
  • 2 誤り。緊張理論とは、社会の仕組みが緊張を伴っている場合に犯罪という逸脱行動を生みだすという理論です。社会が生み出している緊張とは、文化的目標とその目標達成のための手段が解離しているというような緊張状態のことです。人生における成功こそがすべての目標であるという文化的目標に対して、貧困や差別が固定化し階層化された社会制度は緊張を生み出し、目標達成のためには手段を選ばないという逸脱行動を生むという考え方です。
  • 3 誤り。文化学習理論とは、犯罪や非行等の社会問題は下位集団文化の中で学習され、その文化を通じて、世代から世代へと伝承されていくとみる立場です。少年犯罪は、仲間集団における文化の学習を通して形成されると考え、少年一人ひとりが生まれつき逸脱的な性格を有していたために逸脱行動に至ったのではなく、非行を行う集団の文化の中で非行を学習し、逸脱行動を学んでいったと考えます。
  • 4 正しい。構築主義は、社会問題というものが、初めからもともとあるのではなく、人々が社会問題であると申し立てたことによって社会問題になるのであり、社会問題は人々の認識によってつくりだされるという考え方です。人々が何を社会問題として捉えるかは、文化や経済システム、政治的社会的につくりだされ認識されるものであり、社会的要因によって変化するものであると考えます。社会問題という事柄が客観的に起きているかどうかという視点ではなく、社会問題として申し立てる活動そのものに焦点を当てて社会問題を分析しようとする立場です。
  • 5 誤り。ラベリング論とは、逸脱行動が最初からあるのではなく、周囲から逸脱というラベルを貼られることが逸脱行動を生みだすという理論です。知能指数や家庭環境、社会的孤立や疎外等の社会的環境や個人の属性が逸脱行動を生みだすという従来の考え方から、逸脱行動は社会が生み出すものであるという発想の転換から生まれた理論です。社会が個人に逸脱者であるというレッテルを貼ることが逸脱行動が生み出すのであって、逸脱行動は他者や社会からの認知や評価によってつくられるという考え方です。

第19回 精神保健福祉士国家試験「社会理論と社会システム」

問題21 ラベリング論の説明として、正しいもの1つ選びなさい。

  • 1 機能主義的な立場から順機能・逆機能、顕在的機能・潜在的機能といった概念を導入しつつ、逸脱や逸脱行動を説明する立場である。
  • 2 地域社会にある文化摩擦に着目し、社会解体がその地域の犯罪などを生み出すとみる立場である。
  • 3 資本主義社会における生産関係の矛盾から派生してくるものが社会的逸脱であるとみる立場である。
  • 4 周囲の人々や社会統制機関などが、ある人々の行為やその人々に対してレッテルを貼ることによって、逸脱は作り出されるとみる立場である。
  • 5 犯罪や非行などの社会問題は、下位集団文化の中で学習され、その文化を通じて世代から世代へと伝承されていくとみる立場である。

正答4

解答解説

  • 1 誤り。選択肢の記述は、緊張理論の説明です。社会の仕組みが正しく機能しなくなったときに逸脱行動を生みだすという理論です。例えば、上記の第22回問題21の選択肢2のように、文化的目標とその目標達成のための手段が解離しているように、社会全体の機能が十分働いていない状態です。このような状態では、人々は文化的目標を達成するために手段を選ばず逸脱行動に向かうという理論です。
  • 2 誤り。選択肢の記述は、社会解体論の説明です。社会解体論とは、社会における価値体系の混乱や行動規制の喪失という社会の解体が、新たな価値観を確立することができない状況において、文化摩擦を生みだし犯罪を引き起こすという考え方です。社会における価値体系の混乱をもたらす背景として、急激な産業構造の変化や都市化、社会移動、家族形態の変化などが挙げられます。そして、これらの変化の結果、地域社会や隣人関係等のインフォーマルな絆の弛緩による社会的統制の欠如という社会解体が生まれ、逸脱行動を生みだすと考えます。
  • 3 誤り。選択肢の記述は、コンフリクト理論の説明です。コンフリクト理論とは、資本主義社会における生産関係の矛盾から派生してくる失業や疎外現象等が、社会的逸脱を生み出すという考え方です。
  • 4 正しい。ラベリング理論については、上記の第22回試験問題21の選択肢5の解説を参照してください。
  • 5 誤り。選択肢の記述は、文化学習理論の説明です。上記の第22回試験問題21の選択肢3の解説を参照してください。

 いかがでしたか。「社会理論と社会システム」は、社会の広範囲の分野が対象になりますので、各分野をていねいに学習しておきましょう。では、「現代社会と福祉」に入りましょう。今回は、第二次世界大戦後のわが国の社会福祉の発展の経緯について取り上げていきます。

昭和20年代:福祉三法体制

 第二次世界大戦後の戦後混乱期から戦後復興期にかけて、昭和20年代には、旧生活保護法、児童福祉法、身体障害者福祉法が制定され、福祉三法体制が確立されました。

 1946(昭和21)年には、旧生活保護法が制定され、これに伴い従来の救護法、母子保護法、軍事扶助法、医療保護法等は廃止されました。この生活保護法で、初めて要保護者に対する保護が国家の責任であることが明記されました。

 1947(昭和22)年には、児童福祉法が制定されました。終戦直後は戦争で両親を失った児童が巷にあふれ、要保護児童の保護が行われると同時にアメリカの援助を受けて学校給食が開始しました。児童のための法整備の必要性が認識され、戦災孤児だけではなく、国の将来を託す児童すべての福祉のための法律として、中央社会事業委員会の提言のもと、児童福祉法制定に至りました。

 1949(昭和29)年には、身体障害者の更生を援助し更生のために必要な保護を行い、身体障害者の福祉を図ることを目的として、身体障害者福祉法が制定されました。これによって、身体障害者更生援護施設が作られていきました。

昭和30年代:社会福祉事業法と福祉六法体制

 1950(昭和25)年には、社会保障審議会勧告が出され、戦後のわが国の社会保障をどのように構築していくかという提言が出されました。

 社会保障制度とは、「困窮に対し保険的方法、公費負担、国家扶助による最低限度の生活を保障し公衆衛生と社会福祉の向上を図ることである」とし、社会保障を「社会保険」「国家扶助」「公衆衛生・医療」「社会福祉」の4部門に分類して、社会保障を困窮原因に対応する制度として規定しました。社会福祉については、「要援護・育成者に必要な生活指導、更生補導その他援護育成を行うことである」と定義しています。

 翌年の1951(昭和26)年には、「社会福祉事業法」が制定され、わが国の社会保障を実施するための基礎的枠組みが示されました。この法律の制定により、福祉事務所の設置、社会福祉法人制度、社会福祉協議会、共同募金等が規定されました。

 昭和30年代には、わが国は戦後復興期を終え、高度経済成長への道をたどり始めました。1963(昭和38)年には、高齢者の増加等を背景に老人福祉法が制定されました。従来生活保護法に規定されていた高齢者のための保護施設を老人福祉法上に養護 老人ホームとして規定し、介護を要する高齢者のための特別養護老人ホーム、低所得者のための軽費老人ホームを法律上に位置づけました。

 また、長野県上田市で始められ、各地方自治体で全国的に展開されていた老人家庭奉仕員派遣事業を、老人福祉法に位置づけました。当初は低所得者対策でしたが、その後所得要件を撤廃し応能負担となっていきます。これは現在のホームヘルプ事業の前身です。

 1960(昭和35)年には、精神薄弱者福祉法が制定されました。精神薄弱児が18歳を超えると、児童福祉法の対象から外されるため受け皿になる法律が無く、成人に対する法整備の必要性、入所施設の整備の必要性等が認識され、親の会の全国的な活動を契機に入所施設の体制整備、精神薄弱者更生相談所、精神薄弱者福祉司、精神薄弱者援護施設等について規定されました。

 1964(昭和39)年には、「母子福祉法」が制定されました。これは母子家庭の福祉を目的とした法律で、母子福祉資金の貸付、就業支援等を規定しました。その後対象に寡婦を加えて「母子及び寡婦福祉法」となり、現在は父子家庭も加えて、「母子及び父子並びに寡婦福祉法」となっています。

 年金と医療の分野では、1961(昭和36)年に国民皆保険・皆年金体制が施行され、国民のすべてが年金保険、医療保険に加入するという、世界でも例の少ない国民全員が強制加入である社会保険体制が確立しました。

戦後の福祉制度の枠組みの構築
福祉三法体制昭和20年代:旧生活保護法、児童福祉法、身体障害者福祉法
福祉六法体制 昭和30年代:精神薄弱者福祉法(知的障害者福祉法)、老人福祉法、母子福祉法(母子及び父子並びに寡婦福祉法)
1950(昭和25)年社会保障制度審議会勧告。保険的方法、公費負担、国家扶助による最低限度の生活保障を提言。
1951(昭和26)年わが国の社会保障体制の基礎的枠組みを規定した社会福祉事業法制定
1961(昭和36)年国民皆保険・皆年金体制確立

昭和40年代:高齢化の進展と福祉元年

 1970(昭和45)年にはわが国の高齢化率は7%に達し、高齢化の進展に比べて特別養護老人ホーム等の入所施設の不足が顕著であったため、同年、障害者の入所施設も含めた「社会福祉施設緊急整備5カ年計画」が打ち出され、5年間で整備すべき施設整備の目標数値が掲げられました。

 また、高度経済成長により国の財政も豊かになりましたが、インフレにより物価の高騰も招き、1973(昭和48)年には、いわゆる福祉元年と呼ばれる福祉施策制度が次々に打ち出されました。

 インフレに伴い給与所得者の所得は上昇しましたが、年金受給者は物価の高騰についていくことができず生活が困窮しました。この状況に対して、1973(昭和48)年には、年金額を物価の上昇に連動させる「物価スライド制」が導入されました。また、年金額の算定基準となる過去の賃金の標準報酬を、経済成長に合わせて現在の価格に再評価する「賃金スライド」を行うことにより、月額5万円年金を実現しました。

 高齢者医療の分野では、合併症の多い高齢者の医療費の自己負担が増えている実態に対して、同年、老人福祉法が改正され、70歳以上の高齢者等の老人医療費無料化制度が導入されました。

 医療保険の分野では、高度先進医療が進み医療費の自己負担が重くなるために治療をあきらめざるを得ないという現状に対して、1973(昭和48)年に健康保険法が改正されて高額療費制度が創設されました。2年後の1975(昭和50)年には国民健康保険にも適用されるようになりました。

 しかし、1973(昭和48)年に中東で起きたオイルショックは、世界経済の停滞を招き、福祉政策も舵を取り直していく必要に迫られていきました。

高齢化の進展と福祉元年
1970年高齢化率7%。社会福祉施設緊急整備5カ年計画
1973年
<福祉元年>
年金への物価スライド制導入。標準報酬への賃金スライド制導入により5万円年金を実現
老人福祉法改正により70歳以上の老人医療費無料化
健康保険法改正により高額療費制度を創設

1975年以降(昭和50年代以降):福祉見直し期

 オイルショックによる原油の供給逼迫と価格高騰により、経済に打撃を受けたわが国は、福祉元年といわれる1973年に始まった福祉政策が福祉バラマキと批判されるようになり、福祉見直し論、日本型福祉社会論が提唱されるようになっていきました。

 1981(昭和56)年には、第二次臨時行政調査会の「行政改革に関する第一次答申」が出されました。この答申は、従来の福祉国家路線から新自由主義の小さな政府への路線変更を意味するもので、市場原理の重視、民間活力の導入、個人の自助努力、家族機能の重視、地域社会の相互扶助を強調するものでした。

 高齢化の進展と老人医療費の無料化による医療費の増大を抑制するために、これらの提言を受けて、1982(昭和57)年には老人保健法が制定され、老人医療費の一部本人負担が導入されました。

少子高齢化の進展と平成の改革

 1989(平成元)年には、いわゆる1.57ショックと言われる合計特殊出生率が1.57となる事態が起こり、1994年には高齢化率が24%を超え、1990年代は少子高齢化が急激に進展し、福祉政策の改革が迫られていきました。

 高齢化により社会保障費用の急激な増加が進み、1994(平成6)年には「21世紀の福祉ビジョン」が出され、社会保障給付費の部門別支出割合を、年金:医療:福祉について5:4:1から5:3:2へ移行すべきであると提言されました。

 1995(平成7)年には社会保障審議会勧告が出され、日本の社会保障制度は広く国民に健やかで安心できる生活を保障すべきものであるとし、少子高齢化対策として自立と社会連帯に基づいた社会保障制度とすべきことを勧告し、高齢者の介護は社会保険で行うべきであると提言しました。

 同年に出された「社会保障将来像委員会第二次報告」でも、高齢者介護への社会保険方式の導入などが提言され、1997(平成9)年には介護保険法が制定され、2000年に施行されることになりました。

福祉見直し期
1981(昭和56)年第二次臨時行政調査会報告。市場原理の重視、個人の自助努力を提言
1982(昭和57)年老人保健法制定により、老人医療費の一部本人負担導入
1989(平成元)年合計特殊出生率1.57ショック
1994(平成6)年21世紀の福祉ビジョン」年金:医療:福祉5:4:1から5:3:2へ
1995(平成7)年 社会保障審議会勧告。自立と社会連帯に基づいた社会保障制度のため、高齢者の介護は社会保険で行うべきであると提言
1997(平成9)年介護保険法制定

社会福祉基礎構造改革

 以上のような経緯を経て、第二次世界大戦後のわが国の社会福祉の基礎的構造の枠組みであった従来の措置による保護という概念から、契約による福祉サービスの利用という、社会福祉基礎構造改革が進められていきました。社会福祉基礎構造改革の方向性は、中央集権から地方分権へ、措置から契約へ、民間活力の導入の3本柱でした。地方への権限移譲としては、1999(平成11)年には地方分権一括法が制定されています。

社会福祉法制定

 1951(昭和26)年に制定された「社会福祉事業法」が、2000(平成12)年に「社会福祉法」に改称・改正され、地域福祉の推進、地域福祉計画の導入、権利擁護や苦情解決制度の導入等、新たな福祉サービス提供の枠組みが定められました。

 この2000(平成12)年の社会福祉法制定により、福祉サービスの利用方式に契約制度が導入されたことにより、福祉サービス利用者と提供者との対等な関係、個人の自立を基本とし、本人の選択を尊重、質の高い福祉サービスの拡充、地域福祉の充実が目指されました。また同年、介護保険法が施行され、障害者の福祉サービスについては2003(平成15)年から支援費制度が開始しました。

社会福祉基礎構造改革
方向性中央集権から地方分権へ、措置から契約へ、民間活力の導入
2000(平成12)年「社会福祉事業法」を「社会福祉法」に改称・改正。地域福祉の推進、地域福祉計画の導入、権利擁護や苦情解決制度の導入等、新たな福祉サービス提供の枠組みを規定
2003(平成15)年支援費制度の導入

 以上、わが国の第二次世界大戦後から社会福祉基礎構造改革までの福祉の歴史をみてきましたが、いかがでしたか。「現代社会と福祉」の科目は、福祉の概念や原理論、イギリスの福祉の歴史的発展の経緯、ニーズと資源の関係、福祉政策、福祉国家論、現代社会の課題等についても理解を深めておきましょう。次回は、「地域福祉の理論と方法」について取り上げます。では、第22回の精神保健福祉士国家試験の中から課題を挙げておきますのでチャレンジしてみてください。

第22回 精神保健福祉士国家試験問題「現代社会と福祉」

問題26 1973年(昭和48年)の「福祉元年」に実施した福祉政策に関する次の記述のうち、正しいもの1つ選びなさい。

  • 1 年金の給付水準を調整するために物価スライド制を導入した。
  • 2 標準報酬の再評価を行い、厚生年金では「9万円年金」を実現した。
  • 3 被用者保険における家族療養費制度を導入した。
  • 4 老人医療費支給制度を実施して、60 歳以上の医療費を無料にした。
  • 5 老人家庭奉仕員派遣事業が法制化された。