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和田行男の婆さんとともに

和田 行男 (和田 行男)

「大逆転の痴呆ケア」でお馴染みの和田行男(大起エンゼルヘルプ)がけあサポに登場!
全国の人々と接する中で感じたこと、和田さんならではの語り口でお伝えします。

プロフィール和田 行男 (わだ ゆきお)

高知県生まれ。1987年、国鉄の電車修理工から福祉の世界へ大転身。
特別養護老人ホームなどを経験したのち99年、東京都で初めてとなる「グループホームこもれび」の施設長に。現在は株式会社大起エンゼルヘルプ地域密着・地域包括事業部 入居・通所事業部部長。介護福祉士。2003年に書き下ろした『大逆転の痴呆ケア』(中央法規)が大ブレイクした。

バタンキュ


 先週末から体調を崩し、研修会の最中に発熱し、夜のコース(懇親会やライブ)をすっぽかして爆睡。関係者の方々にとんだご迷惑をおかけしてしまいました。
 その後旅先で受診。CRP(C反応性タンパク 炎症や組織細胞の破壊が起こると血清中に増加するたんぱく質)数値がかなり高く、医師から「死ぬよ」と冷やかされ、自宅名古屋には戻らず温泉保養所で安静療養(ある意味スローライフ)させてもらっていた。

 おかげさまで、ありがたいことに「かなり快復」してきており、昨日から、本年ラストスパートに入ることができた。
 ご迷惑をおかけしたうちの職員の皆さん、関係者の皆さん、本当にごめんなさい。ご心配いただいた皆さん、ありがとうございました。

 毎年ここ数年、年末になると疲れが出るのか「バタンキュ」を繰り返してきたが、今年はそれが10月に起こり、12月と続いている。やっぱり「年には勝てない」ってことかなぁ。

 確かに年齢を重ねたからといって、その分“歳に気づかって”生活ペースをスローにしているわけでもない。相も変わらず自らハードスケジュールを好んで設定し、時間を惜しむことなく「広く婆さんのこと」に使っている。

 しかも年をとるほどに人の輪は大きくなり、輪が大きくなる分、活動量も必要となる。

 僕の場合、どう考えても「自ら意識することなしにスローな生活になることはない」から、これを機会に「来年こそはスローライフを!」と思いながらニュースを見ていたら、アメリカとキューバが超接近し始めているではないか。
 これは僕にとっては一大事、「スロー」はぶっ飛び、御尻に火がつき居てもたってもいられなくなった。

 というのも、アメリカ文化を取り込んだのちにアメリカとの摩擦が起こり閉じてしまったキューバは、僕の好きな車の世界では「オールド・アメリカ」が残っている(僕の印象)。
 まさにガラパゴス諸島化してしまい、1940年代50年代の車がいまだに現役でバンバン街の中を走っているようなのだ。まさにディズニー映画「カーズ」そのものである。

 世界遺産にもなったアメリカ譲りのモダニズム溢れるオールド・ハバナ(旧市街)の街中を、しゃがれた音楽に乗ってオールド・カーが現役で走っているかと思うだけで心が燃えるのに、それが「なくなるかもしれない」となってはもはや手の付けようがなく「行きたい気持ち炎上」である。

 いつかは見て感じてみたいと胸の中に秘めていたのだが、アメリカと国交が結ばれると、「今のアメリカ」が堰を切ったかのようにドドっと入っていく可能性が高く、街並みはそのまま残ったとしても、車を頂点にモノはすっかり入れ替わってしまうだろう。

 きっと金儲けしか頭のない連中は、金に物を言わせて「クラシックカー」として買いあさってもおかしくはなく、そう思えば思うほど気が気じゃない。そうならない前に、その被害が小さいうちに何としてもキューバへ行かなくてはと、気持ちが逸る。

 今回の「バタンキュ」で改めてわかったことは、僕って人は「身体が弱っていても欲が落ちない:どこまでも欲の張った奴だ」ということで、どう頑張っても「スローライフ」なんてほど遠く、生涯そこには至れないかもしれないってこと。

 僕が認知症の原因疾患の中心にある「変性疾患」に罹患したら、きっとあちこちから“お気に入り”を持ち帰る事だろう。許してね。

追伸
 とてつもないことが起こり考え込んでいる僕に、「2010年10月25日のブログ記事」をプレゼントしてくれたうちの職員さん。僕がどんなことを書いたのか開いてみたら。

 駅のホームに立ち、ふと思った。
 もしも僕に祇園の一流芸者のような品があったら
 もっと僕の言っていることは広まったかもしれない
 もしも僕がアナウンサーのように言葉を選んで話せたら
 もっと僕の言っていることは広まったかもしれない
 もしも僕に著名な大学教授のような肩書きがあったら
 もっと僕の言っていることは広まったかもしれない
 もしも僕が友人のようにいつもスーツ姿で容姿を整える僕なら
 もっと僕の言っていることに耳を傾けてもらえたかもしれない
 もしも僕の親が認知症だったら
 もっと僕の言っていることにエビデンスを感じてもらえたかもしれない
 もしも僕が今の僕でなかったら
 僕が今思うことを思えただろうか

 僕が一流芸者のように品があっても
 僕がアナウンサーのように言葉を選んで話せても
 僕が大学教授のように学と肩書きがあっても
 僕がスーツ姿で容姿端麗でも
 僕の親が認知症で当事者であっても
 僕の思考・言葉・実行はあっただろうか
 きっと僕が僕であればこそ
 僕の思考があり僕の言葉があり僕の行動がある
 そのことに責任をもち
 そのことを振り返ることを忘れず
 そのことに誇りをもち
 僕が立ちすくむことがないように
 たとえ今日がうまくいかなかったとしても
 僕が僕を励まし続けていこうと

 ありがとう、うちの職員さんへ

写真

 これはスクーター
 「和田さん、そんなこと誰でもわかるわ」
 確かにそこまでは僕でもわかりましたが、実はこれハーレーダビッドソンもの。
 まぁハーレーと言えば、この感じだろうからね(写真のバイクはヴィンテージもので500万円くらいするそうです。かっちょいいね)。


 ハーレーがこんなかわいいモノを作っていたことに驚きましたが、名前は「トッパー(topper)」、125㏄の小型スクーターで、グラスファイバー製(水中観光ボートなんかに多いかな)だそうです。
 当時は全く人気がなく1960年~65年までしか作られなかったようなので、超レアモノだそうです(詳細はネットで検索を)。
 ちなみにこれは広島市で見たのですが、値札には1500000って書いてありました。
 それにしても「意外」って何でも愉しいですよね。

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