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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。
さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

差別の申立てはなぜ少ないのか

 さいたま市の「誰もが共に暮らすための障害者の権利の擁護等に関する条例」(通称「ノーマライゼーション条例」)にもとづく差別事案の申立ては、平成23年度5件、24年度7件、25年度4件とまことに少ない状態が続いてきました。条例づくりの中で市民から報告された「差別事例」は、わずか3か月ほどの間に600を超える数に上ったというのに、いざ条例が施行されてみると差別事案の申立てはなかなか出てくることがありません。

 条例が成立・施行されたからと言って、障害のある人に対する差別そのものが消失したわけでは決してありませんから、このような事態はまことに不思議です。しかも、障害のある人の差別禁止・権利擁護に関する条例を制定したすべての自治体に共通して、差別事案の申立ての少ないことが確認できるのです。

 改正障害者基本法において障害者差別の禁止が明記され(第4条)、障害者差別解消法が成立し、本年2月には障害者の権利条約が批准されました。これに伴い障害者の雇用の促進等に関する法律も改正され、平成28年4月の施行から、(1)障害者に対する差別の禁止、(2)合理的配慮の提供義務、(3)苦情処理・紛争解決援助が法的義務となりました。

 先日は、千葉司法書士会の権利擁護に関する研修でも「合理的配慮と差別・虐待の克服」をテーマにお話しする機会がありました。このように、この間の法制度の整備は、障害のある人への差別禁止と合理的配慮の実現に向けた取り組みの、あらゆる社会領域での発展への期待を膨らませているのです。

千葉司法書士会の研修で

 しかし、7月18日朝日新聞朝刊は、保育所・幼稚園という就学前の発達支援施設において、障害のある子どもに立ちはだかる「入園の壁」についての記事を掲載しています。ここに登場する事例を紹介しましょう。

 千葉県に暮らす30代会社員女性は、ダウン症のある長男(3歳)を育てています。長男0歳の春、市の職員から「(障害児が)保育所に入れるのは歩けるようになってから」と説明されました。健常の子どもは乳児でも入所できるのになぜ、と思ったが、後になって「歩ける」用件は存在しないと知ることになりました。その後、保育所利用の相談を市にしたところ「入園はギャンブルみたいなもの」と言われたというのです。

 首都圏の自治体に住む会社員女性(36歳)は、生後7か月の心身の発達に遅れのある長女(4歳)を私立の認可保育所に入れたところ、3週間で退所を余儀なくされました。保育所から「この子がいると保育士のストレスになる」と言われたため、自治体に相談すると「待機児童が多いので保育所には強く言えない」と転園を勧められたというのです。

 2つの幼稚園から障害のある長男の入園を断られた母親は、「親自身も、障害のある子への対応にいつも不安を抱えている。さらに追い詰められ、自分を責め、気持ちが乱れた」と振り返っています。

 障害のある子どもを受け入れる保育所は1万4685か所と総数の約6割にとどまり、幼稚園は義務教育でないため、障害児の受け入れは幼稚園側の裁量となると同記事は伝えています。

 これらの事実は、明白な障害者差別であるし、合理的配慮の否定に該当するでしょう。それぞれの子どもに必要な合理的配慮の内容を明らかにして話し合うことなく、「体よく」保育所利用や幼稚園入園から排除されているのです。合理的配慮の否定とはならない「不均衡な又は過剰な負担」には該当せず、障害を理由とする差別そのものです。

 障害者の権利条約は、第7条第1項で「締約国は、障害のある子どもが、他の子どもとの平等を基礎として、すべての人権及び基本的自由を完全に享有することを確保するためのすべての必要な措置をとる」とし、第24条においても「あらゆる段階におけるインクルーシブな教育制度及び生涯学習」を確保することを明記しています。

 それでは、このような差別の現実が地域社会にはびこっているにもかかわらず、差別事案の申立てがなかなか出てこないのはどうしてでしょうか。

 一つは、差別であることが当事者にとってにわかには分からないような形で差別が行われる問題があるでしょう。事例に出てきたように、はじめて保育所利用の説明を聞きに行った親御さんが、「障害児が保育所に入ることができるのは歩けるようになってから」とあたかも入所要件であるかのような説明をする市職員の「水際作戦」に対して、即座に差別と判断することはまずありえないことです。これでは、差別問題の発生時に申立てをすることは難しくなります。

 もう一つは、誰にも理解してもらえないために、四面楚歌となって孤立に追い込まれる問題です。地域のあらゆる保育所や幼稚園に入園の相談をしてすべて断られたとなると、自分がみじめで情けなくなって、差別の申立てをするよりも地域社会から隠れたい、離脱したいという方向にどんどん気持ちが傾いていくことが起きてしまいます。ここでも差別問題の発生時に申立てをすることに難しい状況のあることが分かります。

 実際、知的障害のある従業員を「本人の意思で退職した」というところに追い込むために、連日、管理職が昼休みにこの従業員を川堤に連れて行って、罵詈雑言を浴びせ続けた差別・虐待事例がありました。訳のわからないまま居たたまれなくなった知的障害のある従業員は、会社に行けなくなり、会社側の目論見通り、「本人の意思で退職した」という形になりました。

 このときは、就業支援機関の職員が差別・虐待の事案として事態を的確に把握していました。そこで、職員が本人とご家族に支援の意向を伝えたところ、「もう放っておいてほしい、静かに暮らしたいから」とおっしゃったそうです。人権が踏みにじられ、個人の尊厳が引き裂かれた挙句の結末ではなかったかと思います。

 このように差別がしつこく発生を続ける背後には、差別を受けた人たちがリアルタイムに声を上げること自体を困難にさせる構造があるのです。つまり、差別解消に必要な地域支援システムの検討は、このような「見えない壁」をどのようにのり越えるのかについての課題を避けて通ることはできないでしょう。国・都道府県・市町村の行政権限ネットワークをどのように構築するかというような発想だけでは、実効的な差別解消支援システムを構築することはとてもできません。

 差別とまでは自覚できなくても、おかしいなと感じたらすぐに声を上げて受け止めてもらうワン・ストップの広い入口を設け、速やかに事態の是正・改善に向けた取り組みが実行され、それぞれの申立てに1週間から1か月以内にすべての申立てへの必要な対処を完了するというような、差別を被った障害のある人にとって分かりやすい見通しを担保できる支援システムでなければなりません。

 「声を上げても事態が変わるかどうか分からない」「ことを荒立てるとさらに辛いことになるかも」「必要な合理的配慮はされていないのだが、とにかく入園させてもらってお世話になっているのだから」と、諦観を人知れず強いられる現状を打破できるものでなければならないのです。

 とりわけ、わが国の「進歩的知識人(インテリ)」や「財界人」の中には、「そこで声を上げなかったから悪いのだ」「自分で権利を守ることができないと仕方がないね」などと言い放つ欺瞞の輩が大勢いますから、障害者の権利条約の明示する21世紀型の新しい人権の考え方に私たちは確信をもって臨む必要があるでしょう。

 障害者差別解消法や改正障害者雇用促進法では、差別の禁止は明確ですが、差別をしたものに対する罰則があるわけではありません。しかし、差別は、差別がまさに発生するところにおいて当事者が声を上げにくい構造がどうしてもあるのですから、タイムラグを挟んで、事後的にも権利の回復を図ることのできるシステムも必要でしょう。

 差別によって被った被害に対する民事上の責任は差別者にあるのですから、包括的な差別事案にかかわる認証ADR(裁判外調停)のシステムも新設するべきではないかと考えます。障害のある人の差別問題は、既存の相談・紛争解決システムのみによって解消への展望を拓くことができるものでは決してありません。

 この7月末から始まるさいたま市の差別解消に資する地域支援体制のあり方に関する検討では、差別の継続装置である「見えない壁」を克服できる仕組みを構築したいと考えています。