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マンガでわかる 介護のキーワード

梅澤 誠 (うめざわ まこと)

介護の常識は世間の非常識といわれることがありますが、介護現場で語られる言葉に違和感を覚える人もいるようです。
この連載では、こうした「介護の常識」をマンガで考えていきます。

プロフィール梅熊 大介 (うめくま だいすけ)

1980年生まれ、群馬県出身。
東京で漫画家アシスタントをしながら雑誌、ウェブにて作品を発表。2009年第6回マンサン漫画大賞(実業之日本社主催)佳作受賞。デジタルマンガ・コンテスト2012(デジタルマンガ協会主催)優秀賞受賞。9年間のアシスタント修業の後、32歳で介護職員となり、以後介護を中心とした企業広報マンガを執筆。2015年現在、所属する大起エンゼルヘルプのホームページに新規採用者向け介護マンガを連載。著書に『マンガ ボクは介護職員一年生』(宝島社、2015年)がある。

第1回 呼び名・虐待のとば口

 昨年9月の終わりに、神奈川県川崎市の介護施設における虐待のニュースが報じられました。調査が進むにつれ、今も新しい「余罪」が明らかになり、多くのまじめな職員は心を痛めていることと思います。

 しかし「なぜこんなになるまで気が付かなかったのか」という思いは消えません。怪しんだ家族が隠しカメラを設置し、それが証拠になったと報じられています。隠しカメラとは「施設、職員ともに全く信用できない」という気持ちの表れです。職員が虐待防止を意識し、施設に自浄作用があると思えば、隠しカメラまではしなかったのではないでしょうか。

 虐待のニュースが出るたびに、思い出すのは次のエピソードです。

 事務所で仕事をしているとスタッフが戻ってきた。スタッフ同士で利用者の話をしているが、利用者A氏はAさんと呼び、B氏はBと呼び捨てにし、C氏のことは名前にチャンづけで呼んでいた。

 僕がスタッフに聞いた。「何でA氏はAさんで、B氏は呼び捨てで、C氏は名前にチャンづけなんや?」と。

 これは和田行男さんの著者「認知症になる僕たちへ」にある一節です。

 私は介護職員になりたてのころ、研修で「入社したら虐待をしてやろう!と思っている人はいますか?」と聞かれました。もちろん一人もいません。しかし日々虐待は起こり、報道されます。なぜか?その小さな芽は「呼び名」にすでに現れていると和田さんは書いています。

 正直私は、はじめ「長い間一緒にすごしていたら、呼び方も自然変わってくることもあるだろう、細かいことじゃないか」と思いました。しかし半年、一年と勤めるうち「どうやらあの話は本当らしいぞ」と感じるようになりました。入居者が機嫌のいいとき、私を「梅ちゃん」と呼び、そうでないときは「梅熊さん」と他人行儀な呼び方をすることからも、実感としてわかってきました。和田さんはこう続けます。

・・・無防備に自分自身の感情がそのまま利用者の呼び方に出てしまっている・・・

・・・それこそが選別であり、虐待のはじまりなのである。

 「梅ちゃん」と呼ばれて「なに?●●ちゃん」と返すのは友人、仲間の関係です。入居者と職員の間では、基本的には不適当です。親しくなっても、関係ができても、決まった「呼ばれ名」を守ることが職員の自覚なんだ、安全弁なんだと考えるようになりました。

 「名前で呼ぶ」という当たり前の行為は、実は「その人の個人、人格を尊重する」ことに太く繋がっているのではないか、と思います。
 映画「フルメタル・ジャケット」では、海兵隊に入隊すると、まずはじめに名前を捨てさせられるシーンがあります。代わりにイヤなあだ名をつけられますが、これは「お前の人格なんかどうでもいい、これからはただ殺人兵器になれ」という上官の意思の表れとして描かれています。
 介護職員を1年ほど勤めたある日、久々にこのシーンを見て、「あ、やっぱり名前でちゃんと呼ばなきゃダメだ」と強く思いました。レナードにつけられた「微笑みデブ」というあだ名はそれだけで虐待です(笑)。介護施設以外でも会社のパワハラ、学校のイジメなどで「イヤなあだ名で呼ばれた」というのは非常に多いですね。

 それは極端な例だろうと思うかもしれませんが、ハインリヒの法則が示すとおり「極端な事故」が起こる前に330の「ささいなこと」が起きている訳で、ささいなうちに消し止められればそれに越したことはないのでしょう。たとえば「さん」が「ちゃん」に変わった、というくらいのうちに。

 職員は決まった「呼ばれ名」を守る。呼び方が変るのはご本人、ご家族と話し合いの上でだけ。そんな小さなことが虐待防止になるんだと強く感じました。

 それにしても故・藤子F不二雄先生のネーミングセンスには舌を巻くものがあります。「ジャイアン」はともかく「ブタゴリラ」ってことはないんじゃないでしょうか。私は私をブタゴリラと呼ぶ人と友情を取り結ぶ自信がありません。「キテレツ」もかなり強烈です。

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