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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


●インタビュー大募集
「このコーナーに出てみたい(自薦)、出してみたい(他薦)」と思われる方がいらっしゃったら、
kawase@chuohoki.co.jp
までご連絡ください。折り返し、連絡させていただきます。

花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第81回 ハレの日も日常も寄り添うヘルパー 
心が動く瞬間に出会える場所です

大塚直子さん(46歳)
株式会社SPI あ・える倶楽部(東京・渋谷区)
介護福祉士 トラベルヘルパー

取材・文:進藤美恵子

「ダメでもいい。勉強してみよう」から始まった

 ちょうど子育てがひと段落して、そろそろ何か仕事をしたいなと思っているときでした。離れて暮らす母が難病になってしまったんです。病名がハッキリしたときは、車の運転も一人での外出もできて元気だったんです。でも、難病イコール車椅子生活になり、いずれは介護も必要になると将来がハッキリ見えてしまったんです。

 それなら世間では大変だと言われている介護の資格を取得しようと思いました。すぐに介護を仕事にしようというのではなく、まずは勉強をしてみようと思って。やってダメならほかの仕事をしてみればいい。まずはやってみようと行動に移しました。ホームヘルパー2級(当時)を取得し、訪問介護の仕事を始めたのが介護との出会いです。30歳で下の子を産んだので、36歳のときです。

 最初は仕事も少なかったのもありますけど、家庭との両立も無理なくできてこの仕事が意外と合っていたんです。訪問介護は大きく分けると、身体介護と生活面の支援があります。特に生活面の援助では、利用者の方に教えてもらうことが多かったんですね。

見聞きする介護の世界とは違う部分を実感

 核家族で育ったので、高齢の方と接する機会があまりありませんでした。それが一変し、家庭を守ってこられた方の話の中には、いろいろとおばあちゃんの知恵とも言える、家事のコツなどを教えていただくこともありとても楽しいです。料理が得意な方からは、おばあちゃんの味の定番とも言える“おはぎ”作りを教えていただいたことも。自宅で初めておはぎを作り、家族に披露して好評を得たこともありました。

 買物支援でヘルパーに行ったときのことです。スーパーで食料品と一緒に買ってきたお花で家の中を飾るセンスのある方も。そういうのを見ていると、ちょっとしたお花などが家の中にあるといいんだなと思って。すぐに真似しちゃったりして・・・うふふ。おばあちゃんの味の直伝もそうですが、想像していた介護の世界とは違う部分がそこにはあったんです。

 ご家庭で身体介護をされているケースでは、ご家族がマンツーマンでついていて、私たちヘルパーの支援もあるけれども、本当に一生懸命にかかりっきりで頑張っていらっしゃる方が多いんです。その愛の深さに感動したりします。

背中を「ポンッ」と押してくれた母

 介護福祉士の資格を取得した頃、テレビでトラベルヘルパーの仕事があるのを見たんです。そのときは、未だ家を空けたりすることが難しい状況だったのでピンとは来ていなかったんです。でも子どもが生まれるまで勤めていた旅行業の知識と介護ヘルパーの仕事も生かせる仕事があるのを知り驚きました。下の子が中学に上がるときに、母とトラベルヘルパーの話をしていたら、「あなたに合っている仕事なんじゃない」と背中をポンッと押してくれたんです。

 どんな資格なのか半信半疑だったのですが、勉強を兼ねてやってみようと思い講座に参加しました。実は、そのスパルタぶりにビックリしてしまって。インストラクターの方も受講者も本当に真剣に取り組まれているんです。人の命を預かる仕事だし、やっぱり、安全第一なのは当たり前なんです。安全第一が絶対的にあって、それにプラス、感動とか喜びや演出も。もちろん、私たちだけの力ではないですけれども、そういうことも大切です。トラベルヘルパーと介護される側(お客様役)になっての実地研修もあり、トレーニングが本当に過酷でした。でも感動しました。そこまでするのかと。トラベルヘルパーとしてお客様の夢をかなえるために、こんなにも一生懸命に取り組んでいる人がいるのかと思うと嬉しいですね。

理解していたつもりがそうではなかったことも

 トラベルヘルパーは、介護と旅行の知識を生かしてお客様の旅行をサポートする、ハレの日を演出する仕事です。でも、基本は介護ヘルパーと同じで、安全に介護するという根底は一緒です。トラベルヘルパーでは、お客様と一緒に行動しますので体力も必要です。依頼内容も多岐にわたり、披露宴への出席や美術鑑賞、温泉旅行と旅行への思いや要望はそれぞれ異なります。その都度、バリアフリートイレや最適な移動手段等の下調べのほか、身体の状況に応じて準備を進めます。

 依頼内容では終活的な発想から、「お墓参りに行きたい」というケースも多くあります。先日、お墓の前にお連れしたとき、普段は立ち上がることも困難な方が、墓石によじ登るような勢いで車椅子からガバッと立ち上がり墓石にもたれかかるようにして、「やっと来れました」と一言。それを目の当たりにしたとき、理解していたつもりだったけど、こんなにも強い思いだったのかと。分かっていなかったんだなと思い知らされました。トラベルヘルパーを始めて3年くらい経ちますが、毎回、気づくことがいっぱいあって、ハッとすることばかりです。

ハレの日のために日常がある

 トラベルヘルパーの仕事では、手すりがしっかりあって、機械浴のような環境の整った介護とは大きく異なります。特に温泉では手すりもなく、岩でゴツゴツしているような場合もあります。過酷なトレーニングの成果が生かされる場でもあります。

 トラベルヘルパーがハレの日の仕事だとしたら、訪問介護は日常をサポートする仕事です。日常があってのハレの日です。日常の状態を知らないとハレの日の適切な介護ができないのではないかと思います。そういう思いもあり、トラベルヘルパーだけではなく、訪問介護の仕事も続けています。

 両方の仕事をしていて気づいたのは、普段のリハビリと旅行に出かけるのは、結構関連していることです。トラベルヘルパーとしてお会いするお客様は、「また出かけるためにリハビリ頑張るね」という方が多いです。介護ヘルパーの現場で、デイサービスが嫌いなご利用者様には、デイサービスに行ってスタッフの方と話をしたり、行くために準備をするのも身体にいいんですよって、ハレの日のために、日常があることをお伝えしています。

勉強させてもらい、学ぶ場所

 介護の仕事を一言で表現するのは難しいですけど、勉強させてもらう場所。学ぶ場所です。これまで私は、目に見えない部分に対して理解があまりなかったんです。若い頃は特にそうでした。よく、「目に見えないものに大切なものがある」という言葉とかありますよね。分かるけれども、ちょっとハテナというのもあったんです。

 でも、心が動く瞬間とかは、介護の現場にいるとあるんです。「一期一会」という言葉が好きで、認知症の方と接するときは、今日がはじめまして、また明日もはじめましてというように丁寧に接しています。そうすると、どこかにいっていた意識がスッと返ってくる表情をされるときがあるんです。「ありがとうね」って言葉も。そのときは、「お帰り」と言葉に出したくなります。心が動く瞬間に出会える場所みたいなのはありますよね。

 トラベルヘルパーをしていて思い出すのは、ホームヘルパーで最初に訪問した要介護5の女性のことです。同居するお孫さんが披露宴に連れて行きたいという希望を持っていましたが、当時は、訪問看護師もケアマネも誰もトラベルヘルパーの存在を知りませんでした。お孫さんの願いはかなわず、亡くなってしまいました。その当時の私にできることは精一杯したので後悔はないですけれども、今なら、トラベルヘルパーとしてお孫さんやご家族の夢をかなえるお手伝いができます。高齢になっても諦めずに、旅行にも行かれるというのを知ってもらいたい。そして、多くの人にハレの日も日常も楽しんでいただきたいです。

それぞれの思いに寄り添い「ハレの日」をお手伝いする大塚さん(右)

【久田恵の視点】
 人生を切り拓いていくものは幸運やチャンスだと思いがちですが、不運やピンチが、道をさし示してくれたりしますね。母上の難病にどう向き合うか、その真摯さが大塚さんを介護の道に導き、さまざまに思いを深めるてだてとなったことが心に染みます。一つのステップが、次のステップを準備し、さらに次のステップへと誘う、そうやって人生が次第に切り拓かれていくのだと、実感させられますね。