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マンガでわかる 介護のキーワード

梅澤 誠 (うめざわ まこと)

介護の常識は世間の非常識といわれることがありますが、介護現場で語られる言葉に違和感を覚える人もいるようです。
この連載では、こうした「介護の常識」をマンガで考えていきます。

プロフィール梅熊 大介 (うめくま だいすけ)

1980年生まれ、群馬県出身。
東京で漫画家アシスタントをしながら雑誌、ウェブにて作品を発表。2009年第6回マンサン漫画大賞(実業之日本社主催)佳作受賞。デジタルマンガ・コンテスト2012(デジタルマンガ協会主催)優秀賞受賞。9年間のアシスタント修業の後、32歳で介護職員となり、以後介護を中心とした企業広報マンガを執筆。2015年現在、所属する大起エンゼルヘルプのホームページに新規採用者向け介護マンガを連載。著書に『マンガ ボクは介護職員一年生』(宝島社、2015年)がある。

第10回 それ、「経済的虐待」ですよ。

 5月11日に報道があってから、現職東京都知事の「公私混同疑惑」が止まりませんね。

 『政治資金の使い方が不明瞭、私的流用の疑いがある』にはじまり、『視察と称して公費公用車で美術館巡り』や『高価な絵画、美術品購入も公費流用か』・・・はてはただの個人攻撃なのか、下世話な人間関係まで暴露されるに至っては、聞いているこちらが耳を覆いたくなります。が、後半はともかく政治資金については私の払った大事な税金、「他人から預かったお金を何にどう使ったか」しっかり説明責任を果たしてもらわないと困ります。

 しかし、こういったいわゆる「政治とカネ」問題は正直言って耳にタコで、あまり驚かない人が多いのではないかと思います。パっと思い出すだけで、そんな政治家さんは両手の指では足りないくらいです。私も以前は「またか・・・」「よくやるなあ」と思っていたのですが、介護職員になってからは少し考えが変わりました。

 どう変わったかと言うと、「政治家さんは怒られるだけで済むのか・・・ラクなもんだなあ」と思うようになりました(苦笑)。
 もちろんメディアの批判にさらされ、「政治家としての資質が問われる」「進退にかかわる、辞職すべきだ」などの厳しい意見もあります。が、強制的に辞職させられるわけではありません。知事は釈明の場を与えられ、第三者に調査を依頼するなどの事後措置を自身で講じることができます。

 しかし、もしこれが介護職員だったら? 介護職員が他人から預かったお金を不正に流用したとしたら・・・「経済的虐待」、紛れもない犯罪です。やった本人はもちろん即時に手が後ろに回り、その職場(施設)、事業所まで累が及ぶでしょう。同じ施設で働く仲間の仕事も奪い、会社に大ダメージを与え、何より入居者さんに大迷惑をかけてしまうことになります。それに比べたら、政治家さんに対する追求の緩さといったらありません。「ラクなもんだ」と皮肉の一つも出るというものです。政治の世界では経済的虐待とはいいませんが、やっていることは同じなのですから。

 今年3月、厚生労働省は都道府県が介護施設に定期的に行っている「実地指導」を、抜き打ちでも可能にする方針を明らかにしました。これは地味ながら重要なニュースで、増加する虐待事件の予防が目的です。
 今まで以上に「虐待防止」の意識を日常的に高める必要があり、また、書類や明細等いつでも出せるよう整理しておかなければなりません。いろいろと業務に影響がでている施設も多いと思われます。
 行政が行う「実地指導」のほかに、事業所が自主的に「法律にそって業務が行われているかチェックする」内部監査というものもあり、こちらもより正確に行う必要が出てくるでしょう。

 私は勤務先(大起エンゼルヘルプ)の内部監査員でもありまして、社内のある施設の監査に協力したことがありますが・・・。まあ、そのチェック項目の膨大なことといったら! その施設には50名ほどの入居者さんがおられたのですが、そのそれぞれの契約書、保険証、ケアプラン、ケアの記録・・・とうてい書ききれないほどの項目をチェックしました。なかでも最も煩雑で時間のかかったチェックは「金銭出納帳」で、半年に及ぶ金銭の出入りに目を通し、1円でも合わなければそれこそ百枚はあろうかというレシートと首っ引きで格闘する羽目になります。シャツ一枚、ハブラシ一本、書き忘れはないか、計算間違いはないか・・・。私はまるで自分がマルサか地検特捜部にでもなったかのような錯覚に陥り、内心「おそろしい業務を引き受けてしまった」と後悔しました(苦笑)。これがフルタイムで2日、3日と続くのですから、断言しますが介護施設でお金をごまかしても絶対に露見します。

 はじめての監査の日、あまりにくたびれた私は監査員の先輩に「こ、ここまでやらなければならないのですか」と聞いてしまったほどです。先輩は厳かに「ならないのです。これは虐待防止だからね」と言いました。

 虐待というと、暴力や身体拘束などの「身体的虐待」をつい思い起こしてしまいますが・・・「経済的虐待」の防止にもこれだけの膨大な労力が払われていることは、介護職員以外の方にはなかなか知られていないことかもしれません。現場でも毎日2回お金のチェックをしますし、レシート一枚無くしても買い物したお店に電話するくらい気を遣っています。

 虐待問題で難しいのは、悪意があって「お金を盗んだ、ごまかした」だけが虐待ではない、ということです。悪意がなくとも、単純なミスであっても、お金の収支があわなければ利用者にとっての不利益にあたることにはなんら変わりありません。それも立派な「虐待」になってしまうというところです。これは身体的虐待でも心理的虐待でも、全て同じことですが・・・。
 「うっかりしてました」「気がつきませんでした」「知りませんでした」が通用しないのがプロの世界で、法律でも「不知はこれを罰す」と決まっています。だからこそ皆でチェックし、1円の間違いもないよう気を張り詰めているのです。

 他人から預かったお金はしっかり記録しておく、領収書は耳をそろえてとっておく。あまりにも当たり前ですが、虐待防止とはそういうことではないでしょうか。そして当たり前のことを当たり前にやるのはなかなかどうして大変なことです。おととしの夏、「なぜ自動販売機はレシートを出さないのだ」と腹立たしく思ったことが今もって忘れられません(笑)。
 今日もレシートと電卓で、全国各地で虐待防止、権利擁護が行われていることでしょう。

 政治の世界より厳しい介護の金銭管理。これはちょっと誇ってもいいのではないかと思っております。

追記

 それにしても冒頭のニュース。事実関係がハッキリするまで軽率なことは言えませんが、現都知事(5/26現在)、介護に縁浅からぬ、というか、そのトップの、厚生労働大臣だった人ですよね。経済的虐待、忘れちゃったんでしょうか。都の金銭出納帳、見てみたい気もしますが、2日3日じゃ終わりそうにありませんね・・・。