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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


●インタビュー大募集
「このコーナーに出てみたい(自薦)、出してみたい(他薦)」と思われる方がいらっしゃったら、
kawase@chuohoki.co.jp
までご連絡ください。折り返し、連絡させていただきます。

花げし舎ロゴ

花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第34回 大手メーカー社員から起業したくて介護の世界へ

松村旭倫さん(33歳)
リリフル(東京・品川区)

取材:石川未紀

起業する夢は捨てきれなかった

 高校生のときに、ソフトバンクの孫さんの影響を受けて、自分も起業したいと思いました。「若いときに起業したほうがいい、そのためにはアメリカに行って視野を広げたほうがいい」という孫さんの言葉通り、高校を卒業するとアメリカのテキサス大学アーリントン校へ。ここで会計を学びました。会計はある意味“世界共通言語”だから、日本というくくりだけでなく、どこへ行っても、役に立つのではないかと思って。

 卒業後、帰国して、人材派遣会社に勤めました。即、起業するほどの実力もなかったし、就職した人材派遣会社はベンチャー気質にあふれていて、起業したいという人も多く、刺激的でしたね。

 僕はそこに勤めながら、起業の準備も進めていました。経営塾のようなところで知り合った仲間がたまたま同郷の福井で意気投合、会社を辞めて夢の実現へ踏み出したのです。ところが、立ち上げた広告関係の仕事は、最初こそ話題性もあって注目されたんですが、だんだんと仕事が減ってきてしまい、給料もままならなくなって、1年で僕だけが抜ける形で、やめたんです。

 もう一度やり直そうと、米国公認会計士の資格の勉強をしながら、大手総合メーカーの子会社に派遣として働き始めました。しばらくして、その子会社が吸収合併されることになって、親会社になったとき、正社員として働くことになりました。米国公認会計士の資格も取っていたので、その後、インドネシアに財務の責任者として赴任しました。

一から作り上げたいという気持ちのほうが強かった

 そんなとき、今のリリフルの社長から、訪問看護・介護の事業所を立ち上げるから一緒にやらないかと誘われたんです。実は、社長は人材派遣会社時代一緒に仕事をしたメンバーのひとり。彼女は、看護師の資格を持っていて、毎日、お互いガンガンやり合いながら医療系の新規立ち上げを一緒に頑張ってきた仲間です。そのとき僕はインドネシアにいたんですが、仕事が一区切りついたところで、会社を辞めて一緒にやることを決意。インドネシアでの仕事はやりがいがあり充実していましたが、どうしても一から作り上げる仕事がしたかった。

 辞めるにあたってはずいぶん、引き留められました。医療系がやりたいならうちにもそういう分野でやれる可能性があるとか、介護なんてやったこともないのに本当にそれでいいのかとか、これまでのキャリアを捨てるのかとか…。心配していただきありがたかったのですが、せっかく社員になったのにもったいないとか、英語や会計の学んできたことを捨てるという意識はなかった。親も脱サラした身なので、反対もされなかった。やったほうがいいんじゃないと言うくらいでしたね。ものやサービスの中身というより、誰と一緒にやるかにこだわりがあるというのかな。起業しようという仲間の熱意が伝わってきたし、僕もその期待に応えたい、こういう人と一緒に一から作り上げたいという気持ちのほうが強かったですね。

ほんの少しの体験でもたくさん気づくことがある

 帰国後、リリフルで経理関係の仕事をやりながら、介護職員初任者研修に通い、資格をとりました。僕が通っていたのは、通信では本当の介護がわからないと考えて、完全通いの学校。現場経験を積むために訪問と施設どっちがいいか迷っていたとき、ある介護職の先輩が「訪問がいい」とおっしゃる。施設では多くの老人が介護職に「ありがとう」と言うけれど、訪問ではたいてい怒られる。人様の家に上がって、その家のルールに従って、その人を満足させることはとっても難しい。どんな介護がいい介護なのか、それを深く考えないといけない、苦労しないと人は育たないよと。確かにその通りでしたね。

 僕はこの業界だと「若手男性」なんですが、それも「育児や介護の経験がない若い男性は人に触れることに恐怖心がある。それがむしろいいんだ、相手に触れるときに声をかけたり、慎重になるから」と。それも、なるほどなと思いましたね。現場では、まだまだ至らないですが、利用者の視点というのを常に意識するようになりました。

 資格の勉強中には、障害児が集う日中一時支援のボランティアに出かけていました。体がうまく動かない子は安定した態勢が一番だと思いがちだけれど、あるとき、そういう子の体が倒れそうになったんです。こちらはあわてて支えようとしたけれど、その不安定さをその子どもは楽しんでいる。そうか、体が不自由でも、体を動かしたり、スリルを楽しみたい子はいるんだって、当たり前のことのようだけれど、現場に出てみなければ発見できなかったなと思います。ほんの少しの体験でもたくさん気づくことがある。

どんな経験も無駄じゃないんです

 高齢者の介護の現場も、いろいろな発見があって楽しいですね。今、この人にとって僕が必要だということが直にわかる。それは、僕にとっては、サラリーマン時代には味わうことができなかった新鮮な喜びでした。身体介護はもちろんですが、生活介護もその人のスタイルでやらなければならない。本当に、ありとあらゆる生活の場面で、人間力が試される仕事なんだなって実感しています。これからもっと大変な現場も経験するんでしょうけれど、もともとあんまりつらいとか苦しいとか思わないタイプなんです。単身アメリカに渡ったときも、インドネシアで仕事をしていたときも、それなりにきついこともたくさんありましたが、いい経験ができたなって思える性質。挑戦することも楽しいと思えるので、苦痛や不安はないですね。

 僕はもともと起業したくてこの業界に入りましたが、会社員としての経験も、経理や英語も、海外赴任の経験も生かせると思っています。介護の現場では、会社を経験したことで、企業人として働いてきた方のお話を、共感をもって聞けますし、経理は今の事務所の財務関係ができますしね。実は初任者研修を受けていたとき、一緒だったメンバーの半分くらいが外国人の方だったんです。日本の介護業界で働きたいと思っている外国人も多いのだと感じました。言葉の壁をどう乗り越えるのか、文化の違いをどう伝えるのか、課題はたくさんあるんですが、そういう人たちが日本の介護の世界で活躍できるようにしたい。今後取り組みたいことの一つですね。赴任時代のインドネシアとのパイプもありますし、英語も必要になってくるでしょうから、どんな経験も無駄じゃないんです。

 同じことが介護の世界でも言えると思っていて、僕は、運営や経営だけではなくて、ヘルパーとして現場に出ることも大事だと思っています。体感しなければ、新しい発想のビジネスも、制度の見直しもできないと思うんです。引き出しをたくさんつくっておかないといけないでしょうね。団塊世代に介護が必要になってくるころまでには、介護の仕組みをもっと自由な発想で変えていかないと。今はヘルパーとして現場に出ながら、その引き出しを増やしているところです。

サラリーマン時代赴任していた
インドネシアにて。
中央はリリフル代表取締役の玉木明子さん

インタビュー感想

 若い起業家のなかには、単にお金儲けだけでなく、介護や保育など、福祉の分野で、仕組みから変えていこうという自由な発想の人たちがあらわれているなと感じています。松村さんもまさにそうした若者のひとり。柔軟な発想や行動力を持ちながら、気負いすぎることなく自然体で挑戦していく姿は、頼もしく感じました。これまでの職歴や現場での体験を生かして、介護の世界を変えるくらいの気持ちで活躍していってほしいと思います。

【久田恵の眼】
 何をやってもつらいと思う人がいます。逆に、何をやっても楽しいという人がいます。そういう人は、自分の一生懸命やっていることが、自分を耕していると、自覚できる人で、好奇心に富み、常にエネルギッシュです。介護の現場には、そこで働く方もそこを利用される方も多種多様。とてつもない出会いの場であり、目を凝らすとそこから時代のダイナミズムが読み取れます。年々、介護の世界は予想外の方向へと変化を続けています。未来について考えている若き起業家には、魅力的な現場です。
 特に、コミュニティーのありよう、家族のありようが、介護や保育など人のケアのあり方の変化で、大きく変わっていく時代なのだと、松村さんのような若手の出現は、それを示唆していると実感させられますね。