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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

卒業生が訪ねてきたら

 ひょっこりと私の研究室を卒業生が訪ねてきました。年に数回ほどアポなしで、顔を出してくれることがあります。

 卒業生のほとんどは、学校の教員か公的な福祉の仕事に就いています。平成1桁の時代から今日までの間に、研究室を訪れる卒業生の近況は大きく様変わりしました。

 先日やって来た卒業生は、病弱児童の特別支援教育に携わる教員の仕事をしています。朝8時前に職場に入り、退勤時刻は早くて20時過ぎ、遅くて22時近くになる。土日もしょっちゅう出勤しなければならず、そうしないと仕事を回すことができないと言います。

「就業規則上は、16時50分までとなっているのです。けれども、16時50分に退勤したことは一度もありません。残業することが『常識』だなんてひどいと思いませんか」と訴えます。

 この卒業生の職場には、小児がんや小児特定慢性疾患などを患っている子どもたちが、病院での専門的治療を受けながら、学校教育で学んでいます。治療の必要に応じて、県外から家庭を離れて入院する子どもたちもいます。

 通常の小中学校とは異なり、児童生徒の在籍期間は様々です。2週間ほどの治療期間だけ学校に在籍する子ども、半年くらいの子ども、数年に及ぶ子ども等、子どもたちそれぞれの治療の必要に応じて在籍期間は多様です。中には、子ども期にありながらターミナル・ケアを必要とする場合もあります。

 そして、症状に伴う辛さや病と闘う子どもたちの不安を受けとめて和らげながら、一人ひとりの特別の教育的ニーズを見極めて授業をする毎日は、教員にも著しい緊張と授業準備の負荷がかかることは言うまでもありません。

 現在の特別支援教育の仕事には、高い専門性が求められています。専門書を読む、日々の実践の質を上げる、研修で学ぶ、研究授業を行う、事例研究をする等のすべてを、この卒業生はやらなければならないし、実際にそれらをしています。

「給食のない職場なので、昼はコンビニ飯。退勤して自炊する気力は残っていないので、夜もコンビニ飯。帰宅したらすぐにシャワーを浴びて、1時間以内に爆睡(笑)。これで、将来、結婚して子育てがはじまったらと思うと、暗黒の未来しか感じられない。『働き方改革』という言葉を耳にするだけで、『何が?どこが?』と感じる」とまで言いました。

 この卒業生の職場も、非正規雇用の教員がたくさんいます。市の福祉の仕事にも、非正規雇用の職員が相当増えたように感じます。私の限られた経験の中でさえ、研修を担当する自治体の虐待防止担当職員が非正規雇用の人だけだったこともしばしばです。

 卒業生の多くが矛盾に感じる問題があります。それは、職場にある残業や頑張り抜くことへの強迫性です。非正規雇用の教員・職員を交えた職場の中では、「子どもたちのために」、「障害のある人たちのために」は、今与えられた条件の中で頑張り抜くことが「正規雇用の勉め」だという強迫性です。

 20代から30代前半の若い卒業生に共通する指摘は、もう一つあって、このような強迫性を当然のように押しつけてくるのが、50代以上の年配の教員・職員や退職者再任用の人たちだと言います。「メチャクチャ腹立たしくて、目障り極まりないけれども、職場の現実を正視すると、反論はおろか、何も言えなくなってしまう」と、日頃の悔しさを私にぶちまけます。

 時は変わり、平成1桁の時代に教員や公的な福祉の仕事に就いた卒業生が、その昔、研究室にやってきた当時の話です。

「18時ともなると、職場に毒ガスがまかれたのではないかと思うくらい、誰一人居ません。自分一人が手こずって残業していたら、あっと気づいたら自分一人だけでした。仕事上りのビールは旨いですね。」

 そして、児童相談所で虐待事案に臨む緊張、障害の子どもたちの教育に携わる手ごたえ、生活保護というかけがえのない仕事等について、卒業生のそれぞれが手ごたえとやりがいを感じて取り組んでいる様子が伝わってくる話の運びになったことを覚えています。

 今や、市民病院などの医師までもが「過労死」を余儀なくされる時代になってしまいました。昭和の終わりから平成の初めにかけて、国際語となった日本語の代表に「過労死」と「寝たきり老人」がありました。

 それから30年が経ち、「何が?どこが?」変わったというよりも、事態はますます深刻化したというほかないのではありませんか。人を支援する社会的なサービスから公共性のスピリットが抜け落ちたとき、消費者主権の衣をまとうならまだしも、「専門性のかけらもない社会サービス」と「専門性を装うだけのコマーシャル・サービス」に両極分解しつつあるのが、今日の深刻な事態ではないかと思います。

 こんな働き方を対人社会サービスの専門家に強いて、昼飯も晩飯も落ち着いて食べることのできない毎日が続くとすれば、質の高いサービスの実現は幻に終始するだけでなく、日本人の寿命や健康余命も近いうちに短くなって行く時代に突入するでしょう。

御茶ノ水駅―御茶ノ水橋と聖橋の川沿い

 さて、神田川に隣接するJR御茶ノ水駅は、世紀の大工事が進んでいます。御茶ノ水駅の周辺には、大学病院をはじめとする多くの大病院がありますが、神田川に張り付くような狭い敷地につくられた御茶ノ水駅のバリアフリー化は、従来は技術的な困難から先送りされたままになってきました。

神田川に架設された桟橋

 工法の技術革新もあり、この間ようやく、バリアフリー化を含む駅建物の大掛かりな建設工事が進められています。神田川に仮設の桟橋までこしらえての工事の風景からは、いかにも「満を持して」の感が伝わってきますね。この駅のバリアフリー化には、はかり知れない意味があるでしょう。

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