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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

虐待防止の取り組み格差を乗り越えよう

 先週末は、噴火湾に面した北海道豊浦町で社会福祉法人豊浦豊和会主催の北海道キャリアパス研修事業の一環として、障害者虐待防止・人権擁護研修に講師として参加しました。障害者虐待防止法の施行から、この10月で3年目を迎えたことになります。

洞爺湖―左奥は羊蹄山

 障害者虐待防止法の施行以降の取り組みは、都道府県・市町村レベルで鳥瞰すると、大きな格差があると言わざるを得ません。研修派遣の予算をアリバイ的につける程度で、すべての地域における虐待防止の取り組みの発展を担保しようとする課題意識を持つ自治体は数える程度に過ぎないのではないでしょうか。

 虐待防止の取り組みを具体的に進めていない自治体や事業者の見分け方は、それほど難しいものではありません。自治体と事業者が、虐待事案につながりかねない不適切な家族・支援者の行為や、不適切な事業者の経営・管理運営の具体的な問題を明らかにして正視しているかどうかですぐに分かります。

 虐待防止に真面目に取り組んでこなかった自治体や事業者から、具体的な取り組みの課題を提起することはありません。取り組めば取り組むほど、虐待防止を実現するための実務的で具体的な課題はどんどん明らかにされるものです。

 したがって、自治体の担当者や法人事業者の幹部職員に虐待防止に資する取り組みの課題を訊ねてみて、法律の条文や国マニュアルの焼き直しだけであるとか、一般的で抽象的な答えしか返ってこないのであれば、何もしてこなかったと断じてよろしい。最悪なのは、「うちの施設や事業所は、虐待なんてものとはそもそも無縁ですから」なんて返してくるところです。ここまでくると、もはやつける薬はないのではないでしょうか。

豊浦での虐待防止研修会

 北海道は、障害者の差別禁止条例をいち早く制定した自治体の一つです。すべての地域で虐待防止の取り組みが進むように、道は地域・事業者ごとの研修のための予算をつけていますし、支援者や事業者の団体も予算を組んで研修を進めています。

 このような取り組みの中から、支援のあり方と管理運営に新たな視点と仕組み・方法を模索する動きが出てきたように思います。それは、虐待防止に資する新しい地域連携のネットワークと、このような連携に呼応する内部運営の質的変化です。わが国の現状に立脚して、障害者の権利条約の実質化を図ろうとする支援者や事業者の努力がはじまっています。そのことを今回の研修の中でも実感することができました。

 さまざまな外部の研修に積極的に参加させる(見解を異にする研修への参加が含まれていることが重要です)、地域連携の中で虐待防止の取り組みに資する知恵や工夫を交流し合う、虐待防止の相互点検と自己点検のサイクルを他の事業者や当事者と共有する、これらのことが新しい事業への展望を地域に拓いていく―このような営為への変化が、さまざまな地域で始まりつつあることを確かめてきました。

 多くの地域で問題と指摘されるのは、独立王国のように振る舞ってはばからない一部の法人事業者です。法人事業者が地域に開かれず孤島の独立王国のように振る舞うことができるのは、次のような事情があるからでしょう。

 一つは、障害のある人の必要から見れば社会資源が明らかに不足していることです。もう一つは、事業所の長と理事長が一体となって理事会さえ押さえていれば、一部の利害関係者を利する盤石の権力構造が完成し、地域の声と無関係に法人の経営・運営を進めていくことができるという構造的問題です。社会福祉法人の問題の本質は、これらの点を抜きに改善することはできません。

 まさにこのような構造的問題を土台に不適切な状態や虐待事案が発生するのです。ここで、虐待事案を虐待者個人の問題に還元することを自治体が容認しなければ、一部の個人または集団が執権を握る島状法人のチープな王国は滅亡せざるを得ないのです。

噴煙を上げる昭和新山

 さて、噴火湾に面する豊浦町から伊達市にかけての地域は、北海道の中でももっとも穏やかな住みやすい気候のため、退職後の住まいをこの地に求める人が後を絶たないそうです。しかし、ここから一つ内陸に入ると、地球の息吹や鼓動を生で感じることのできる洞爺湖有珠山ジオパークがあります。ここは、世界ジオパークの一つです。

2000年噴火の災害遺構

 洞爺湖は火山の噴火活動によってできた巨大なカルデラ湖で、湖の中ほどにある中島も、そばにある有珠山も火山活動によるものです。今でも噴煙を上げていますし、2000年の噴火遺構として、西山山麓火口散策路と金毘羅火口災害遺構散策路が整備されています。

2000年噴火の巨大な火口

 地球の鼓動を直に感じると、大自然と多様な生物の命に対する畏怖心が湧いてきます。平等や人権の根源は、このようなところにあるのかも知れません。ジオパークは、人間が大自然や多様な命と共に生きざるを得ない存在であることを突きつけているように思います。