メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

マンガでわかる 介護のキーワード

梅澤 誠 (うめざわ まこと)

介護の常識は世間の非常識といわれることがありますが、介護現場で語られる言葉に違和感を覚える人もいるようです。
この連載では、こうした「介護の常識」をマンガで考えていきます。

プロフィール梅熊 大介 (うめくま だいすけ)

1980年生まれ、群馬県出身。
東京で漫画家アシスタントをしながら雑誌、ウェブにて作品を発表。2009年第6回マンサン漫画大賞(実業之日本社主催)佳作受賞。デジタルマンガ・コンテスト2012(デジタルマンガ協会主催)優秀賞受賞。9年間のアシスタント修業の後、32歳で介護職員となり、以後介護を中心とした企業広報マンガを執筆。2015年現在、所属する大起エンゼルヘルプのホームページに新規採用者向け介護マンガを連載。著書に『マンガ ボクは介護職員一年生』(宝島社、2015年)がある。

第9回 いいニュースだと思うのですが

 5月も後半です。仕事や学校にも慣れ、ゴールデンウイークも終わり、ちょっと疲れが出てくる…いわゆる「五月病」の季節でもありますね。

 当コラムでも地震や裁判などの重たいニュースばかりでなく、何かいい話題はないものかと物色しておりましたところ…以下のようなニュースがじわじわ広がっていることに気がつきました。

『介護職のうつ病、増加。最近5年間で労災申請2倍、認定3倍に。問われる労働環境』

 5月8日に地方紙で報じられてから、全国紙や経済紙にも取り上げられています。年度替わりで国や自治体がさまざまなデータをまとめて発表する時期。折しも政府は2015年に「介護職の給料1万円アップ」を目指した処遇改善加算を発表しました。現政権は介護を理由に仕事ができなくなる、いわゆる「介護離職」をゼロにという方針を打ち出しています。家族に介護が必要になっても仕事を続けるには、介護サービスのさらなる充実プラス職員の人手不足の解消が必要とのことで、上記の処遇改善加算につながっているわけですが…。「介護職員のうつ病増加」は、そういった事情に絡めて「労働環境はまだまだよくなっていない」ということを示すデータとしてとらえられているようです。
 しかし介護の労災といえば何と言っても「腰痛」のイメージでしたが、心の問題も注目され始めたのですね(ちなみにうつ病が増加している職種として発表されていたのは、1位が運送業、2位が介護職、3位が医療職でした)。

 うつ病といえば、去年(2015年)12月より、企業による「ストレスチェック」が義務化されたことをご存知でしょうか? 50名以上の従業員を抱える事業所は年に一度、厚生労働省作成のチェックシートや精神科医による、職員のストレスチェックを行うことが義務化されました(従業員50名以下の事業所については「努力義務」に留まっています)。体と同じく、心にも「健康診断」が必要との判断でしょうか。ストレス社会も来るところまで来た感があります。

 さて介護職員のうつ病増加について、記事では「慢性的な人手不足が原因」とか「政府は1万円の給与アップだけではなく、根本的な処遇改善を」といった論調が多く見られます。それもそうなのですが、やや紋切り型といいますか、お決まりの結論という感じも受けてしまいます。このデータをもって「やはり介護の職場環境は劣悪だ」と判じられるのも納得のいかないことです。

 そもそも、介護職員がうつ病になるのは、そんなにおかしいことなのでしょうか?

 認知症の人を自宅で介護している家族は、実に4人に1人が「介護うつ」とよばれる状態にあるそうです。職員も仕事とはいえ基本的には同じことをしているわけですから、うつ状態になっても少しもおかしくないと個人的には感じます。むしろ、「介護職のうつ増加」をおかしいというほうがおかしい…とすら思います。

 よく「うつ病はマジメで、責任感の強い人がなりやすい」と言われます。「だからあまりマジメになりすぎず、気の持ちようを変えること」という声も聞きます。が、私はそういう意見にも大いに疑問があります。少なくとも介護職員にとっては、まったく説得力のない意見です。

 だって「不真面目で責任感のない人」に、命にかかわる仕事はできないでしょう(苦笑)。介護に限らず、1位と3位にあがっていた運送業も医療職も気楽にやってもらっては死者がでます。というより、不真面目で責任感のない人ができる仕事って何かあるのでしょうか。あるなら速やかに転職したいのですが…。

 介護職は「少し目を離したらどんな事故が起こるかわからない」仕事です。常に危険と隣りあわせで、どんなに対策をしても、死亡事故の可能性をゼロにすることが原理的にできない仕事です。もちろん人手不足や低賃金は是正してほしいですが、基本的には同じことです。日々生活を共にしている入居者さんが目の前でケガをする、時には亡くなる。いくら給料が上がっても、そんなとき「月に100万もらってるからいいや」とは誰も思いません。誰だってショックです、うつになるのも普通です(しかもその3分後に「さて晩御飯どうしよう?」と笑顔で言わなければならないのですから…)。

 そう考えると、冒頭の『介護職のうつ病、増加。最近5年間で労災申請2倍、認定3倍に』はむしろ「いいニュース」なのではないか? と思うのです。

 原理的に事故がなくせない以上、介護職は誰でも「うつ病」になる可能性がある、それを「介護という仕事の性質上、やむをえない。労働災害に認定しよう」という認識が広がってきた、という証拠です。労働環境という意味では改善傾向といっていいのではないでしょうか。『申請が2倍、認定が3倍』という数字からもそれが伺えます。高齢者、要介護者の増加に伴う介護事業者、介護従事者の増加から、労働災害の申請件数が増えるのは自然なことです。が、申請数より認定数の増加が上回っているのは、やはり介護従事者の心にまで踏み込んだ認識が広がっている証左に思えます。

 もちろん「介護職のうつ病」が増えたこと自体にも対策が必要で、去年からはじまったストレスチェックの効果にも注目したいところですが、そもそも「介護って大変だから、ときにはうつになることもあるよね」と正確に認識し、心の調子が悪いとき、恥ずかしがらずに言える環境がいちばんだと思います。このコラムの第2回「できませんも仕事のうち」でも書きましたが、体のムリとまったく同じで、心の不調も早めに伝えるに越したことはありませんよね。

 顔で笑って心で泣いて、を地で行く全国の介護職員さん。心のほうもどうぞお大事に。

追記

 「マジメで責任感が強い」って、どんな仕事でも大事だし立派なことだと思うんですが、うつ病になったとたん「マジメすぎる」なんてまるで性格上の問題のように非難されますね…私、そういうのキライです(苦笑)。なんというか、ズルい。
 疲れたら休めばいいんだから、マジメと責任感という美徳にまで文句いうことはない…と思うのですが、いかがでしょう?