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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

虐待防止法のスキームに収まらない犯罪

 先週、社会福祉法人瑞宝会の障害者支援施設「ビ・ブライト」で発生した傷害事件が明らかになりました。施設職員と研修扱いの施設利用者の2名が利用者に暴行し、腰椎骨折と脾臓からの大量出血など全治6か月の重傷を負わせました。

 今年の3月に改訂された「障害者福祉施設における障害者虐待の防止と対応の手引き」(厚労省社会・援護局障害保健福祉部)は、虐待防止法の施行以降も相次いで発生している虐待問題を指摘し、「障害者虐待は、刑事罰の対象になる場合があります」として、刑法のどのような罪に該当するかを次のように例示しています(7頁)。

  • (1)身体的虐待:刑法第199条殺人罪、第204条傷害罪、第208条暴行罪、第220条逮捕監禁罪
  • (2)性的虐待:刑法第176条強制わいせつ罪、第177条強姦罪、第178条準強制わいせつ、準強姦罪
  • (3)心理的虐待:刑法第222条脅迫罪、第223条強要罪、第230条名誉毀損罪、第231条侮辱罪
  • (4)放棄・放置:刑法第218条保護責任者遺棄罪
  • (5)経済的虐待:刑法第235条窃盗罪、第246条詐欺罪、第249条恐喝罪、第252条横領罪

 支援を目的とする社会福祉法人の指定障害者支援施設や指定事業所において、生命にかかわる危害を加える傷害事件が発生するというのは、相当根の深い問題が巣食っていると考えざるを得ません。

 たとえば、暴行を加えた女性職員は、高校時代に柔道の関東大会で優勝した経験者だと報じられていますし(http://news.tbs.co.jp/newseye/tbs_newseye3156288.html)、事件発生前後の監視カメラの映像だけが消えているという点は、杜撰な管理というより明確な悪意を感じます。

 この事件の発生は4月だといいますから、刑事事件としての立件に向けた捜査が水面下で進められていたのでしょう。しかし、たとえ犯罪を立件するための捜査が行われているとしても、虐待防止法によるアプローチも必要不可欠です。

 虐待防止法の施行後であるにも拘らず、このような重大な「施設従事者等による虐待」の発生が防止できていない問題構造を解明する課題があります。この社会福祉法人の虐待防止の取り組みだけでなく、栃木県と宇都宮市の虐待防止に向けた取り組みを含めて何が不足していたのかを当局は明らかにする義務がある。施設従事者等による虐待事案がこれからも繰り返し刑事事件になるとすれば、虐待防止法の存在理由そのものが、根底から問われていることになるからです。

 この法人は、障害者自立支援法以降に新しく参入した事業者です。この法人のホームページに目を通してみると、いささか当惑を覚えます。

 まず、理事長の挨拶(一部抜粋)は次のようです。

「当法人の特筆すべき事として、第一にノーマライゼーションを利用者各自の状況に応じ、『単に階段に手すりを付けるとか!スロープを付けるとか!』ハード面を整備するのではなく、人間として本来持ちうる自然治癒力を促し、潜在的能力の向上を障害者各個人の能力に合わせた指導・訓練をさせ、特別に区別するのではなく『共生社会こそがノーマル社会』と考え、『自然治癒力の向上と自然との共生』を『運営方針』としております。」

 「自然治癒力」、「ノーマライゼーション」および「自然との共生」の関連性について、私は意味がまったく理解できません。意味不明というより、率直に申し上げて、あまりにも無内容でしょう。

 さらに、この法人のホームページには二つの特異点があります。その一つは、「サント・ニーニョ・クラブ」で、もう一つは「プロテクターヘリ運航事業」です。

 「サント・ニーニョ」とは「聖なる幼子イエス」というキリスト教の言葉で、フィリピンのセブ島の守り神であるサント・ニーニョ教会が有名です。では、この法人の「サント・ニーニョ・クラブ」とは何か。

 「施設利用者」から希望者を募る「会員制クラブ」で、「クルージング」「ゴルフ」「フィッシング」「スキー」の活動に取り組むことによって、理事長挨拶に登場する「自然治癒力の向上と自然との共生」の実現が目的だと謳っています。

 どうして、このようなお金のかかるレジャーのオン・パレードなのでしょうか。ゴルフクラブ、釣り道具、スキー用品…。障害基礎年金に頼る暮らし向きをベースに「自然との共生」を栃木県でいうのであれば、森林浴を兼ねた山菜採りかキノコ採り、あるいは渓流沿いのデイキャンプあたりがイメージとなるのですが、私の発想が貧乏すぎるのでしょうか。

 また、「プロテクターヘリ」の方は、ホームページによると次のようにあります。

「利用者の処遇改善及び無断外出・行方不明者の対応、さらに利用者の収容等を目的にヘリコプターを運航開始いたしました。また、ボランティア活動として、地域住民の方々に、無料にて空の飛行体験を楽しんでいただける活動も行ってまいります。また、災害時にもボランティアフライトも致します。」

 ヘリコプターの運航が、どうして利用者の「処遇改善」につながるのか? 無断外出者の捜索のために、社会福祉法人がヘリコプターまで飛ばすのか? ヘリコプターの操縦士は、一体誰なのか?

 これらの「会員制クラブ」と「ヘリコプター」の主要な目的が、施設利用者のためのものであると受け止める人がどれほどいるのか、まったく見当がつきません。

 さて、社会福祉法人と施設・事業所の基準と理事長・施設長の制度的要件について、虐待防止法の見地から抜本的に見直すべき課題があると考えます。東洋経済オンラインでは、「『障害者福祉』の暗い闇」を報じています(https://headlines.yahoo.co.jp/article?a=20170904-00184694-toyo-bus_all)。わが国の、人権擁護の取り組みへの本気度が問われる正念場ではないでしょうか。

台風一過

 台風18号が日本列島に多大な爪痕を残して去りました。気象情報を伝える気象予報士の言葉に、「地球温暖化」という単語を聞かない日がほとんどなくなってきたように思います。それでも、「災害から身を守る」方針にとどまって「地球ファースト」の声までには至らない。これでは、四季が織り成す美しいクールジャパンは露と消えていくのでしょう。