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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第93回 地域に合った個性ある介護を! 
選べるデイ、選ばれるデイへ

綾部丈子さん(53歳)39年生まれ
デイサービス inana
代表取締役
社会福祉主事・訪問介護員2級

取材・文:石川未紀

コンピュータ相手の仕事から、人を相手の仕事へ

 私は、東京港区の、今の虎の門で生まれ、育ちました。下町気質な人が多くてね、ご近所の付き合いの濃いところで過ごしてきました。先祖代々、港区に住んできたので、港区のことなら人も街も色もリズムもある程度把握しているつもりです。

 小さい頃、ガールスカウトに入っていて、母もボランティア活動に積極的な人だったので、障害者や高齢者と接することが多くて、いいところも、いやなところも、切ないところも見てきた気がします。これが、福祉に触れた最初の体験で、原点なのかな。

 大学を卒業後は、単身ハワイへ。田舎への憧れもあったのでしょうね。ハワイで過ごしたのは2年半くらい。楽しかったですよ。帰国後、友人の会社でコンピュータを使ってのカタログ作成など、組版のお仕事をさせてもらいました。十数年いました。お給料はそれなりによかったのですが、あまりの忙しさで身体を壊してしまい、辞めたんです。

 さあ、これからどうしようか――。体育大を出ていたので、スポーツクラブのトレーナーでもやろうか、それともハワイでの経験を生かして英語に携わる仕事をしようかと、色々考えました。コンピュータ相手の仕事をずっとしてきたので、人を相手にする仕事がいいな、と思っていました。小さいころの経験もあったと思うのですが、父やおばのことも頭にあったので、介護の世界もいいなと。それで、まずはヘルパー二級の資格をとって訪問介護の仕事をはじめたんです。

介護の現場をもっと魅力的なものにしたい!

 現場は大変な状況だということがわかりました。事業所として問題があるところもあったし、訪問先でも、まるでお手伝いさんみたいに、顎で人を使うような人もいました。私自身もっと勉強しなくちゃという思いを新たにしましたね。それで、修行しようと老健がついている病院で二年間働かせていただきました。おむつ交換、シーツ交換、体位交換、トランスなど基本となることはもちろん、夜勤もこなしてあらゆる介護の場面を経験しました。現場で働くスタッフ達には恵まれ、しっかり勉強させてもらい、よい時間が過ごせたと感謝しています。

 そのころ、おばに介護が必要になって、ケアマネさんと、いろんなデイなどを見学したんです。これはないな、というところが多くてね。

 プライドの高いおばが、子どものような扱いを受けるなんて耐えられないだろうと思いました。それに自分だっていずれ利用する立場になるかもしれないのに、こんなデイはいやだという気持ちもありました。それで、10年計画として自分自身でデイを立ち上げることを決心したんです。この地域に住む人たちのニーズにこたえ、区別化していくことも大事なはずと。

本音はみんなおばが教えてくれた

 その時代、おばは、デイの人におばあちゃんと呼ばれて、「私には、子どもも孫もいないのに、あなたにおばあちゃんと呼ばれる筋合いはない」と答えたんですって。思っていても、なかなか言えないですよね。でも、私はおばに拍手しましたよ。

 当然ながら施設では「高齢者」として扱われるおば。でもおばはその「高齢者」としての自覚が少なかったようです。(笑)

 おばは、私に何でも話してくれました。おやつが美味しくない、飲み物は麦茶しかない、外食やお出かけもできない、言葉づかいがなってない、幼稚園みたいな遊戯なんかしたくない、異性の介護はいやだ、送迎の車に大きくデイサービスとか書いてある車には乗りたくない、等々……。今までの生活リズムが大きく変わりすぎたようで不満ばかりでした。

 そして、思ったんです。おばの言うことはみんな最もだな、とね。だったらそうではないデイにしよう。そして介護されている、世話されている、って感じさせないデイにしようと。

 うちのデイへ来たら元気になってもらわなくちゃ。そのためにはここが楽しい場所じゃなければなりません。ここはケアもする昼間のエンターテイメントを提供できる「場」じゃなくちゃダメなんだと思っています。

地域のニーズにあった個性あるデイをめざして

 イナナでは、外食や外出もよくします。送迎の車はイナナとしかいれてない。だってせっかく美術館やオシャレなレストランに行ってもデイサービスなんて書いてある車から乗り降りするのなんてカッコ悪いって思いませんか。私も嫌ですよ。

 体の衰えがあからさまに見えるお風呂には鏡をつけない一方、ドレッサーは三面鏡でライトも飛ばして肌が綺麗に見えるようにしました。綺麗に化粧してお出かけしたいって思ってもらうように。お茶もハーブティなど20種類揃えました。ご飯もおやつもこだわりを持って美味しいものを選んでいます。美味しいから、たくさん飲み、食べられる。

 イナナはハワイ語で「元気になる」という意味なんですよ。

 食べる事や、生きる楽しみを見つければ、元気になれる。贅沢に見えても、結果元気に過ごせて、介護負担が上がらなければ、どっちがいいですか?

 そして、何より1番大事なのは、その人の人格を大切にすること。自尊心も尊重されないといけません。

 だから、スタッフには、すぐに手を貸さず、「お声かけ」と「見守り」を。かつ、ケアしていますという言動、態度を見せないようなケアワークも時には大切だと。これが全介助がメインワークとなる施設で働いてきた人には難しいみたい。でも、デイという現場は違うし、イナナのデイはもっと違う。時間はかかっても、できる限り自分のペースでやってもらうようにしています。これが少人数制にこだわった理由でもありますね。

 特色をしっかり出すと、おのずと似たような目的を持ったご利用者方が集まってくるんです。するとお互い刺激あって、どんどんいい方向へ向かうんです。

 デイでやっている外出ケアは確かにスタッフも大変。だけど、充実感をともなう。利用者の方も、明日は外出だからしっかり休もうとか、生活にメリハリができるんです。

選ぶのは、利用者の方自身

 当たり前のことなんだけど、デイサービスを選ぶのは利用者自身であるべきなんです。これまで、ケアマネや家族が選んでいました。家から近いとか、送迎の時間とか、預ける側の都合の方が優先されてきたし、 中身も選べるほど特徴がなかった。でも、これからは違います。もっとそれぞれが特徴を出して利用者に興味を持ってもらい選べる時代になっていかないと。家族の方も、選ぶときは、利用者の目線で選んでほしいと思います。みんな年をとるのですから。

 いつか、利用者の方とスタッフと一緒にみんなでハワイに行きたいな、という夢を持っています。とってもいいところなんですよ。そのときの利用者の方の笑顔を想像しながら、日々頑張っています。

オシャレして外出

笑顔になれることが元気の秘訣

【久田恵の視点】
 今やデイサービスは、個性豊か、多様化への時代へと突入沿ています。「レモネードが飲みたかったら、まず、レモンを絞ることです」という言葉がありますか、自分が行きたいような場所を自分で作りだす心意気が素敵です。そして、自分の要望をしっかり伝える利用者側の自立性が、これからとても大事になることを自覚させられます。