メニュー(閉じる)
閉じる

ここから本文です

宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

欲望の召使いとしての「思いやり」

 高倉健さんがお亡くなりになりました。「任侠もの」を除く高倉さん主演の映画を愛したファンの一人としても、心からご冥福をお祈りします。NHKのクローズアップ現代は「“人を想う”~映画俳優・高倉健」の中で、「お金やモノでは感動は得られない。人を想うこと以上に美しいものはない」と語る高倉さんのメッセージを伝えていました。この高倉さんのメッセージに多くの人たちが惹かれ、NHKが番組で取り上げる背後には、このメッセージとは正反対の現実が民衆の日常生活世界を覆っているからではないでしょうか。

「縁結び」は「金結び」

 高倉さんの訃報と時を同じくして、交際と結婚を繰り返しては相手の男性を青酸化合物によって殺害した事件の容疑者K(67歳)が逮捕されたという報道に接しました。現在分かっているだけで、夫または交際相手が死亡するたびにKは遺産相続を繰り返し、その総額は8億円を超える一方で、金融商品取引への投資にお金をつぎ込んで多額の損失を出していたといいます(11月21日朝日新聞朝刊)。

 容疑者Kが結婚相談所に出していた相手の条件は、「自宅や土地などの資産があること」「子どもがいないこと」「高齢」「一人暮らし」と並んで「病気があるのに越したことはない」まで加わるのですから、「相手にはいち早く死んでもらって、遺産は妻である私が相続します」と明言しているようなものです。

 容疑内容がもし事実だとすれば、Kは高齢男性との間に「思いやり」や「慈しみ」のある関係を短期的につくることによって相手を安心させ、殺害することを繰り返してきたということになります。子どものいない一人暮らしの淋しさからつい心を許してしまった等、殺害された男性の側にも脇の甘さがあったのかもしれません。それでも、Kがターゲットに接近する際には、相手に「思いやり」と「慈しみ」を尽くす細心の注意を払っていたに違いないと思うのです。

 確かに巷間では、オレオレ詐欺や一部の訪問販売など、身近な人や高齢者への「思いやり」をテコとする犯罪が溢れています。しかし、オレオレ詐欺は息子を装う電話をかけはしますが、素顔をさらして日常の親子関係を作るまでのことは絶対にしません。

 それとは対照的に、Kは直に対面して「思いやる」関係を形成していって夫婦の日常にたどりついたところで相手を殺害し、資産を搾り取るのです。つまり、相手の男性を世の中から消去するための手立てが「思いやり」ということになります。お人好しな性格で、自宅か金融資産のある人は、「思いやり」をもって接近してくる女性がいるとすると、まずは疑いの目を向けなければならない時代になったのでしょうか。

 昔の結婚詐欺は、加害者である男性が女性からお金を絞れるだけ絞ったところで、姿を消してしまうというパターンでした。〈加害者=男〉と〈被害者=女〉という図式と、最後に男が一方的に姿をくらます手法は変わることのない定型でした。一部の例外はあったかもしれませんが、相手の女性を殺害することまではしないというのが基本です。これが、かつての男性優位の時代にみられた、「思いやり」をテコにした事件の構図でした。

 しかし、数年前から、男性優位の関係性が終わりを迎えようとする時代を象徴するような殺人事件が起こるようになりました。

 一つは、福岡県を舞台に、同じ看護師学校の同窓である4人の中年女性看護師たちが、身近な人や夫に保険をかけ、殺人の疑いのかからないように医療技術を駆使しながら次々と殺害し、保険金をせしめていくという事件です。首謀者の吉田純子は死刑判決が確定しています(詳しくは、森功著『黒い看護婦-福岡4人組保険金連続殺人』、新潮文庫2007年をお読みください)。

 もう一つは、首都圏を舞台に練炭による一酸化炭素中毒によって婚約者である男性を次々と殺害していった首都圏連続不審死事件です。木嶋佳苗被告には一審の裁判員裁判で死刑判決が出ており、現在は控訴審が続いています。木嶋被告は、お金のある男性と婚約という関係を作ってはお金を貢がせたうえで、練炭を用いた自殺を装う手法で殺害を繰り返しました。自身は無職であるにも拘らず、高級マンションに住み、ベンツを乗り回していたといいます。

 木嶋被告の事件については、小説や評論など多彩な文筆活動を展開されている橋本治さんが『その未来はどうなの?』(93-116頁、第5章「男の未来と女の未来はどうなの?」集英社新書、2012年)の中で、次のような、刺激的な考察をしています。

 まず、逮捕される前段階の報道では名前を出せないため、報道各社は「小太りの女」と表現していたところに注目します。「美人」が男を次々と手玉にとって毒牙にかけていくというストーリーなら、「既知の」ありふれた事件に過ぎないのだが、この事件は、不美人ではないが決して美人とは言えない「普通の女」が次々と男を毒牙にかけていった点に「歴史を変える事件」性があると言います。

 次に、「歴史を変える」結節点は、『「美人」という権利』にあると主張します。男の側は、美人とそうでない女性の区別があるものと思い込んでいますが、現在の女性は「私が美人であっちゃいけないの?」という男性の側からは絶対に否定できない発想から、みんなが美人の側に移ってしまっているというのです。ここに、かつては美人しかできないと考えられてきた事件が、「普通の女」にできるようになった構造的変化をみるのです。男は、かつての男性優位の関係性の崩壊を前にして、たじろいで譲歩するばかりだと指摘します。

 この事件から、「新しい発見」が山のようにあると言います。「小金を貯め込んだまま女に縁のない男なんていくらでもいるから、これをちょっと突けばすぐにセレブ生活は可能になる」とか、「女に縁のない男を相手にすれば、男なんか取っ換え引っ換えだ」とか、「そのための援助交際や婚活サイトの活用法」とか、「いやになったら放棄しちゃえばいい」とか。

 橋本治さんは、木嶋被告に罪悪感や嫌悪感は生まれなかったとみています。「女性に恵まれない男に対して優しく接し幸福を与えた私はなんてすばらしい女なんだろう」という達成感をもって、「殺害する」という行為を除けば、女にもてない淋しい男を「救済する女」と自認していたのに対して、男は「感謝してお金を出した」のだと。ここに、今日的な「男女同等」の成立をみてとります。

 橋本さんの指摘には、恐ろしいことですが、思わず考え込んでしまう点がありますね。少なくとも、思いやりや慈しみは、自然発生的には期待し得ないものとなっただけでなく、何らかの欲望を満たすための手段と化すようにさえなっているという指摘です。お金や性的欲望を満たすためだけではなく、存在理由の希薄な自分の空虚さを埋めるための「思いやり」「よりそい」も蔓延しているでしょう。

 さて、冒頭に記した青酸化合物殺人事件のK容疑者は、殺害された相手の男性との関係においても、逮捕前に応じていた報道各社のインタヴューにおいても、嘘にまみれていたと感じます。そして、投資の失敗に由来する多額の借金があったというのですから、「嘘と借金まみれ」というギャンブル依存症の要件を満たしている気がしてなりません。かなり以前(ひょっとするとバブルの時から)に投資をして、ビギナーズラックのような儲けがあって、その時の特別の快感を忘れることができなくなって、投資を続けるうちに、ズルズルと「負けが込む」ように負債を雪だるま式に拡大していったのではないでしょうか。

 金融機関に勤める私の友人はいいます、「デイトレーダーとか個人投資家なんていうけれども、ほとんどは「馬券」が「株券」に変わっただけの素人さん。少なくとも8割の人は穴をあけておしまいだよ」と。これからの依存症には、新たに「投資依存症」なんていうのが登場するかも知れません。