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和田行男の婆さんとともに

和田 行男 (和田 行男)

「大逆転の痴呆ケア」でお馴染みの和田行男(大起エンゼルヘルプ)がけあサポに登場!
全国の人々と接する中で感じたこと、和田さんならではの語り口でお伝えします。

プロフィール和田 行男 (わだ ゆきお)

高知県生まれ。1987年、国鉄の電車修理工から福祉の世界へ大転身。
特別養護老人ホームなどを経験したのち99年、東京都で初めてとなる「グループホームこもれび」の施設長に。現在は株式会社大起エンゼルヘルプ地域密着・地域包括事業部 入居・通所事業部部長。介護福祉士。2003年に書き下ろした『大逆転の痴呆ケア』(中央法規)が大ブレイクした。

次の一手


 認知症という状態にある人(以下「婆さん」)の支援で大切なことは、常に「先」を予測した手立てを瞬間的に思い描いて、今の一手を講じることです。

 「私、財布入れたかしら」
 「いつもの手提げバックの中に入っていませんか」
 「あら、入れた?」
 ごそごそ探すと確かに入っていたので安心されました。

 「ありましたね、では行きましょうか」
 「そうね」
 そう行って玄関に向かって一歩歩くと
 「私、財布入れたかしら」
 と言って、またお部屋の中に慌てて戻られる方がいたりします。

 事が事だけに間髪入れず素早い行動をとられるので、介護職が何か応じようにも、その時間をいただけません。
 そこで部屋で探そうとする婆さんの後方から、「いつもの手提げバックの中に入っていませんか」と声をかけます。

 すると、「あら、入れたかしら」と時が戻り、再びバックの中を探して「あった、良かったわ」とホッとされ、出かける行動に移るのですが、靴を履いている間に「私、財布入れたかしら」となったりします。

 このように何度も同じことで心配される方への支援として、「あるがままを受け止める」「寄り添うことが大事」とばかり、同じ訴えに対して何度も同じ応え方をする介護職がいますが、それで本当に良いのか、僕としては物足りなく感じます。

 というのも、財布が気になって仕方のない婆さんだということがわかっているのであれば、「財布を入れたかしら」という心配言葉を一度聞けば、二度と同じ心配を抱かさないように「次の一手」を打とうとすることが専門職の応じ方だと考えるからです。

 こんな話もあります。

 入院した婆さん。
 部屋を出たらそこに戻れなくなり、廊下をウロウロ、あっちこっちの部屋をキョロキョロ覗いて回るのですが、看護師さんが「この熊のぬいぐるみをお部屋の外においてわかるようにしましょう」と婆さんに持ちかけたようです。

 するとその婆さんは、熊のぬいぐるみを見て「あなた、それキツネでしょ」って言われたので、看護師さんも「あら、ごめんなさい。キツネでしたね」と受け止めて修正したようです。

 これですんなりいくと思いきや、やっぱり部屋に戻れません。
 看護師さんは「ほら、キツネの置いてあるお部屋でしたよね」と婆さんに声をかけましたが、婆さんの応えは「いくら探して回ったってキツネなんかいやしない、熊ならおいてあったけど」と。

 はてさて、皆さんならどんな「次の一手」を考えますか。

追伸

 久しぶりにこのブログで「コメント者」と「やりとり」ができました。やっぱり一方的にボールを壁にぶつけるだけより、相手がいてキャッチボールできることのほうが愉しいですね。ありがとうございました。

 ここんとこ身体より頭が忙しくてスッキリせず、ブログに向かえませんでした。
 皆さんは、もう慣れっこになり呆れかえって言葉もない状態でしょうが、僕は「負い」を感じています。すみません。

写真

 台風続きで天気がスッキリしない日が続きましたね。
 やっとのこと夕陽が見れましたが、どことなく「暗い」感じで、どんより。
 スカッとした夕焼け空が恋しくなってきました。

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