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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第57回 本屋勤務時代の店長から「笑顔の交換できる人でいなさい」と。 
僕はこの言葉は今も大事にしています

横島吾郎さん(36歳)
キヨタ芝浦介護サービス
サービス提供責任者

取材・文:石川未紀 

転機は高校1年生のとき

 僕は、訪問介護が好きなんです。人と接することが好きなんで、1対1で向き合って、お話もできるような介護の仕事が合っていると思っています。

 でも、小さいころはとにかくおとなしくて、いつも部屋の中で、本ばかり読んでいるような子どもでした。引っ込み思案で、人と話す仕事が合っているなんて思ってもみたことはありませんでした。

 転機は高校1年生のとき、部活がきっかけでした。

 高校1年生のときの担任が、演劇部の顧問で、現代国語の先生でした。僕が本好きだということを担任の先生が知っていたかどうかはわかりませんが、ある日、「演劇部でナレーターをやってくれる人がいなくて困っているんだ。舞台に立たなくていい、裏方のほうで、ナレーターとして本を読んでくれればいいから、手伝ってくれないか」と声をかけてきたんです。別に演劇部に入らなくてもいいというし、舞台にも上がらなくていいというので、軽い気持ちで引き受けました。

 ところがやってみたら、評判がよかったんです。演劇部の仲間も温かく迎えてくれたので、入部して…。舞台へ上がるようになると、自分が発したことが直に反応として返ってくることが楽しかった。はまったんでしょうね。それからは、脚本も書くようになって、3年生では主役で部長、自分でもちょっと驚きだったのですが、そこまで行きました。

 卒業するころには、人と触れ合う仕事、接客の仕事がしたいと思うようになっていました。

なかなか正社員になれなかった、これから先、どうしようか

 本が好きだったので、本屋に勤めました。仕事は楽しかったし、想像していた通り、接客の仕事は楽しかった。たった1分、2分の時間かもしれないけれど、笑顔で接客すれば、相手を喜ばせることができるということも実感できました。レジの仕事でしたが、「横島さんのところでお願いしたい」というお客さんまでいたりして、うれしかったですね。ただ、契約社員ではあったんですが、なかなか正社員になれなかった。

 「もうすぐ30歳だし、これから先、どうしようか」と真剣に考えるようになったころ、飲み仲間で、年上の友人に相談したんです。その人は障がい者専門の介護職として20年もやっている人なんですけど、その人が「お前は介護の仕事が合っていると思う。もし、何かあっても自分が相談に乗るから、どこかの介護事業所を受けてみたらどうだ」と。

 後ろ盾があったので、転職に対する不安はなかったですね。介護の仕事は、人と関われる仕事だし、自分の親は後期高齢者なので、介護の勉強をしておけばいつか家族の役に立てるというのも大きかった。勤めていた本屋も高齢者の多い地域でしたし、近くに特別支援学校の生徒たちも買い物の練習でよく来ていたのですが、そういう方たちとの接客のなかで、自分には合っているかもしれないとも思っていました。それで、無資格のまま入社して、東京都の雇用促進プログラムを利用して、ヘルパーの資格をとって、その直後から現場に出るようになりました。ちょうど、5年くらい前ですね。

少しずつ少しずつ寄り添う感じ

 ヘルパー研修も、特に大変だなと思うことはなかったですが、研修などで現場に出たときは、施設だとどうしても重症者に目が向きがちで、1対1の向き合い方ができないなと感じていました。もともと訪問介護を希望していましたが、今も訪問介護の仕事が好きですね。なんといっても1対1、あるいはご夫婦のところに入っても1対2.限られた時間の中で120%相手に満足して喜んでもらえるか、それが自分にかかっていると思うと、緊張感とともにやる気もわいてきます。自分が相手にパワーを少しでもあげられたら、うれしいですよね。

 認知症のおばあちゃんのところへ行ったら、真夏なのに「寒いでしょう。ストーブにあたってね」とストーブを真横に置かれたり、いわゆるゴミ屋敷のようなお部屋で過ごしていて、声かけしても「まだ使える」と言ってなかなか部屋が片付かなかったり、いろいろありますが、直そうというのではなく、寄り添う感じですかね。少しずつ少しずつです。

 精神疾患のある高齢者の方がいて、その方は特定の食べ物しか口にしないし、ヘルパーも、僕ともう一人の女性しか受け入れてくれなかったんです。部屋にはエアコンもなければ電子レンジもない。そんな状況だったんですが、スーパーに買い物に行って、こんなおいしいものもいっぱいあるよ、とか、部屋に食べ物がおいてあってもエアコンがあれば腐りにくいよね、とか、僕よりもやさしいヘルパーがいるんだよ、とか。少しずつその方に話しかけていったら、やがて、スーパーで惣菜を買ったり、今ではお弁当の配達も受け入れてくれるようになりました。エアコンも、電子レンジも、そして洗濯機もなかったのですが、いずれも購入してくれました。ヘルパーも僕とその女性だけでなく、ほかのスタッフでも受け入れてくださるようになったんです。精神疾患があるので、調子がいいときもあれば悪いときもありますが、それでも生活はぐっと向上しました。うれしい経験でした。

介護福祉士の資格をとりました

 どの利用者の方でも、よく話を聞くようにしています。そうすると体調とか気分がいいとか悪いとかがだんだんわかってくるんです。さみしくて話し相手を待っていたというような利用者の方には、料理をしながら傍らに椅子をおいて、座ってもらって話を聞くこともあります。僕は小さいころから、母親が何でもできるようにと家事もやらせていたので、料理も大体できるんですが、高齢の世代の方は僕が料理もするというと、「お兄ちゃん、料理できるの? 教えようか」と言ってくださる。そういうとき、男性は得ですね。「教えてください!」と言うと、うれしそうに教えてくれます。そうすることで、そのおうちの味を覚えることができますし、会話も広がって、利用者の方の意欲や、やる気も引き出すことができるんです。

 あとは記録を書きながら、話を聞くという技も身に着けました。悩みごとを聞くことは大事な情報源を得ることでもあるので、大切なんです。

 昨年の春に介護福祉士の資格をとりました。冒頭の先輩が「まずは“介護福祉士”の資格をとることだね」と約束したこともあり、目標にもしてきました。資格をとったからうんぬんということはありませんが、自分にはもっと足りないところがあるなとむしろ気づいた面はあります。今はサービス提供責任者という立場ですが、技術はもちろんですが、法律的なことも勉強していかないと。今よりももっと責任のある役職に立つことがあっても、度胸というか、あせらない精神的な余裕も必要だと思っています。

 ただ、今のところケアマネには興味がないんです。ケアマネは利用者の方の生き方を決める仕事だと思っています。僕は現場が好きですし、介護の仕事は生活の仕方を考えていく、一緒に生活する支援をしていくことだと思っています。僕はそこに関わっていきたいし、利用者の方とは握手のできる距離にいたいとも思っています。

ヘルパーは呼ばれないと来られない

 今の職場は雰囲気もよくて、風通しもよく働きやすいです。スキルアップとしてやりたいことは、精神保健福祉士の資格をとりたいですね。もっと知識もつけて対応できたらと思っています。あとは高齢者だけでなく、障がい者のことも勉強したいなと思っています。制度も含めてまだまだ勉強しなければいけないことはたくさんあります。

 本屋時代の店長から言われていたことなんですが「ありがとうと笑顔はなくならないよ。だから笑顔の交換できる人でいなさい」と。いい言葉を伝えてくれたなと。僕は笑顔の交換できる人間でいたい。利用者の方に「ありがとう」と言われたら、「呼んでくれてありがとう」って言っています。「ヘルパーは呼ばれないと来られないからね」とか言ってね。現場で関わる仕事をこれからも大切にしていきたいと思います。

現場以外の仕事も全力で

インタビュー感想

 人生の転機にはいつもアドバイスしてくれる人がいて、そのチャンスをしっかりつかんで、自分に活かしている。アンテナの感度が高い人なのだなと感じました。きっと高齢者の方々の思いを察知して、コミュニケーションがとれるのだと思います。利用者の方とは握手できる距離にいたいという横島さん。自らの心を開くことで相手の方もきっと心を開いて信頼してくださるのだと思います。

【久田恵の眼】
 どんな介護職に出会うか、そのことによって介護の受け手である高齢者の生活の幸福度や、充実度が大きく左右されます。横島さんに出会えた方は、人生の最後にいい運をつかんだ、ということですね。