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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

社会福祉法人をめぐる利権

 社会福祉法人の利権に関する二つの報道に接しました。一つは、『中央公論』誌(2014年6月号)の「森功の社会事件簿-高齢者福祉にちらつく裏社会の影」で、もう一つは5月19日朝日新聞朝刊「報われぬ国-第2部福祉利権」の「社福利権飛び交う金」です。

 森さんの「社会事件簿」は、まず、団塊の世代が高齢期に入り、2025年には医療と介護の費用が73兆8000億円にも上ることが社会保障制度の「累卵の危機」を意味すると指摘します。

 その上で、医療や介護の事業者と組んだ新たな高齢者ビジネスが急増している現実を提示します。たとえば、介護アパートを建設し、訪問診療の医師を斡旋して派遣し、医師はまとまった数の「患者さん=客」で儲け、紹介斡旋した業者は斡旋料をピンハネするという仕組みです。これらの「儲け」の原資は、もちろん医療保険や介護保険のお金です。

 社会福祉法人については、「同族経営による私物化や放漫経営が目立つ」現実につけ入る形で、「暴力団関係者が表向きダミーの医師を理事長に仕立て、社会福祉法人を買う」あるいは「転売するケースまである」というのです。

 関係者のエピソードとして、「神奈川県内のある定員50人の老人ホームは夫婦と親族で理事や施設長を固め、4億円ある収入のうち人件費が7割以上を占めていた。そこは、看護師や介護士の報酬が安く不満がたまっているうえ、夫は趣味の陶芸で1億円の借金をつくって問題になっています」とあります。

 そして、「政府アンケートによれば、特別養護老人ホームの内部留保は推計2兆円に上る。特養の待機高齢者は52万人」と森さんは指摘するのです。

 朝日新聞の「報われぬ国」でも、社会福祉法人の「売買が横行」し、理事長や施設長のポストは数億円で取引され、「息子に継がせる」同族経営や理事長による私物化の問題を指摘します。税金や介護保険財政を食い物にする構造的問題です。

 同紙は、社会福祉法人の売買に「十数回立ち会った」行政書士の話を紹介しています。数億円で売買されている実態があり、行政書士の仲介料が売買価格の5% で、社会福祉法人は「介護報酬などの収入があり、財産がたまる。施設建設には補助金が出て税金もかからない。買い手は多い」と。

 そして、キャノングローバル戦略研究所の松山幸弘・研究主幹の推計では、11年度の社会福祉法人全体の「黒字額は約5千億円に達する。収入に対する割合は、東京証券取引所の上場企業が平均4.6%(経常利益率、12年度)なのに対し、6%高い。こうして得たお金の累積(内部留保)は特養で平均3億円ほどとされる」と報じます。

 税金や社会保険を原資にして「財産がたまる」というのは、社会福祉法人だけではありません。医療の世界では、医療保険を原資とするお金が、豪邸や高級外車に化けている現実を知らない人はいないでしょう。学校法人の世界でも、同族経営や理事長による私物化は、普通にまかり通ってきたのではないでしょうか。

 公益よりも私益を優先するような実態や傾斜のある法人については、改善命令ではなく、解散命令を下して、財産のすべてをひとまず自治体が没収し、まっとうな法人に経営を移管するシステムを確立すべきです。社会福祉法人の私益優先の経営は、利用者に対する不適切な行為や虐待の温床になってきました。

 「税金を食い物にする」問題は、以前から山のようにありました。1950年精神衛生法以降に、精神病院の民間による設置を政策的に誘導した時代は、精神病院の法人経営者や病院長にしこたま「財産がたまる」現実をつくりました。1960年代に特殊学級振興策が進められた時代は、障害のある子どもたちの卒業後の問題が浮上して、特殊学級に勤めていた教師や当事者関係者等が、親御さんたちの不安に「応える(=便乗する)」形で社会福祉法人を起こして障害者施設をつくり、自ら施設長や理事長に収まることもあちこちでありました。

 医療であれ社会福祉であれ、病院や施設が一つ建設されるたびに、理事長や病院長・施設長のポストにある人たちの家や車がどんどん良くなっていったことは、当事者サイドで知らない人の方が少ないでしょう。

 社会福祉法人は、経営と運営の両面で、理事会や評議会を通じた民主的ガバナンスが継続的に成立することはかねてから殆どなかったのです。一時期に限れば民主的ガバナンスが成立していた法人でさえ、いつの間にか、理事長・施設長の人柄の良さで事業の質が担保されるようになっているか、理事長とその家族・仲間内による私物化が進むか、あるいは利用者と職員が徒党を組んだ「集団的私物化」に陥ることがしばしばありました。

 社会福祉法人をめぐる問題は、実は、従来から社会保障・社会福祉制度そのものの問題ではなかったのでしょうか。

 今日の社会福祉法人は、措置費制度を柱とする社会福祉制度であった時代のものとは根本的に性格を異にするようになっています。措置委託制度の下では、本来的には自治体が社会福祉サービスを提供しなければならない責任を、社会福祉法人に対する「委託」と「監督」によって、辻褄をあわせる仕組みでした。

 社会福祉法人の「公共性」とは、社会福祉サービスに対する行政責任の「化身」に過ぎず、理事会や評議会を通じた民主的ガバナンスが継続的に成立することがなければ、「親方日の丸」の何ら工夫のない経営実態の下で、理事長や幹部関係者による私物化が可能だったのです。

 今日の社会福祉法人は、高齢者の介護施設や保育所の整備を図りたい行政と思惑で歩調を合わせながら、積極的に「経営する主体」となっています。ここで、大きな二つの考えの運びが生まれるのです。

 一つは、措置費制度の経営手法がせいぜいの理事長とその取り巻きの場合、理事長や施設長のポストの「値を釣り上げて」社会福祉法人を売りに出し、経営から離れて自分たちの資産を固めてしまおうとする運びでしょう。

 もう一つは、税金も免除され、施設建設に補助金まで出てくる「経営主体としてのアドバンテージ」に着目し、場合によっては、その周辺事業を株式会社やNPO法人による展開までを含めて利益拡大を図ろうとする「ビジネスモデル」の展開です。

 このようにして、徹底した経営の「最適化」、そのための社会福祉法人内のガバナンス、消費者主権主義に基づく(福祉業界の用語では「利用者主体の原則」)個別ケースの「ケアマネジメント」が一体のものとして追及されるシステムのユニットが、社会福祉基礎構造改革後の社会福祉法人ということもできるのです。

 ここで、未だに社会福祉法人の事業所が提供するサービスの質について、利用者サイドに理事長や施設長の人柄に期待する向きがあるとすれば、いささか時代錯誤の「甘えの構造」ではないかと思います。

 しかし、今日の社会福祉法人、医療法人社団および学校法人の仕組みそのものを批判しても何も始まらないと考えています。社会福祉法人の「売買」は、裏金で行われるのでしょうから、厚生行政による監査だけでなく、国税当局による徹底した「がさ入れ」をするのがよろしい。

 大切なことはむしろ、社会福祉法人の制度現実を潜り抜けて、真にすべての地域住民の願いに応えることのできる「新しい型の公共性」を具体化しうる社会福祉法人を作り上げることにあると考えます。そのための協働を理事会や評議会の範囲にとどまらず、地域全体のものとしていけるかが今後の鍵となるでしょう。

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