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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

下関市の虐待事案に関する中間報告書

 昨年5月末、FNNのニュースから明るみに出た山口県下関市の社会福祉法人開成会大藤園の虐待事案について、山口県知的障害者福祉協会(以下、「山口県福祉協会」と略)は検証活動を実施し、その中間報告書をまとめました。

山口県萩市東光寺の鬼瓦

 この報告書の信用度はすこぶる高いものと評価することができます。

 大藤園の虐待報道を受けて、山口県福祉協会は問題の解明と克服に向けた取り組みを直ちに開始し、7月には人権・倫理委員会を立ち上げて検証活動に入りました。人権・倫理委員会の構成は、協会委員4名、外部委員4名(大学教授、弁護士等)で、ここに山口県障害者支援課主幹がオブザーバーとして入っています。

 検証活動の内容は2つの柱で構成され、一つは大藤園関係者からのインタヴューによる現地調査の実施であり、もう一つは山口県福祉協会会員施設従事者を対象とした意識調査の実施です。これらの検証活動を実施するにあたり、外部専門家3名からなる倫理審査委員会を設置し、事前の倫理審査を実施して承認を得るという手続きを踏んでいます。

 まず、大藤園関係者のインタヴューを通した問題の指摘です。

 この施設関係者のインタヴューで驚くべき点は、テレビ報道の映像について、「隠し撮りされた」「映像が加工されている」「施設内の人間関係の歪みによるもの」と、虐待発生の事実からまったく本筋をそれた「被害者意識が前面に出て、虐待や不適切支援を改善しようとする意識が職員の間で薄い」(同報告書3頁より抜粋)ことにあります。

 さらに、法人理事長や施設長の幹部職員は、「法人としての充分な検証や再発防止策を行う前に関係者の処分を行っており、虐待や不適切支援を個人の資質の問題としてとらえ、組織の問題としてとらえる視点が欠如している」(同報告書)と指摘します。

 そのうえで、「専門性」「密室性」「人間関係」「ガバナンス」「行政対応」の各点から今回の虐待事案を分析し、問題克服に向けた提言を明らかにしています。

 「専門性」について。この施設の職員の専門性はほとんどないといっていいでしょう。「自分の子育ての延長線上で」「同じ人間として」などという笑止千万な職員発言が明らかにされています。「言って聞かせよう」という姿勢が、大声で怒鳴る反支援行為を招いています。

 この背景にはさらに二つの問題があって、一つはこの社会福祉法人・施設の創設者(故人)がワンマンな独裁体制を敷いてきた中で専門性を軽視し続ける体質が作られてきたこと(この創設者が健在中に、暴力・虐待事案をもみ消したという噂のあることを報告書は指摘している)です。

 もう一つは、以前は授産施設であった大藤園が新サービス体系に移行して生活介護となり、利用者の障害の重度化が進んだにもかかわらず、旧態依然とした取り組みを繰り返していた問題です。アセスメント、個別支援計画及び実施した支援に関する記録はほとんどありません。

 「密室性」について。利用者が振り分られた作業班を担当するのは1人の職員体制で、他者の目の届かない範囲内で支援が自己完結する形となっていた密室性、外部から見えない建物構造の物理的な問題、そして、人事異動がなくボランティアや実習生も受け入れていないという閉鎖性があったと指摘しています。

 「人間関係」について。創設者のワンマン体制から、姻戚や縁故関係にある職員が複数いて、法人内の人事異動は皆無、施設長派のグループとそうでないグループの葛藤・いじめ、職員の4割を占める非常勤職員の会議からの締め出しと情報共有のなさ等が報告されています。要するに、創設者とその一族による法人・事業所の私物化です。

 「ガバナンス」について。強いリーダーシップを持った創設者が亡くなって重しが亡くなった分、組織がガタガタとなって統制をなくし、職員間の葛藤や利用者への不適切支援が一気に拡大表面化していったという証言を明らかにしています。

 職員が現理事長に施設内の虐待を報告した際、理事長自身は事実確認等の積極的な対応に全く動くことはなく、「職員会議で話し合う」ように指示しただけであったことも指摘されていました。「下関市虐待防止センターに通報しなさい」とも言わないのですから、この理事長には明白な不作為責任があるでしょう。

 「行政対応」について。この施設の職員による下関市への通報に対し、市が不十分な事実確認しかしていなかった問題があるだけでなく、法制度上の仕組みそのものの不備を指摘しています。虐待者本人が事実を認める以外、事実確認の方法がないことと、行政指導が組織そのものの変革を迫ることまで行かず、表面的なもので終わってしまう問題です。

 さて、もう一つの柱である会員施設従事者を対象とする意識調査の結果についてです。

回答者の状況

  • ・平均年齢は47.4才
  • ・事業所内経験年数は8.3年だが5年未満が半数を占めるのは定着率の低さによるもの
  • ・福祉系の学校卒業者は約1/4、社会福祉士・介護福祉士等は約1/3
  • ・正規職員年収の中央値は300~400万円で、平均年齢の47.4歳という子どもの教育費負担の大きい年代を考慮すると高いとは言えない

職場環境

  • ・労働時間と仕事の満足度は高いが、給与の満足度は低い
  • ・職場のチームワークや上司との関係について、1/4~1/3の割合で問題を抱えている
  • ・年間の研修頻度は、出張命令を受けてのものが平均1回、自主参加のものが0.6回と実に少ない

利用者への虐待等不適切行為

  • ・不適切行為を職場で見たり聞いたりしたことがあるのは約4割
  • ・知らず知らずのうちに不適切行為をしてしまうと回答したものは約1/3
  • ・職場で不適切支援の基準が統一されていないとする回答は約3割
  • ・不適切支援の判断基準を自分自身の経験とするものが約7割
  • ・不適切支援を見たときに注意できないとするものが約4割

事業所の権利擁護の取り組み

  • ・虐待防止委員会、苦情解決委員会、虐待防止マニュアル等の取り組みが行われているかどうかが「分からない」とする回答が21.9%から32.6%にのぼる

 明らかにされた実態はまことに深刻で、職業的支援者でありながら専門的な課題意識とスキルのない職員の問題があり、とくに施設の経営・管理運営にあたる幹部職員には歴史的な課題があると考えます。社会福祉領域に働く職員の待遇改善を含めた、実質的な虐待の防止に資する法制度の見直しが根本的に問われています。

 山口県福祉協会の検証活動と報告書に対し、心から敬意を払いたいと思います。その上で、今後の課題を一つ指摘するとすれば、知的障害のある利用者が権利を行使する主体ですから(障害者権利条約第12条)、検証活動では、意思決定支援による利用者からのヒアリングを実施する責任があります。

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