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山口晃弘の超幸齢社会の最幸介護術

山口 晃弘(やまぐち あきひろ)

超高齢社会を実り多き「幸齢社会」にするために、
介護職がすべきこととは?
元気がとりえの介護職・山口晃弘が紡ぐ最幸介護術。

プロフィール山口 晃弘 (やまぐち あきひろ)

介護福祉士、介護支援専門員。1971年、東京都生まれ。高校卒業後、設計士、身体障害者施設職員を経て、特別養護老人ホームに入職し、介護職・生活相談員を務め、その後グループホームの管理者となる。
現在、社会福祉法人敬心福祉会 千歳敬心苑にて人材育成担当。著書に『最強の介護職、最幸の介護術』(ワニブックス、2014年)がある。

著書

『最強の介護職、最幸の介護術』
『最強の介護職、最幸の介護術』

人生の終わり方 ~前編~

 NHKで介護や認知症の番組が放送されると、ご家族やボランティアからそのことに対して意見を求められることがあります。改めてNHKの影響力の大きさを感じます。
 先日放送された『老衰死』について。90代の母親のいる息子様から、「あの番組を見て、勇気をもらったというか、ああ、無理しなくていいんだな。人が亡くなるということは、自然なことなんだな、と思えました」という感想を聴きました。

 私もそう思います。人間の死は自然なこと。いつか必ず受け入れなければならないこと。私も積極的な延命には、反対はしないまでも肯定派ではありません。

 高齢者介護という仕事をしていると、利用者は、初めて会った時から高齢者です。当たり前ですね。特養で働いている時は、入居された時から、余命何か月…もしかしたら、数日か、と思う方もいました。

 「急変」。医療や介護の現場でよく使われる言葉です。初めて会った時から高齢者。余命何か月かと思われる高齢者。ですから、初めて会った頃から、万一の時の対応を本人や家族と話し合っておく、不思議な仕事でもあります。

 療養型病床に入院していた女性Aさんは、胃ろうを造設していました。娘様とお話しした時、「母は元気な頃から、『私が寝たきりにでもなったら、何もしなくていいから。自然なままで死なせてくれ』言っていました。私も、母の言葉を聴いて、そうするつもりでした。
 でも、いざ脳梗塞を起こして病院に運ばれた時、私は決断できなかった。その後、胃ろうをするかしないか、決断を迫られた時も、あれだけ約束していたのに、胃ろうを造ってもらう選択をしてしまいました。
 今の母を見てください。意識もない中、こうして毎日天井を見て生きています。私は母との約束を破り、母につらい思いをさせてしまったと後悔しています。私にできる罪滅ぼしは、せめてこうやって毎日面会に来て横に座っていることだけです」と、無表情で淡々と話していました。

 人は、一人では生きていけない。
 使い古された言葉ですが、実際にそうだと思います。人の人生は、自分だけのものではない。娘様は、確かにお母様との約束を果たせなかった。でも、それでもお母様に生きていてほしい、と願ったのです。
 お母様は、確かに自分の人生は生き終えたのかもしれません。これからの生きる時間は、決まっていた人生とは違う時間。娘の願いを叶え、娘のために生きる時間となったのかもしれません。それでも人は生きていきます。「老衰死」ではなくなっても、それでも介護は続いていきます。

 これからのAさんの時間は、いたずらに余生を過ごす時間になるのか。娘様は、罪の意識と後悔の中で、これからの時間を過ごしていくのか。その鍵を握るのが、「介護職」です。

 次回へ続く。