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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


●インタビュー大募集
「このコーナーに出てみたい(自薦)、出してみたい(他薦)」と思われる方がいらっしゃったら、
kawase@chuohoki.co.jp
までご連絡ください。折り返し、連絡させていただきます。

花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第76回 “家を回るヘルパー”への夢を実現
人生の先輩たちの身にしみる言葉に日々癒されます

菱村 実子さん(46歳)
ほっと・氷川台ヘルパーステーション
介護福祉士
(東京・練馬区)

取材・文:進藤 美恵子

“家を回るヘルパー”になりたくて新卒デビュー

 介護との出会いは、まだ小学校に入学する前の5歳頃です。父が長男だったので、じいちゃんの具合が悪くなったときに、じいちゃん、ばあちゃんと一緒に暮らすようになって。当時は長男の嫁が家で介護をするのが当たり前という時代で、母が介護する姿をずっと側で見ていました。子どもながらも、お風呂場に運ぶのを手伝ったりしていたんです。

 家で介護をしていることで友達たちと旅行の話しが出ても、言い方は悪いけれども「一緒に行くことができなかった」という思いはありました。でも、いつのまにか、自分も介護に関わる職業に就けたらいいなと漠然と思うようになって。高校を卒業するときには、“家を回るヘルパーになりたい”と思っていました。自分で介護の仕事に進むことを決めて、介護専門学校に進学。介護福祉士の資格を取得し、卒業と同時にこの業界に入りました。

 その頃はまだ介護保険制度はなくて、家庭奉仕員と呼ばれ、区の自治体でも数人しかいないような時代でした。専門学校の先生にも「家を回るのなら、料理やいろんなことができないとだめだよ。まだ若いのだから修行のつもりで特別養護老人ホームに行ったら?」と勧めていただき、特養に就職しました。そこで3年半くらい勤めた頃、腰痛がひどくなってしまったので退職し、介護とはまったく異なる、日雇いのバイトや受付などをしながらリハビリをしていた時期もありました。

やっぱり訪問介護が好き

 4年くらい介護の仕事から離れたかな。でも、やっぱり自分がしたい仕事とは違うし、もの足りなさを感じました。介護の仕事は自ら選択して勉強した仕事なので、続けたいという思いが募るようになりました。ちょうど介護保険制度が始まる1年位前に訪問介護をするヘルパー募集があり、20代後半になって、やっと念願の訪問介護ヘルパーになれたのです。途中、自身の入院・手術などがあって、訪問介護に自転車で回るのが体調的に難しくなりグループホームに移ったこともあります。

 介護ヘルパーと一概に言っても特養や、訪問、グループホームなどの様々なスタイルがあり、相性もあると思うんです。グループホームを辞めて、今は在宅専門です。やっぱり訪問介護が好きなんです。一対一で関わるので、1週間に一度会うだけなんですけれども、利用者さんの自宅に入らせていただけるので非常に密な関係を築くことができます。グループホームでは、9人を一緒にみなければならず、どこかで流れ作業になりやすいところが自分の中では、疑問に思ってしまって。いろいろな人に話しを聞くと、施設が好きと言う人と在宅が好きと言う人でハッキリ分かれるようですね。

寄り添うと返してくれ、身にしみます

 以前の利用者の方で、週1回の入浴介助に行ったときのことです。お風呂から出て髪を乾かしていたときに、私に向かって手を合わせたので、「ひぇー」って驚いてしまったんです。「あんたにじゃないよ。あんたのお母さんに手を合わせたんだよ」って。「あんたをこんなにいい子に育ててくれて、私のところに来てくれるようになったから」って。「えー」という衝撃とともにすごく嬉しかったです。今でもその方のお名前はフルネームで覚えていますし、15年くらい前のことですが、今でも印象に残っています。

 軽費老人ホームから、まだ元気なうちに特養に入所された方がいらっしゃいました。会いに行ったときに、「自分は結婚をしていなくて子どももいないから、こうなっちゃうとさみしいね」と話していたんです。「私も一緒ですから」と返したら、「同じですね」っていうやり取りがあって。その話を覚えてくれていて、次に会いに行ったときには、「あんたも歳をとったら、こういうところに入ったらいいよ」って親身になって勧めてくれるんですね。

 本当に、人生の先輩ってありがたいなって、いろんなことを教えていただけるというか。すごく勉強になります。自分がやっぱり、100%とはいかないかもしれないけど、相手の気持ちに寄り添うと、返してくれる人が多いんです。本当に自分の鏡ではないですけど、日々、勉強をさせてもらいながらお金をいただけて、ある意味ありがたいなと思ったりします。

神のような人との出会いも

 もちろん悩むこともあります。グループホームでヘルパーをしているときに9人の利用者さんがいて、みんな愛おしいんですが、どうしても好きになれない利用者さんが1人いたんです。同僚のヘルパーに「どうしても愛おしく思えない」と相談したら、「いいんじゃない」って軽く言われてしまって。その一言に驚いていたら、「みんなを好きになれなくても、仕事に支障が出ないくらいの愛おしくないのはいいんだよ。でも、全部が嫌いではなくて、こういうところはいいとか、こういうところは…と思えばいい。何も全員から好かれる必要もないし、全員を好きになる必要もないよ」って。

 自分の中でどこかで全員を好きにならないといけないというわけではないですけど、好きにならなければという願望が強すぎてしまっていたんですね。スッと肩の力が抜けたように思います。アドバイスをしてくれた同僚を私は密かに「神」と呼んでいます。そんな素敵な方たちとの出会いがあるのも魅力のひとつです。

 でもこの業界のよくないところもあります。休日に同僚と会っても仕事の話が多くて、離れていった人もみんなそうですけど、この業界にいる人は仕事の話をすごくしてしまいますね。永遠に相談しあう話ばっかりです。ご飯を食べながらも排便の話とか…。たまには、違う話もしてみたいですね。

ステップアップして後見人を目指したい

 将来は、できれば社会福祉士の資格を取って、ゆくゆくは後見人をやりたいんです。在宅で認知症が進んでしまったり、身寄りのいない方もいます。後見人がついてお金の管理などをしてもらえるかどうかによって、その方の暮らしも大きく変わってきます。これまでに、必要なことにお金を渡してもらえないようなケースをたくさん見てきました。

 ご利用者さんの手元にお金がなくて、ヘルパーに行っても買い物ができない。トイレが詰まっても工事のお金がありませんから、何もできません。後見人がついているかどうかで、その人の生活の質が下がってしまうのを見て、ヘルパーでは時間のほかにも限界があるのを感じています。自分がある程度高齢になってヘルパーができなくなったときに、何人かだけでも自分がお役に立てたらいいなと思っています。まずは、社会福祉士の資格を取るのが目標ですね。

【久田恵の視点】
「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」(ロバート・フレガム)という有名な本があります。人には、そう言えるような場がそれぞれにあるのだと思います。5歳の頃から、介護家庭に育った菱村さんにとってのそれは、まさに介護の現場だったのですね。人生の知恵は大学院という山のてっぺんにあるのではない、というフレガムの言葉が想起されます。 在宅ヘルパーでなければ、気が付かない高齢者の問題の数々、現場を熟知する方たちにこそ、頑張って社会福祉士の資格を取得してほしいと思います。