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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


●インタビュー大募集
「このコーナーに出てみたい(自薦)、出してみたい(他薦)」と思われる方がいらっしゃったら、
kawase@chuohoki.co.jp
までご連絡ください。折り返し、連絡させていただきます。

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花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第75回 この場所があったから、私は私の人生の危機を突破できました!

山本 奈美さん(26歳)
グループホームやちよ
介護福祉士
(北海道・室蘭)

取材・文:久田 恵

いつのまにか、私の仕事観が変わっていました。

 介護の仕事に就いたのは5年前。その時と今とでは、仕事に対する気持ちが大きく変わりました。初めの頃は、業務という感じで必死でやっていたのですが、今は業務は後回しでいいんだ、と思うようになりました。

 こちらが介護をしているというより、入居されている方に「自分が相手をしてもらっている」という感じにどんどんなってきて、「一緒に暮らしている私たち」みたいな気持ちへと変化していったんです。業務に追われ、時間にこだわって、という介護は、もう古いと思うようになりました。

 ともかく「介護」という言葉でひとくくりにするのではなく、ここに居るみなさんが元気に笑っている瞬間がとても大事で、いつもそこに私も混ぜてよう、という気持ちでいます。

 介護福祉士になる前は、ミスタードーナツと酒場チェーンのつぼ八などで私は働いていました。そこは効率よく動いて、時間と数字で利益を上げて、接客サービスもマニュアル通りというふうでした。若い私は、それが仕事というものだ、と思っていたのですが、同じ接客サービスでも介護の世界は違いました。

 あったかい笑顔で、あったかい感じに人をつなげていくというのがすごくいいなと思います。そのためには、人と人とのかかわりの瞬間、瞬間を考えながらやるということが大事だな、と。つまり、なぜ、こうなるのか、なったのか、「なぜ?」ということを考えながらやる仕事ですから、そっちの方が私にはむいている、そっちが好き、というようにいつのまにか自分の仕事観が変わっていったのです。

 たとえば、この方がもう少し周りの方にも優しくしてくれたら、もっとみんなが楽しくなるのにということがありますよね。そうすると、この方の性格がどうのというのではなく、この方が人に意地悪したりするのは、どうしてなのか、その原因を考える。そうすると、この方は自分のことをもっと見てほしいと思っているのかな、と思えたりしてくる、自分の対応がうまくいけば、その方も気持ちが和んで、全体の雰囲気が楽しくなる、そういうふうに考えるようになったんですね。いい人間関係を作っていくということは私にもできるのだ、と思うようになれたのは、この場所のおかげです。私は、若いから棘がある部分もあったけれど、年が経て棘も少しなくなって、だんだん自分のことも相手のことも受けいれられるようになってきました。

なぜかここが私には居心地が良かったのです。

 私は高校中退娘で、17歳からずっとフリーターでした。

 しかも19才で子どもを産んだ未婚の母です。両親は離婚していたので、子どもを産んだ後は、一人で仕事を掛持ちしながら育てていました。でも、ずっと働いてきて、なんか息切れがしてきちゃって、それでハローワークに行き、六か月間の講座に通って介護福祉士の資格を取ろうかなあ、と思ったのです。母子家庭には、資格取得の勉強している間、日当が出るのです。半年はゆっくりできるかなあ、資格があれば、一人で子どもを育てていけるかなあ、そう思っただけで介護の仕事そのものがどうのとは考えていなかったのです。

 ほんの軽い気持ち。ゆっくりしたいなあ、もうそれだけ。

 けれど、講座の三日間の実習でこのグループホームやちよに来て、なぜなのか理由が分からないのですが、私にはとても居心地がよかったのです。入居されている方たちがすごくあったかくて、笑顔で迎えてくれて、ホーム長さんがいつも熱く語っていて、リーダーの介護福祉士の方にも惹かれるものがあって。この仕事、私に合っている、そう思ったのです。それに出会った認知症の方とかのことも気になって、気になって、勉強も始めたのです。

 その数か月後に、さらに16日間の実習があって、またもや私はここを希望して来てしまったのです。やっぱり、すごく惹かれるものがあって。具体的にそれがなんなのか、なぜなのかは分かりませんでした。ただ、そのままここでやっていきたい、という気持ちになって職員として就職したのです。5年勤めて、昨年の11月に主任になりました。

 ここは、ある程度行事などはありますが、基本はフリー。1階と2階、9人づつ、合わせて18人が一緒に暮らしていますが、みんなでよく遊びます。トランプをしたり、手芸したり。どっか行こうということになってドライブに出かけたり。暑かったりすると、ソフトクリーム食べに行こうとか、まわりは緑が多いので、さあ、散歩に出掛けようと、ほんとうにあたり前のことを、あたり前に一緒にやっています。

 介護の仕事は、世間では大変そうなイメージがあるけれど、私には、ただ普通の人と一緒に暮らしている「第二の私の家」という場所なのです。

 保育園がすぐ側にあって、毎朝、子どもと一緒に通ってこられるんです。何かあればすぐ飛んで行けるし、安心して子育てもできました。その子がね、今年、小学校の一年生になります。

 私は、昨年の3月に結婚しました。5年ぐらい前から付き合っていた人がいて、今度、子どもが小学校に入るので、ここが区切りかな、と。

 それに、ここは月に5回夜勤をやると、結果、半月ぐらい休みになるんです。夜勤は、夕方4時半から翌朝の9時半までで、明けの日と翌日が休みで2日休める感じですよね。これを思うと、今の給料は見合っていると思うし、自分の家のことをやれる時間もとれるので、私には働きやすい。だから給料が安いとは思いません。

 なにしろ、出勤する時間が嬉しい。

 今日はなにをしようかな、と。毎日が楽しいんですよ。

 私は負けず嫌いで、うまくいかないことが起きた時、「だから言っただろう」とか言われたくない、自分の選択が駄目だったとも言われたくない、だから未婚で子どもを産んで頑張ってこれたと思うけれど、今は、仕事も楽しく、好きな人とも暮らせて、大事な子どもも側にいて、充足しています。

 人生の危機を突破し、今が一番いい時だと思えています。


【久田恵の視点】
「グループやちよ」は利用される方々の尊厳と生き方を守る、それを基本理念として掲げているホームです。ホーム長の佐藤壽美子さんによると、介護福祉士の山本さんを実習で預かる時に「なかなかに大変な子がいきますので……」と言われたそうです。けれど、「ほんと彼女はいいですよ」と評価が高い。あえて人生の逆風に向かって突き進める強さを持った山本さん。強くなければ、他者に優しくはなれません。介護現場で「私が介護をしている」ではなく、「私が相手をしてもらっている」という立場で向き合える人に初めて会った気がします。意表をつく言葉にはっとさせられてしまいました。