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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。
さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

地方分権の功罪

 先日は、福島県障がい児者福祉施設協議会の総会に、「権利擁護・虐待防止の視点から見る障害者差別解消法」と題する講演で招かれました。

福島県障がい児者福祉施設協議会の総会講演

 この依頼の焦点は、昨年4月に障害者差別解消法が施行されたものの、具体的な取り組み方が今一つ鮮明になっていないという関係者の切実な声にありました。障害者差別解消法は、いささか乱暴な言い方をすると、「丸投げ型」地方分権施策ですから、関係者の戸惑いは的を射たものだと思います。

 昨年4月の差別解消法施行時点で、地方自治体のうち、職員対応要領を定めたところは21%、障害者差別解消支援地域協議会を設置したところは6%と、何ともお粗末な「地方分権」の実態にあることは既にお伝えしています(2016年7月11日ブログ参照)。

 このように地方自治体の腰が重い事態は、はかり知れない悪影響をもたらすでしょう。地域の民間事業者や障害者支援事業者が差別解消に前向きに取り組もうとしても、地方自治体は差別解消のために協働する知恵や手立てを知らないのです。簡単に言えば、差別解消の取り組みに関して、自治体は当てにならない。場合によっては、前向きな事業所の足を引っ張るようなマイナス効果さえ出てくるかもしれません。

 とくに、地域の障害のある人が差別を被って悶々と悩んでいたとしても、それを受けとめて支援するための地域協議会の設置が、全国市町村の1割未満であるという事実は、憤りを禁じ得ません。これでは、差別解消法が内実を伴わない名ばかりの法制度であるとの批判のそしりを免れることはできないでしょう。

 確かに、差別解消や虐待防止の取り組みを具体的に発展させるためには、自治に立脚した地域の取り組みが重要です。地域の実情にもとづいて、地域の多様な関係者が差別解消・虐待防止システムの構築や、連携支援に資するネットワーク形成、実務シートの開発等を地域の力を撚り合わせて作っていくことが求められます。

 しかし、このような地域関係者の自主的な取り組みの要は、言うまでもなく市町村です。ここが積極的に取り組んでいない現実から生まれる差別解消の壁は、歴史的で社会的な困難であると言っていい。

 では、差別解消の取り組みが進まない原因が基礎自治体にあるのかと言うと、問題の所在はまったく違うと私は考えます。分権を進めはするが集権の仕組みがないところに問題の本質がある。国に責任が集約されないための防波堤としての地方分権といっていい。

 本当の地方分権というならば、ガイドラインを提示するだけでお茶を濁すのではなく、地方が取り組まなければならない政策課題に対応する人材や財源の手当てを含めた責任を国は持たなければならない。ここが徹底的に抜け落ちている。いうなら、中央は地方に向かって「チャレンジ」と言い続けるだけで、東芝のダメ社長たちと何も変わらない。

 当面は、まことに厳しい道のりが続くことを自覚しつつ、ひとまず皆さんには、さいたま市で取り組んできた差別解消と虐待防止のシステムとネットワークの実際を材料として提示しました。そして、複数の自治体での協働を含めて、障害者支援事業所が地域の人権擁護のネットワークの要となることから展望を拓いていくことを提案しました。

 この一年間の講演依頼には、「自分たちの力で考える機会を持ちたい」という主旨のものが増えてきたと感じています。障害のある人の人権擁護の取り組みを進めたいとは考えているのだが、実際にどうすればよいのか展望を持てていない現実を直視した地域の関係者が、自分たちの足元から取り組みを進めようとしている点は、地方分権による一筋の光だと受け止めています。

会場のビッグパレットふくしま

 さて、会場となった郡山市のビッグパレットふくしまは、東日本大震災の発生からしばらくの間、福島県内最大の避難所となったところです。ビッグパレットふくしまの中だけのミニFM局も開設されていました。

 郡山市の今は、5年半前に訪れたときとの比較で、大震災と原発事故による被災から完全に復興したような活気を取り戻しています。しかし、福祉関係者の話によると、残念な事態の進行もあるとのことでした。

 福島第一原発の重大事故から避難を余儀なくされた施設や事業所の中には、今日なお、さまざまな困難に直面しているところがあります。避難解除があって元の地域に戻っても、職員が集まらずに開所予定を延期せざるを得ない。それでいて、施設再建の補助金を出した県からは「予定通り開所しなさい」と言われて途方に暮れているところがあるとのことでした。

 あるいは、原発事故に伴って避難先の地域で事業継続をしていた法人事業所が、結局避難解除になった元の地域には戻らないことを決定したところもあるとのことでした。元の地域に戻ろうとすると、ほとんどの職員が辞めてしまうという現実に直面するのです。

 これらはすべて、地域関係者や法人事業所の努力の範囲をはるかに超える問題があるといっていい。地方分権の手立てによって克服できる筋合いの問題でないのであれば、県と国が深刻な問題の全体性に対応する特別な手当てを講じて然るべきです。

 神戸市長田区の復興が幻想に終わった事実を踏まえ、今回訪れた福島の現実を正視し、熊本の現在に思いを馳せるとき、主権の存する国民に対して国家が果たすべき責任のあり方に疑問を覚えます。個人的な責任に還元することのできない社会的な問題の解決に、国家はもっと積極的で力強い役割を果たすべきだと考えます。

モクレン
アセビ

 さて、この連休は五月晴れが続きました。今年は、私が渡り鳥の定点観測をしているところで、例年より、ツバメの渡来(4月初旬)が一週間早く、アオバズクは10日間も早い渡来(5月初旬)でした。いつもより気温が高く、初夏のような陽気です。

 それでも、首都圏から福島に北上すると、空気の爽やかさを満喫できます。郡山カルチャーパークでは、葉桜の残る新緑の中に、モクレンとアセビが咲いていました。

お知らせ

 これから一カ月余りの間、高知県の社会福祉法人一条協会の虐待事案に係る検証活動のため、ブログをお休みすることがあるかも知れません。しばらくの間、ご迷惑をおかけいたします。

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