ページの先頭です。

ホーム >> 福祉専門職サポーターズ >> プロフェッショナルブログ
宗澤忠雄の「福祉の世界に夢うつつ」

働くことが培うもの

 新得町の厚生協会は、わかふじ寮の木材加工を出発点に障害のある人の働く取り組みを追究してきました。わかふじ寮は木工に取り組む全国の施設関係者の目標とされてきたと言われています。NPO法人日本セルプセンターの「SELP訪問ルポ」でも厚生協会は詳細に取り上げられていますので、それとの重複をできるだけ避けて報告を続けましょう。

munesawa_0917_1.jpg
大型のNC木工旋盤

続きを読む

 厚生協会は、工賃アップを目指すことは当たり前の目標として本格的な生産活動を展開してきました。もちろん、聴覚障害にふさわしい合理的配慮や障害の状態像の多様化に応える努力は一貫して追究しています。

munesawa_0917_2.jpg
非常口誘導にパトライト

 木工が今でも生産活動の柱にあることは変わりませんが、現在は、ペットフード生産、パン工房などを加え、多様な障害の状態像の人たちの働くニーズに応えうる取り組みの充実を図ろうとしています。聴覚障害だけで動作性や手指の巧緻性に作業上の困難はほとんどない人だけでなく、重複する障害のある人たちが増えつつある現実もあるためです。

munesawa_0917_3_4.jpg
パンの焼き窯とパトライト

 聴覚障害にふさわしい合理的配慮についての工夫は随所にみられました。たとえば、3段構造のパンの焼き窯では、上中下段それぞれの焼き上がりを知らせるパトライト状のものが用意されています。非常口への避難誘導にもパトライトがついています。
 職員は、手話は無論のこと、それぞれの人なりの身ぶり手ぶりを交えたコミュニケーション対応にも努めていました。

 高い品質を維持管理できる本格的生産の背後には、プロにふさわしい努力が存在します。特定品目の生産にかかわる高い専門性と実務能力が職員によって担保されていることや、原材料の調達や販路・営業に関する組織的なマネジメントが行われていることなどです。

 何を製品とする生産活動に取り組むかについても根拠が明快です。わかふじ寮の出発点となった木材加工は、地域の地場産業であったことに加え、木材の産地として原材料調達が容易であったことがありました。パン製造は、新得町にパン屋が一軒もなく市場を見込むことができるために始められました。ペットフード製造は、増えすぎたために駆除されるえぞ鹿肉に鮭・ラム肉などが地元産の原材料として安定して調達でき、食味と栄養の点で既存のペットフードと差別化できるアドバンテージがありました。

 これらの根拠のすべてに共通している点は、地域社会の実利に結びついたリアリティです。意義や夢から働く取り組みを構想するのではなく、現実に立脚して収益につながる実務を徹底的に追求しています。パン製造やお菓子づくり一般に障害のある人の働く取り組みで「チャレンジ」を鼓舞する向きが未だにあるようですが、地域社会の実利との結びつきを見極めない取り組みをいくら工夫しても、失敗に通じるほかないと考えます。

 現代庶民の暮らしにおいて、パンやお菓子に対する通常のニーズはほぼ満たされて飽和し切っています。庶民の暮らしで、パンや焼き菓子の類(だけでなく食品類すべて)の9割以上は近所のスーパーとコンビニの購入で満たされています。大量生産製品をディスカウントストアの低価格で購入するか、プロのパン職人・パティシエの手による極上品質の高価格商品を記念日等で稀に購入するかに両極化していることは、生活者としての通常の自覚があれば、常識的に分かることだと思います。

 それでも、今回の視察でいささか驚いたのは、パンの品質の高さです。
 静内ペテカリ「手作り工房さくら」と厚生協会「パン工房わかふじ」のパンは、試食させていただくと、天然酵母ならではのパンの芳香・食感が口中に広がるとても上質なパンでした。「さくら」のパンが新ひだか町の高級ホテルの朝食用に納入されているように、両者のパン製品は首都圏のマーケットでも十分に商品として通用する水準のパンです。特に、「さくら」の「米粉食パン」は私がこれまでに食べたすべての「米粉パン」の中でもっとも美味なものであったと明言しておきます。

munesawa_0917_5.jpg
テニポンのラケット

 さて、冒頭の画像は、木工用のNC旋盤です。3次元の精密加工に対応できるため、製品の幅がうんと広がるのです。ホテルや公共施設・学校などから特注されるオリジナル家具の製造をはじめ、フロッカー(フロアカーリング)製品の開発・製造、テニポン用品(テニスと卓球を組み合わせたスポーツ。生涯スポーツとしても競技スポーツとしても広まりを見せている)、積み木・オルゴール等の木製玩具などのさまざまな木工製品に対応できるのは、このような高い技術力があるからです。

munesawa_0917_6.jpg
設計通りの精密3次元加工―フロッカーの木製ストーン

 生産技術的な面に限っても、少なくとも二つのことを確認しておく必要があります。一つは、NC木工旋盤をプロとして使いこなすことのできる職員が居ることによって、利用者への技術指導が成立していることです。もう一つは、特注オリジナル家具に求められる品質にも対応できる高い技術力は、製品の設計・製造技術にとどまらず、生産工程と人の貼りつけ方などの生産の組織的過程を管理する技術を含めて、日常的に安定したものでなければならない点です。

 この技術力に営業努力の組織的な追求が加わることによって、厚生協会は木工とペットフード生産でOEM生産(「相手先ブランド製造」「納入先商標による受託製造」のこと)をしています。これは、木工・ペットフード生産のそれぞれの業界の中で、技術力と品質管理に安定した信頼があることの証です。

munesawa_0917_7.jpg
木製プラレールはわかふじ寮で製造されていた

 わかふじを視察させていただく中で、木工・パン工房・ペットフード製造のすべてに共通する感想が込み上げてきました。利用者にも職員にも、その働く姿勢や発言から、自立心と自負心に溢れた人間的品性を感じたことです。

munesawa_0917_8.jpg
munesawa_0917_9.jpg
リズミカルに、真剣に-OEM生産の行程で

 9月2日のブログの最後でご紹介したAさんをはじめ、ほとんどの利用者に感じる品格と柔和な表情は、落ち着きのある日常の充実に裏打ちされたものではないかと考えます。職員の皆さんは工賃を上げる課題から眼をそらせることはありませんが、だからといって利用者や自分自身に対して強迫的になる訳ではないのです。取り組みと支援の水準が高いフィールドでのみ確認することのできる人間的品性です。利用者が「何となくこの製品の生産に取り組んでいます」とか「職員が利用者に特定の作業種目をあてがっているのが現実である」というような施設では、決してお目にかかることはありません。

 障害のある人の働く取り組みにおいて、工賃を上げることは間違いなく重要な課題です。しかし、共に働き暮らす中で培われる人間的品性は、工賃の多寡にのみ還元することのできない労働と生活の上質さの反映ではないでしょうか。それは、ブラック企業で決して培われることはありません。障害のあるなしにかかわらず、障害の重軽にかかわらず、自立心と自負心に溢れる人間的品性は、まさに共生社会の担い手像を指し示すものでしょう。


コメント


この記事を読んで、商品の質は、現場で働く人たちの働くことに対する誠実さで決まってくるものだと思いました。そこには、障害をもっているとか、もっていないとかは関係ないと強く思います。
また、わたしたちは働くことに対する壁を取り除くことを考えなければならないと感じました。それは、職場の環境づくりであったり、賃金の増大であったりです。
多くの人たちが「働く」ということに生きがいを感じる中で、障害があるなしで、働ける働けないの区別ができてしまう社会ではいけないと思います。


投稿者: shibata | 2014年01月21日 23:50

ブログ拝見させていただきました。
とても温かみのある、かつハイクオリティな商品にとても魅力を感じました。地元ではよく施設で作られたパンなどを販売していることがありましたが、正直私には同情心で売っているクオリティにしか見えないこともありました。この製品は品質の面でとても購買意欲をそそられるものとなっておりこのような活動がもっと増えていってほしいです


投稿者: キノコ | 2014年01月22日 08:20

記事を拝見させて頂きました。
障害のある人たちが作った製品は私の地元でも販売されているのを見たことがあります。ある施設ではパンを販売しておりました。実際に食べたこともあります。美味しいパンではありましたが値段が高かったことを覚えています。
しかしこの記事の製品はとてもクオリティが高く、既存の製品とも差別化が出来ていると思います。障害のある人たちが作ったから出来ることもあると思います。このように製品の品質で一般の企業と戦えるようなものがこれからもっと増えてきてほしいと思いました。


投稿者: エミネム | 2014年01月22日 12:15

※コメントはブログ管理者の承認制です。他の文献や発言などから引用する場合は、引用元を必ず明記してください。

コメントを投稿する




ページトップへ
プロフィール
宗澤忠雄
(むねさわ ただお)
大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

【宗澤忠雄さんご執筆の書籍が刊行されました】
タイトル:『障害者虐待 その理解と防止のために』
編著者:宗澤忠雄
定価:¥3,150(税込)
発行:中央法規
ご注文はe-booksから
障害者虐待 その理解と防止のために
メニュー
バックナンバー
その他のブログ

文字の拡大
災害情報
おすすめコンテンツ
福祉資格受験サポーターズ 3福祉士・ケアマネジャー 受験対策講座・今日の一問一答 実施中
福祉専門職サポーターズ 和田行男の「婆さんとともに」
家庭介護サポーターズ 野田明宏の「俺流オトコの介護」
アクティブシニアサポーターズ 立川談慶の「談論慶発」
アクティブシニアサポーターズ 金哲彦の「50代からのジョギング入門」
誰でもできるらくらく相続シミュレーション
e-books