メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

山口晃弘の超幸齢社会の最幸介護術

山口 晃弘(やまぐち あきひろ)

超高齢社会を実り多き「幸齢社会」にするために、
介護職がすべきこととは?
元気がとりえの介護職・山口晃弘が紡ぐ最幸介護術。

プロフィール山口 晃弘 (やまぐち あきひろ)

介護福祉士、介護支援専門員。1971年、東京都生まれ。高校卒業後、設計士、身体障害者施設職員を経て、特別養護老人ホームに入職し、介護職・生活相談員を務め、その後グループホームの管理者となる。
現在、社会福祉法人敬心福祉会 千歳敬心苑にて人材育成担当。著書に『最強の介護職、最幸の介護術』(ワニブックス、2014年)がある。

著書

『最強の介護職、最幸の介護術』
『最強の介護職、最幸の介護術』

柿が赤くなれば、医者が青くなる

 特養で働いていた頃、この時期になるとベテランの看護主任からよく聴いた言葉です。

 柿に限りませんが、よく色づいたこの時期の果物は、ビタミンCなどが豊富なため、食べていれば病気になりにくい、という意味。お医者様も、手持ち無沙汰になる、という意味です。

 約40年もの間、医療と介護の現場で人の命と向き合ってきた看護主任。私は、彼女から、「仕事とは何か」「人の命を預かるとはどういうことか」を学びました。人に厳しく、自分にはもっと厳しい人でした。しかし、この方ほど、私の介護人生で最強の味方、最強のライバルだった人はいません。

 私が介護職だった頃、自他ともに認める犬猿の仲でした。利用者さんのことをめぐって、生活者の視点からと、医療の視点からのぶつかり合い。お互いに、利用者さんに対して、行き過ぎなくらいの想いを持っていたので、感情的になってやり合っていました。それはもう、話し合いなんかじゃない。喧嘩です。

 ただ、いま思い返すと、後にも先にも、ここまで感情的になって、利用者さんのことを想い、ぶつかり合った人はいません。彼女の主張は正論でした。それに対して、まだまだひよっこだった私の主張は理想論でした。ただ、若く人間的にも未熟だった(今でも大差ないけど)私は、がむしゃらに突っ走るだけ。エビデンスも何もない。ただただ理想を追い求めるばかりでした。

 私が生活相談員になることが決まった時、このまま私たちがぶつかり合っていては、間に挟まれる介護職や栄養士が仕事がしにくくなる…そう思った私は、彼女と歩み寄ることにしました。

 そもそも、40年近くも看護師として働き、常に前線に立って活躍されてきたベテランに食ってかかる自体、私はどれだけ生意気だったのか、と反省します。

 元々いがみ合っていた2人が歩み寄ると、私たちは凄まじいパワーを発揮しました。そこから、命の現場で起きる奇跡のようなエピソードが数々生まれました。

 以前、「技術で人を救う医療と、心で人を救う介護」とここで書きましたが、「心」も十二分に兼ね備えた彼女は、正に無敵の看護師でした。

 私は、彼女から、医療の偉大さを学びました。

 そして今、グループホームで若い看護師さんに出逢い、正に「技術」と「心」を兼ね備えた看護を見せていただいています。

 介護と看護…。介護現場では、お互いの意見がぶつかり合うこともあります。しかし、介護と看護という職種は、お年寄りが幸せに暮らすために必要な車の両輪。タッグを組めば、凄い力を発揮するはずです。


【前の記事】

笑ってこらえて?