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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第102回 介護の仕事の楽しさを同世代の人に伝えたい

畑谷圭子さん(54歳)
看護助手
(東京・中野)

取材・文:藤山フジコ

介護の人材不足に取り組む若者との出会い

 地元長野県の高校を卒業し、大学では心理学科で社会心理学を専攻しました。卒業後、大手企業に総合職として就職し結婚。その後キャリアカウンセラーとして主に就活中の大学生の相談を受けるなど、キャリア教育に関わる仕事をしてきました。

 介護の仕事に興味を持ったのは、東日本大震災のすぐ後、福島県の特別養護老人ホームに仕事で行ったとき介護の人材不足について真剣に考える若者3人と出会ったことがきっかけです。そのとき若い彼らが、「介護の仕事の正しいイメージを世間に伝えたい」「介護の仕事の楽しさをもっと多くの人に知ってもらいたい」と様々な取り組みを行っている事を知り、自分が積み重ねてきたスキルやノウハウが何か彼らの役に立たないかと考えるようになりました。

 ちょうどその頃、変形性股関節症が悪化し、歩くこともままならなくなり、2015年に2回、人工股関節の手術をしました。幸い以前と同じように歩けるようになり、せっかく足も治ったことだし、何か新しい事をやってみたいと思うようになりました。介護の仕事に興味もあったので、入院前後の時間を利用して、介護職員初任者研修を受講し修了しました。介護業界の今後を真剣に考える若い彼らのお手伝いをするためにも、介護関連の仕事もいいなあと思っていたところに、初任者研修を受講した会社の紹介もあり、リハビリも兼ねて病院の外科病棟の看護助手として働き始め、まもなく1年半になります。

 かたわら、福島に行ったとき知り合った若者の一人、中浜崇之さんが行う「介護ラボしゅう」の企画を毎回一緒に考えています。

人の心の動きを知りたい

 高校の同級生に、仲は良かったけれどよく喧嘩した男子がいました。彼はカナダで大学教授として研究職に就いているのですが、先日、10年振りに会いました。お互い仕事の目的は何かという話しになったとき、「自分は何か社会にインパクトを与えたい」という彼に、私は「自分の中に生じた謎を一つひとつ解いていきたい」と話しました。介護の仕事に就いてどうしてこんなに面白いのだろうと自分でも不思議に思っていたのですが、彼と話しをしていて、ああ、介護の仕事は、人の心の動きを知りたいという謎解きを日々重ねていく仕事なんだと、腑に落ちたのです。友人に「きっと謎はなくならないから、一生終わらないね」と言われました。昔からの友人とお互いの仕事について語り合うことも、そこで新たな発見を得ることも、幸せな事だなあと感じました。

人をタイプで考える

 外科病棟での看護助手の仕事は、患者さんのお世話やベッドメイク、器具の管理や手術の準備などの仕事ですが、中でも私は手術や病で身体の自由が利かない方や、お年寄りの身の回りのお世話、検査の付き添いや洗髪、入浴のお手伝をしたり、またご家族の方とお話しをすることが多いです。働き始めると実に自分に合った仕事だと思いました。

 これまでは大学生の就職相談業務などを経験してきましたが、介護の仕事をしてみると、大学生であろうとお年寄りであろうと人は年齢にかかわらず「タイプ」があるのだと感じています。私なりに感じた「タイプ」の引き出しを増やすことで、さまざまな患者さんへの対応に応用や工夫ができます。

 例えば、手術や麻酔で一時的に動揺している患者さんや認知症の方は、病院という慣れない環境に不安を抱えているように思います。その不安を取り除くためには、目の前にいる自分があなたの味方なのだということを伝え、居心地のいい場所だと感じてもらわなければなりません。そのために、たとえば表情や話し方、あるいは肩をさする、手を握る、もしくは放っておくといった行為のうち、どのような事をすれば「この人は安心できる人だ」と思っていただけるのか、この人はどういった「タイプ」の人なのだろうかと、過去の経験の引き出しの事例と合わせて、いろいろ試しながら行います。

 認知症の方と話す場合も、毎回「はじめまして!」と私のことを覚えていただけない事も多いのですが、前回話した内容を忘れずに、相手の言葉を受けてきちんと返すと「あら、あなたよく知ってるわね!」と話が弾みます。キャリアカウンセラーの仕事を通じて得た傾聴の姿勢をもって、子どもの頃のこと、戦争中のことなど、その方の人生における大事な出来事をいろいろうかがうことによって、その人がどういった方なのか、理解が進みます。たとえ同じ話であっても何度も楽しく聞いてあげることが大切だと思います。そうやってキャリアカウンセラーとして得てきたスキルを介護の現場でも発揮し、タイプの引き出しを増やして次に活かすように心がけています。

介護職に向いている人は、「ありがとう」がうれしい人

 介護職に向いている人は、ホスピタリティーが高い人ではないかと思います。誰かの為に何かをするという軸がある方、ありがとうと言われるとうれしい方であればぜひチャレンジしてほしいなあと思います。また今までしてきた営業や企画の仕事と違い、この仕事は、シーツ交換が上達した、患者さんの移動や移乗を上手に手伝えるようになった、入浴介助がスムーズに行えるようになったなど、スキルアップが目に見える形で分かるので気持ちがいいです。

 私は仕事をしながら3人の子どもを育ててきましたが、子育ての経験のある方は、介護の仕事にあまり抵抗を感じないように思います。いきなり老人ホームで働くのはハードルが高くても、通所介護でのお手伝いや、訪問介護の生活援助などから始めてみるのもいいのではないでしょうか。今は介護職員初任者研修課程の受講料を助成する行政などもありますので、ぜひ私と同じ世代の方にこの仕事に興味をもっていただきたいです。

 今後は、3年間介護の仕事を経験した後、介護福祉士にチャレンジしたいと思っています。ゆくゆくは、介護の仕事におけるキャリアカウンセラーとして何か貢献できたらと思いますが、今は患者さんが困った時に、そっと寄り添える……だけど普段は空気のような存在のおばちゃんを目指しています。


介護ラボしゅうで活動する畑谷さん

【久田恵の視点】
 介護現場には「人とはなんだろう?」という「果てなき謎」に捕らえられてしまう人がいます。老いは不思議で、哲学的。とくに認知症の方たちの行動など示唆的で、そこから私たちは様々なことを学びます。そんなわけで、人間行動学とか民俗学とか、心理学とか、いろんな専門分野を持つ方々が、介護現場に魅力を感じて仕事をしている時代です。今や領域を超えて多様な人たちが出会う場所なのですね