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介護職に就いた私の理由(わけ)

さまざまな事情で介護の仕事に就いた方々の人生経緯と、介護の仕事で体験したエピソードを紹介していきます。「介護の仕事に就くことで、こんなふうに人生が変わった」といった視点からご紹介することで、さまざまな経験を経た介護職が現場には必要であること、そして、それが大変意味のあることだということを、あらためて考えていただく機会としたいと考えています。
たとえば、「介護の仕事をするしかないか・・」などと消極的な気持ちでいる方がいたとしても、この連載で紹介される「介護の仕事にこそ自分を活かす術があった・・」というさまざまな事例を通して、「介護の仕事をやってみよう!」などと積極的に受け止める人が増えることを願っています。そのような介護の仕事の大変さ、面白さ、社会的意義を多くの方に理解していただけるインタビュー連載に取り組んでいきます。


●インタビュー大募集
「このコーナーに出てみたい(自薦)、出してみたい(他薦)」と思われる方がいらっしゃったら、
kawase@chuohoki.co.jp
までご連絡ください。折り返し、連絡させていただきます。

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花げし舎ホームページ:
http://hanagesisha.jimdo.com/

プロフィール久田恵の主宰する編集プロダクション「花げし舎」チームが、各地で取材を進めていきます。
久田 恵(ひさだ めぐみ)

北海道室蘭市生まれ。1990年『フイリッピーナを愛した男たち』(文藝春秋)で、第21回大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。
著書に『ニッポン貧困最前線-ケースワーカーと呼ばれる人々』(文藝春秋・文庫)、『シクスティーズの日々』(朝日新聞社)など。現在、読売新聞「人生案内」の回答者、現在、産経新聞にてエッセイを連載中。

第33回 4年間のフリーター生活にピリオドを打って介護職へ 
この仕事が自分を選んでくれた。それに対して、どう応えるかっていうおもしろさがある。

近藤 剛さん(40歳)
小規模多機能 快杜 サテライト 悠杜
管理者/介護支援専門員/介護福祉士(東京・八王子)

取材:原口美香

この仕事は、いま自分が入ると迷惑がかかる

 高校を卒業して、親の勧めもあって福祉の専門学校に行きました。入学してみたら、小さい頃から身内にそういう方がいて進路を決めたとか、ボランティア活動を結構やってきた人が多かったんですけど、僕はそういうことが全くなかったんですね。だけど、やるからにはしっかりやりたいという思いはありました。

 でも、あんまり自分は現場向きじゃないなって勝手に考えて、「医療ソーシャルワーカーになりたい」と思うようになったんですけど、学校にそのカリュキュラムがなかったんです。それで担任の先生が、「医療ソーシャルワーカー」のための実習を個別に用意してくれたんです。夏休みを利用して、八王子のソーシャルワーカーの現場をいくつか回らせてもらって。卒業するときにヘルパー2級と社会福祉主事任用資格は取得したんですが、「就職は、いまはできない」と思ったんです。この仕事は、いま自分が入ると迷惑がかかるとさえ思っていて・・。

 それで卒業してから、4年間は全然違うことをやっていたんです。学童保育などのアルバイトをしながら、これからの自分の道を探っていました。その間も、実習でつながりを持たせてもらった人から、「時々は近況報告に来い」って言われて、僕もよくお邪魔して飲んでいたりしていたんですね。

できないっていうだけで、やらないほうが問題あるな

 うちの母体は八王子保健生活協同組合なんですけど、そこの城山病院の医療ソーシャルワーカーをやっていた方に、「城山病院で通所リハビリを開始するから、やってみない?」と誘われたんです。自分みたいな人が、どう役に立てるのかっていうのがイメージつかなかったんですけど、その人が「一般の感覚でいいんだよ」っていう言い方で・・。僕も正直「このままフリーター生活を続けて、社会復帰できなくなると困るな」と思っていたんです。「できないっていうだけで、やらないほうが問題あるな」ということにも気づいたわけです、その4年間で・・。それで、介護保険制度が始まる2000(平成12)年に入職しました。

 城山病院の通所リハでは、例えば、利用者さんが「自宅のトイレに困っている」っていうことであれば、自宅に行って、トイレでの動き方を練習したり、動作がしやすいように踏み台を作ってみたらどうなのか、というようなことまでやっていたんですね。今は結構そういうのが求められているんですけど、当時はそこまでする必要がなかったらしいんです。本来は「通い」オンリーでやるということを後々知るんですけど、ただ、そういうことをやっているほうが、ためになるかなって、おもしろかったんです。ケアマネジャーも「サービスでやるというなら問題ないです」と言ってくれていたんで。

 その頃はもう、突っ走っている感じでした。よそで難しい利用者さんがいても、「うちの通所リハなら、こういうことができますよ」と言えることも出てきて、そうすると仕事の喜びもあって、城山の通所リハを利用している方には、どんなこともしてあげられると、いろいろ考えていました。

一人暮らしは最高の手段だと思っているんです

 1年目はひたすらやって、3年目は介護福祉士、5年目にはケアマネジャーの資格を取って、入職8年目に「小規模多機能に移れ」っていう話が舞い込んできたんです。その3年くらい前から、うちの法人で「小規模多機能」についての自主勉強会を始めていたので、ある程度の知識はついてましたが、小規模多機能は365日24時間なので「とんでもない」って何度もお断りしたんです。

 結局「自分にはとてもできない」「いや、できるよ」という感じで、背に腹はかえられないという状態でスタートしてしまいました。僕を後方支援してくれる職員がうちの法人には何人もいましたが、始めて3年は本当に大変でした。8年経ったいまは、現場の職員がいろいろなアイデアを出してくれるようになって、ここ2、3年はずいぶん楽になってきましたね。半年前、ここを本体にして「サテライト 悠杜」もオープンさせました。

 うちは1日25人くらいの稼働なんですけど、小規模を利用する方に必ず言っていることがあります。それは「25人の兄弟か家族ができたと思ってください」っていうことなんです。例えば受験期の子どもがいたら、他の弟や妹に手がかけられないときがある。何かあって時期的に集中してやらなければいけないときも、誰かから譲ってもらわなきゃいけない支援が出たりもします。そういうものと、経営の数字を両方合わせてみなきゃいけないのが、この仕事の魅力でもあり、大変なところですね。

 時々、利用者さんと口論というか、家族喧嘩みたいになることがあります。そこには「愛情を持って」というメッセージを意識しているんですけど、それがあれば言い合いになっても、しょうがないかなと思っている部分がありますね。「あなたとは真面目に愛情を持って向き合っているんだから、ちゃんとしなさいよ」って言ったりして。認知症の人と一緒に食事しながら、僕が悩んでいると「これ、食べなさい」って渡されたり。その人なりのメッセージを結構持ってくれているんですよね。

 認知症状があっても、家で生活することの意味ってすごく高いんですよね。特に独居の人は、自分で生活できているっていう自負がすごくあるので、自分でトイレに行きたい時間に行く。失敗しようが知っているんです。そこで起きる無駄な動きが日常生活動作を維持していたりするんです。生活の何がブツ切りになって、何を手伝えばいいかをみていければ、一人暮らしは最高の手段だと思っているんです。

 うちを利用してくれている一人暮らしのお年寄りは、本当に楽しそうにやっているんですよ。マイペースで。むしろ生活を邪魔しないように、ときにはある部分を見守るように訪問支援して、「あ、生きてるね」って。「今日は好きなこと勝手にやんないでね」とか。でもそういうことで、明日につながる生活があるんです。小規模はそういうことができるから、ちゃんとやれば、今までの介護保険サービスで一番自然で、肩の力を抜いてできることがいっぱいあるかな、と思いますね。

 実際には「看取り」までやってもいいと思っています。それをやるには、地域の受け皿があって、介護できる家族の畑がないと、絶対にできません。そこを頑張ってくれさえすれば、うちは最期までお付き合いします、っていうスタンスです。「うちのおじいちゃんが、どんなふうになったらサービスできなくなるんですか?」ってよく言われるんですけど、オーダーメイドで応えるサービスだけど、うちの法人としての限界点はあるかも知れない。だから「そこが家族にできるかにかかっています」って、ハッキリ答えるようにしています。通所リハで働いていた頃の「なんでもできる」なんていう自分の傲慢さは、どこかに消えちゃってて、むしろ地域の人も巻き込んでやっていきたいと思っていますね。

 認知症を持った人が地域に知られていって、地域の人も「人ごとじゃないな」というベースがあって、声をかけ合って・・。そういうことができれば、どうにでもなるんじゃないかな、なんて思ったりします。それとチーム力ですよね。職員自体のマネージメント。僕はサッカーをやっていますけど、チームをまとめるって、スポーツも介護の現場も同じだと思いますね。ベクトルが向いたときにみんなが同じ方向を見られるようにすれば、それが一番なんじゃないかと思います。

 人に必要とされるって、結構なことですよね。そのありがたみは、日々感じています。プレッシャーもあるんですけど、人の役に立てること自体が、すごくうれしい。目の前にある仕事をちゃんとやりたいっていうのが、今のモチベーションです。

快杜の職員の方々と

インタビュー感想

 取材に伺ったのは、まだ歩道に雪が残るとても寒い日。にもかかわらず、近藤さんは通りに出て私の到着をずっと待っていてくれたのでした。大きな声で名前を呼ばれ、その人懐っこい笑顔に出会ったとき、近藤さんの人柄が伝わってきたように感じました。「介護」というと、どこか暗いイメージを持ちやすいかも知れませんが、こんなに明るく温かな介護もあるのだ、ということに胸を打たれます。過度にならず、必要な部分に手を差し伸べていくことが、利用者さんのいつもの生活を守っている。一人でも、ずっと自宅で暮らすことを選択する人が、もっと増えてくるかもしれません。決して自分をよく見せようとしない近藤さんの、そこが大きな魅力だと思いました。

【久田恵の眼】
 小規模多機能というと、「とんでもなく大変で無理!」という言葉が返ってきます。運営する側には、大変で採算の合わない世界なのかもしれません。が、「経済的にゆとりはないが、最後まで自分の家で一人暮らしを全うしたい」と考えている利用者さんには、近藤さんのような方がいるということは、まさに希望の光ですね。
 「25人の家族ができたと思って」と利用者の方に告げるというのは、名セリフですね。
 「今、すごく大変な人がいるから、ちょっと譲ってあげて」と言える関係もすごいですね。家族だったら、その時、その時の優先順位をわかってもらえたり、愛情を持って喧嘩もできますし、修復も可能です。介護がどんどん大変になる時代です。そこをどう乗り越えて行くか、運営する方と利用する方とが共に協力し合える関係が作れるかどうか、そこが勝負かと思います。