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山口晃弘の超幸齢社会の最幸介護術

山口 晃弘(やまぐち あきひろ)

超高齢社会を実り多き「幸齢社会」にするために、
介護職がすべきこととは?
元気がとりえの介護職・山口晃弘が紡ぐ最幸介護術。

プロフィール山口 晃弘 (やまぐち あきひろ)

介護福祉士、介護支援専門員。1971年、東京都生まれ。高校卒業後、設計士、身体障害者施設職員を経て、特別養護老人ホームに入職し、介護職・生活相談員を務め、その後グループホームの管理者となる。
現在、社会福祉法人敬心福祉会 千歳敬心苑にて人材育成担当。著書に『最強の介護職、最幸の介護術』(ワニブックス、2014年)がある。

著書

『最強の介護職、最幸の介護術』
『最強の介護職、最幸の介護術』

親と子と介護職

 人間というのは、生活の場面で、もしくは人生の中において、さまざまな立場を経験します。親にとっては子ども、兄弟にとってのお兄ちゃんやお姉ちゃん、または弟や妹、先生にとっての生徒、友達、恋人、夫、妻、父、母…会社では部下や上司、社会に出ればお客さま、またはその逆。

 介護の仕事をしていると、サービスを利用している高齢者を「利用者さま」などという総称で言うことがあります。介護を要する高齢者ですから、食事、排泄、入浴のお世話を必要とする方が多い。それも複数の方に対して介護をしていますから、正直、あまり考える余裕もなく、まるで業務の一環のように介護をしていることもあります。

 しかし、当たり前ですが、この方たちは、生まれた時から高齢者ではありません。前述したようなさまざまなな人生のステージを生きてこられた方たちなのです。

 ある利用者Aさんのケアプランを作っていた時、娘さまに向けたプランになっていることに気づきました。娘さまに対して、「お母さまに、こんな介護をします」という視点で書いているのです。

 ケアプランは、ご本人のためのもの。思いなおして、ご本人に向けたプランに作り直していましたが、ふと思ったのです。Aさんの望みは、自分の介護や毎日の生活を充実させること。本当にそうなのだろうか。Aさんはよく、「Kちゃん(娘さま)は本当にいい子なのよ」と嬉しそうに話されます。

 親は子どもの幸せをいつも願っています。子どもが健康に育ち、幸せになれるように、親になった瞬間から、自分のことよりも子どものことを優先してきました。

 時が経ち、親は年を重ね、老いがやってきて、介護が必要になった。認知症が発症し、最愛の子どもの手を煩わせる(あくまでも親の目線で)ことになった。これは親にとって、大変不本意なことだったはず。親は要介護状態にあっても、認知症になっても、子を想う気持ちに変わりはないはずです。

 プランを作っていて、以前に娘さまから、「学生時代、母の作ってくれる冷やし中華が大好きでした」という話を聞いたことを思い出しました。

 そこで、Aさんに「Aさん、久しぶりに娘さまに冷やし中華を作って、びっくりさせませんか?」と提案したところ、「よっしゃ!やるか!」とノリノリで答えてくれました。

 しかし、何十年ぶりのこと。Aさんは、担当職員と一緒に冷やし中華を作る練習を重ねました。担当職員が、「Aさん、きっと娘さん喜びますね」と言うたびに、Aさんは嬉しそうな表情を浮かべました。

 昔の味が再現できたかは分かりませんが、理由を言わずに娘さまをご招待し、種明かしをした時、娘さまは大変感激されていました。しばらく感慨深そうにされた後、冷やし中華を召し上がってくださった娘さまは、「おいしいね、おいしいね」と、お母さまに何度も声をかけていました。

 介護を要することになると、親子の関係は逆転したかのように、子が親に何かをすることが多くなります。しかし、親が子を想い、子どものために何かをしてあげたい、そう想う気持ちに変わりはないのだ、と知りました。

 ただ、その気持ちを表現、体現することが難しくなります。その気持ちを理解し、このような機会をコーディネートすることも、介護職の専門性ではないでしょうか。