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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

新しい政策の原理と目標

 今、さいたま市では次年度からの障害者総合支援計画づくりを進めています。今年の2月に障害者の権利条約が批准され、障害者虐待防止法施行から3年目を迎え、2016年度からは障害者差別解消法と改正障害者雇用促進法が施行される運びとなります。

 すると、全国の自治体で策定される計画は、これまでの政策の原理や目標とは内容を異にする「権利条約バージョン」となるのが当たり前です。地方公共団体の合理的配慮の提供が障害者差別解消法によって法的義務となる点を一つとっても、さまざまな公共サービス、施設設備、そして窓口対応のあり方等は、これまでのものとは一変するほかないからです。

 ところが、障害者の権利条約の批准とそれに向けて法整備されてきた障害者虐待防止法・障害者差別解消法・改正障害者雇用促進法・改正公職選挙法等から、新たに取り組まなければならない施策の課題を十分に自覚している自治体はどれほどあるのでしょうか。これまで通りの受けとめ方や惰性で施策を考えている自治体がもしあるとすれば、その時代錯誤のしっぺ返しはまことに大きいものがあると言っておきましょう。

 隣国の韓国は、障害者差別禁止法をいち早く制定し、障害者スポーツへの本格的な取り組みを進め、2008年に障害者の権利条約を批准(発効は2009年)しました。先日、国連の障害者の権利条約モニタリング委員会は、韓国のモニタリング結果報告を公表しました(http://tbinternet.ohchr.org/_layouts/treatybodyexternal/SessionDetails1.aspx?SessionID=935&Lang=enのConcluding observations)。

 これによると、韓国の成年後見制度は権利条約の第12条に抵触しており、成年後見のあり方を含め、すべての支援サービスを意思決定支援型のサービスに改めることを勧告しています。このままでは、わが国にはもっと厳しい内容の指摘をモニタリング委員会からうける可能性が現実味を帯びてきたと考えます。

 WHOはかつて、日本・韓国・中国について、儒教的文化を背景にしながら、子を思う親のあり方や親を敬う子のあり方を美化する家族文化が、家族内部の虐待の顕在化を阻んできたと指摘したことがあります。この指摘にある不適切な行為は、障害のある人の家族や成年後見において「わが子(この人)を不憫に思うから、代行意思決定する」という行為の権利侵害性の自覚を阻んできたということになりはしないのでしょうか。

 わが国における成年後見制度も、すべての物事に法定代理権を有する後見類型が7割を超えており、このままでは明らかに権利条約第12条に抵触しているとの勧告を受けることは必定でしょう。

 権利条約の第12条は、障害のある人が権利を行使する主体として対等・平等であることを明らかにしています。したがって、障害のある人自身が意思決定する主体ですから、その意思決定を支援する型のサービスが基本であり、ここには適切で効果的な保護の確保も含まれるとされます。

 しかし、この保護も、本人の権利・意思・選好が尊重されるものであり、できるだけ短期間に限るもので、かつ独立した当局または司法機関による定期的な審査を受けるものでなければならないとしています。また、財産や相続においての平等も定めており、親の遺産相続に際し、障害のある人の法定相続分を排除した上で、その他の関係者だけで山分けしてしまう(そこかしこで横行しています)ことも禁止しています。

 「最善の利益を考えた代行意思決定」の必要な場合はもちろんあって、適切で効果的な手続きを踏んでそれは実施されなければなりません。しかし、支援の基本形はあくまでも意思決定支援であって、代行意思決定はあくまでも例外的なものであることを権利条約は定めているのです。

 福祉サービスと深い関連を有する権利条約の第19条は、地域社会で生活する平等の権利を明らかにしています。地域社会への参加を促進し、完全なインクルージョンを実現するための効果的で適切な措置が必要とされます。

 この19条でとくに強調するのは。次の3点です。

 一つは、居住地や誰と生活するかを選択する機会の保障です。もう一つは、インクルージョンを実現し、孤立を防止するための在宅サービス・居住サービス・地域社会支援サービスの保障です。三つ目は、地域社会のサービスや施設設備が障害のある人すべてのニーズに対応していることです。

 12条とあわせて理解するならば、19条で強調されている支援のあり方すべてを意思決定支援型で社会的に提供する義務が、締約国にあるということになります。わが国の現状を正視するならば、権利条約の求める障害のある人の権利としての地域生活とはかなりのギャップあることを認めざるを得ないでしょう。

 このようにみてくると、成年後見制度の改正をはじめ、在宅サービスから居住サービス、地域生活支援サービスのすべてに係わる施策の原理原則と目標を国・自治体レベルで一新する必要が明白なのです。障害者の権利条約の批准された現在にふさわしい原則と目標に立脚して、新しい型の施策とサービスに向けてみんなが一歩踏み出すことが、国・自治体と市民の責務です。来年度から全国の自治体で実施される障害者施策に関する計画を集めて点検してみようと考えています。