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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


●インタビュー大募集
「このコーナーに出てみたい(自薦)、出してみたい(他薦)」と思われる方がいらっしゃったら、
kawase@chuohoki.co.jp
までご連絡ください。折り返し、連絡させていただきます。

花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第111回 一つの輝きを引き出すお手伝い 
多くの素敵な出会いをもたらしてくれた仕事です

佐藤敏美さん(55歳)
デイケアうさぎ
臨床美術士
(東京都・小金井市)

取材・文:進藤美恵子

美術に関わることを生業にしたい

 美術が好きで、美術に関わることを生業としたいと探す中で出会ったのが「臨床美術」でした。ちょうど20年くらい前のことです。臨床美術が誕生して間もない頃で、当時はアートセラピーという名前でした。アートセラピーと言うと一般的には、絵を見て、その人が今、どんな精神状態なのかを分析する心理学からのアプローチが多いんです。でも臨床美術は、美術が持つ本来の力をどう生かして人に作用させていくのか、それが根幹にあることに魅力を感じました。

 臨床美術は創作活動のプロセスを通じて脳を活性化させることを目的に、認知症の方のリハビリとして誕生した経緯があります。介護の現場のほかに、今では、子どもや社会人など幅広く取り入れられています。制作の空間を共有して表現活動をサポートするのが臨床美術士で、日本臨床美術協会が認定する民間資格です。

 資格取得後、小学校の研究授業に関わったことがありました。子どもたちに臨床美術を学んでもらい、体育館等に集まっていただいた地域のお年寄りに対して、子どもたちが臨床美術士のように実践するプログラムです。すごく面白かったですね。子どもは変化が早く、1か月の間でどんどん変わっていきます。臨床美術でこんなにも変わるのかというのを目の当たりにしました。その経験があったからこそ、今、お年寄りの方がゆっくりとしたペースでも、変化するという確信を持って実践できるのがあります。

念願だったお年寄りのいらっしゃる現場へ

 私は、子どもの頃からお年寄りが好きで、お年寄りの現場で臨床美術を実践したいと思っていました。今働いているデイケアからお話をいただいたときはとても嬉しかったです。

 デイケアうさぎは、もろほしクリニック併設型の通所リハビリ施設です。2008年のオープンと同時に臨床美術を取り入れています。そこには、「単なるレクリエーションではなく、リハビリとしての価値のあるものをやりたい。エビデンスがあるものを取り入れたい」という創設者の思いがありました。それを探される中で臨床美術に行き当たり、新築の建物もオープンと同時に臨床美術を展開するのを前提に、水場などが設置されました。施設設計段階からというのは、全国的に見ても未だ稀な本格導入で、よい環境で実施できています。

「人生の最後にこんなことに出会うとは思わなかった」

 臨床美術では、脳の活性化等についてエビデンスが出ていています。研究データはありますが、現場では、数値のような確たるものが見えるわけではありません。けれども最初は眠そうにうとうとされていた方が描いているうちにだんだんと想いがこもってきて、最後には目を輝かせて描いているという、表情の違いから実感するものはあります。1回の講座は2時間ですが、その間に変わっていくのが分かります。それを繰り返していくと、最初に参加された頃よりも、同じ2時間でも生き生き度が上がっていると感じます。

 臨床美術で行われているような表現活動は、その人の人生の中での一つの輝きになれます。表現活動は特別な作家だけのものと思われがちですが、本来は誰もができることなんです。ここはデイケアなので最初は、手を動かすことで機能的にリハビリになると思い参加される方も多いです。

 そう思って参加された方の中には、「佐藤さん、身体をよくしようと利用して、人生の最後にこんなことに出会うとは思わなかった」とおっしゃった方も。亡くなる寸前まで、最後は辛い体をおして創作なさり、お葬式には数々の自作が飾られていました。最初は、「絵なんか、そんなもの、描けるか」と斜に構えていらしたのですが、人生の最晩年になって新しい自分を発見され、ご自分の内にさらなる輝きを感じていらしたように思います。

飛び越えられないところをポーンと飛び越えられることも

 介護の現場では、やんちゃな人や集団行動に合わない人などを、時には注意しなければならない場面もあると思います。でも臨床美術の制作では、とことん自分らしくあっていただきたいので、「作品の中では、どんどんやっちゃってください」というコミュニケーションです。「しないでください」と言わなければならない立場のスタッフからしてみれば、ちょっとずるいかもしれませんね。でも、もちろん、危険がある場合にはすぐに止めています。

 一人ひとりの個性と向き合って作品づくりをすることは、一般的な接し方とは異なります。アートを介すことで、普通におしゃべりをするのでは飛び越えられないところをポーンと飛び越えられることがあります。

 そこでは、その場に居るすべての人の個性が許される空間です。いつもは自分を上手く表現できない人も、そこでは咎められることなく開放されて、すべての人がのびのびと自分を表現できる、そんな空間づくりを目指しています。一人ひとりの個性が引き出されることで、私自身、その輝きに照らされているように感じます。私にとっても心地よい場所となるのです。

言葉や理屈ではなく、気づいてもらえる

 88歳になる私の母に、物忘れが出てくるようになってきました。そうするとご家族が怒ってしまう気持ちがすごくよく分かって。でも日常の中では怒らなければいけない、怒る必要があるときもありますよね。怒られた方も、「自分でも情けない」と思っているのが見えてきたりします。臨床美術では、一緒に表現活動をすることで、理屈や言葉抜きに、その人の感性の素晴らしさをご本人やクラスメイトと共有することができます。ご自身で自分の内にある可能性に気づくのです。自分を誇らしく思えることで、自信を取り戻し、さまざまなことに自発的に取り組むことにもつながります。

 私にとって臨床美術は、ライフワークです。幅広い人たち、これまで美術とは無縁と思っていた人にも、絵の楽しさや表現する喜びを、感染させるというか伝播させる・・・。子どもの頃から単純に描くことが好きで、ごくごく個人的な行為でしかなかったことが、臨床美術と出会ったことで大きく変わりました。

 実は、子どもの頃、私は言葉によるコミュニケーションが極端に下手だったんです。今も決して得意ではありませんが、臨床美術という人と接するツールを得たことから、本来は嫌いでなかった人と関わることにつながり、そして、このデイケアうさぎという現場につながり、臨床美術を通じて参加者さんの「思い」と出会い、その人生とちょっとだけつながり・・・。同じ場で働く人との出会いも含めて、臨床美術が多くのものをつなげてくれました。この先、現場での現役を何十年もとはいきませんが、それだけに、この場や出会いを大切にしたい。そのためにも、臨床美術をもっと広く知ってもらうことにも力を注いでいきたいです。

「2時間で目の輝きが変わります」と佐藤さん(右)

「パイナップル展」デイケアうさぎ 臨床美術作品展
(2017.7.31-8.31/武蔵野タワーズ スカイゲートタワー
5F クリニックモール・ギャラリーにて)

【久田恵の視点】
 「臨床美術」、そんな世界があるのですね。思えば、人の持つ表現欲求は、抑え込まれると生命力まで萎えてしまいます。高齢になったら、自由に自分を表現し、新しい自分を発見し続けたいですね。人生の贈り物のようなそんな場がだれにでも用意されることを願いたいです。