メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

山口晃弘の超幸齢社会の最幸介護術

山口 晃弘(やまぐち あきひろ)

超高齢社会を実り多き「幸齢社会」にするために、
介護職がすべきこととは?
元気がとりえの介護職・山口晃弘が紡ぐ最幸介護術。

プロフィール山口 晃弘 (やまぐち あきひろ)

介護福祉士、介護支援専門員。1971年、東京都生まれ。高校卒業後、設計士、身体障害者施設職員を経て、特別養護老人ホームに入職し、介護職・生活相談員を務め、その後グループホームの管理者となる。
現在、社会福祉法人敬心福祉会 千歳敬心苑にて人材育成担当。著書に『最強の介護職、最幸の介護術』(ワニブックス、2014年)がある。

著書

『最強の介護職、最幸の介護術』
『最強の介護職、最幸の介護術』

そもそも論 ~介護とは?生活とは?~

 制度改正前ということもあり、新聞やテレビ、ネット上に「介護」という言葉が飛び交っています。そもそも、この「介護」とは、どういう意味なのでしょう。「障害のある方や高齢者を介抱し、世話をすること」このようなニュアンスの解釈が多いようです。

 私は以前から、「自分の解釈として」と前置きした上で、「介護とは、介入して護ること」と言ってきました。身体が思いどおりに動かない人や認知症の人などには、介入が必要な場合があります。必要な介入をすることによって、その人の身体、生活、尊厳を護る。私はこのように解釈しています。

 そして、それを仕事とする「介護職」とは、どのような職業なのでしょう。私は、「介護職とは、生活支援のプロフェッショナル」だと思っています。では、さらに掘り下げて、その「生活」とはどのような意味でしょうか。本来、「生存して活動すること」などと言いますが、私は「生活とは、(生きる)と(活きる)という字からできており、活き活きと生きること」と解釈しています。つまり、生活支援のプロフェッショナルである介護職のやるべきことは、「活き活きと生きることを支援すること」と思っているのです。

 私が長く所属していた「特養」というのは、身体的に重度の方が多い場所です。口から食事を摂れなくなった経管栄養の方も多いです。言葉を発することのできなくなった方も多く、本人の意思が確認できないのです。下手をすれば、天井を眺めているだけの一日。これが「生活」と言えるでしょうか。

 胃ろうで、言葉を喋ることもなく、無表情の99歳のAさんがいました。ある時、ご家族から「お婆ちゃん、昔はすごいヘビースモーカーだったのよ。ご飯を食べないことはあっても、タバコを吸わないことはなかったぐらい」という話を聞きました。それを聞いた介護職は、「え~ そんなにタバコが好きだったなら、吸わせてあげちゃダメですか?」と言ってきました。ご家族は「もう吸えないわよ。タバコだって分からないだろうし」と言いました。

 それでも介護職は、「じゃあ、くわえてもらうだけでも! あたしも、ご飯食べられなくても、タバコ吸えないほうがキツイし」と粘りました。ご家族は「あはは! ありがとう! お婆ちゃん、幸せだねぇ。若い子に、こんなふうに思ってもらえて」と了承してくれました。

 若い介護職は、医師と看護師に許可を得て、自分の休憩時間に、Aさんを喫煙所にお連れしました。すると、喫煙所から職員の「きゃー!」という声が聞こえてきました。駆けつけてみると、なんと! Aさんは、タバコをくわえながら、しっかり「吸う、吐く」を繰り返しているのです。そして、目じりが下がり、口角を上げ、ニタ~っと笑っていました。職員は嬉しすぎて悲鳴を上げていたのです。

 単なる偶然? 思いつき? そうとらえる方もいるかもしれません。しかし、これこそが「生活支援のプロフェッショナル」。介護職の専門性です。普通の人は、胃ろうでもの言わぬ99歳の人に、タバコを吸ってもらおうとは考えません。介護職は、どのような状態の人であっても、「この人に活き活きと生きてもらう方法はないか?」常にそう考えているから、生まれたことなのです。