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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。
さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

待機児童問題

 新年度を迎えて、保育所の待機児童問題を取り上げるマスコミの報道が目立ちました。3月30日の朝日新聞朝刊は、自治体は知恵を絞って努力してはいるのだが「待機児童ゼロ見通せず」と報じています。

 義務教育諸学校に入学できない待機児童は存在しないのですから、事態を思い切って単純にすると、政策の失敗による子どもの人権侵害だと考えます。

 しかし、保育士の確保・待遇改善、保育所設置にふさわしい土地確保の困難、施設整備のための財源など、問題は山積みです。長年にわたる政策の失敗が積み重なることによって生じた深刻な問題です。

いうなら、「待機児童問題は1日にしてならず」ですから、マスコミに登場する識者のコメントや対談のほぼすべてが、つけ焼き刃的な対応でにわかに事態が改善できる見込みはないと解説していますね。

 1983年頃でしたか、川崎市からある仕事の依頼を受けた時のことでした。川崎市における1970年代からの保育所整備は、「福祉政策としてではなく、社会政策として予算をつけて進めてきた」と当時の福祉部長からお聞きしたことがあります。

 日本における「社会政策」概念を説明しはじめるとややこしくなるので、簡略な解説にとどめて言うと、川崎市の保育所整備は京浜工業地帯に働く労働者対策として進めてきたのであり、社会福祉施設整備の枠組みの施策ではなかったということです。

 大量の労働力を必要とする都市部や太平洋ベルト地帯においては、産業政策を柱とする地域政策の一環として、保育所の整備推進が図られていたのです。このような発想をもった自治体は決して少なかったわけではなく、児童福祉施策というより、地域産業の発展を支える基盤的な施策としての意味を持っていました。

 この点は、経済成長策に従属した児童福祉施策という批判はあったかも知れません。しかし、当時の住民ニーズと住民運動を基盤に、自治体当局による地域政策としての整合性やバランスをとるための努力が傾けられていたということができます。国の保育所整備に関する政策もそれを後押しする構造のものでした。

 しかも、この時代の保育所整備を全国レベルの統計でみると、過半数が自治体直営の保育所でした。年度によって異なりますが、社会福祉施設等調査で1980年代前半は6割近くが自治体直営の保育所だったと思います。

 当時、自治体直営の保育所を設置してきた根拠は、何よりもまず、社会福祉事業法第5条第2項に公的責任原理が明記されていたことにありました。

 次に、保育の質と保育士(昔の「保母」)の待遇を上げる目的も施策に据えられていました。1960年代までの社会福祉施設は待遇が悪く、「中卒・高卒女子の嫁入り前の腰掛け仕事」というような事態が続いていたため、その抜本的な改善を社会的に進めようとした時代でした。

 しかし、1980年代前半までのほとんどの保育所は、開所時間が8時から18時(または17時30分)で延長保育や病児保育はありません。つまり、通常の公務員の勤務体制と待遇で運営しやすい唯一の保育所だけが、社会福祉事業法を遵守して自治体直営で進められたのです。

 だから、24時間の支援体制のために夜勤を含む交代勤務を必要とする児童養護施設や障害者施設は「措置委託制度」を活用して社会福祉法人の運営としてきたのです。これらの施設種別では夜勤や休日の手当てが発生しますから、自治体直営だと財政負担が大きくなるからです。

 ところが、1985年くらいから施策の潮目が変化しました。85年に男女雇用機会均等法を作ったにもかかわらず、労働力政策と保育所整備の必要を関連づけて検討した経緯はほとんどないように思います。

 当面の財政支出カットを全面に掲げる首長の出現によって、保育所整備は滞り、自治体直営の保育所を民間に丸投げし、営利セクターの保育所や「まがい物の保育園」(子どもたちが遊ぶための園庭がない、建物の面積基準や人員の配置基準・専門性等が押し下げられている等)の整備でお茶を濁すようになりました。まさに弥縫的施策です。

 ここに、日本型福祉社会論を基盤とする社会福祉法の登場によって、公的責任原理は廃止され、財源手当てのない自治体丸投げ型の「地方分権」を推し進めてきたのですから、保育所整備の積極的施策はほとんどなかったといっても過言ではありません。

 むしろ、1990年代初頭まで政策当局は、児童人口の減少を根拠に、保育所や児童養護施設などの子どもにかかわる社会福祉施設を縮減できるものと踏んでいたのではないでしょうか。女性のライフサイクルと労働力率についての政策上の検討が、あまりにも希薄または欠如していたというほかないのです。

 日本のこれからを長期的に見通す際に、女性の仕事での活躍を制約するような施策は本当にバカげています。政府と社会が子育て期間中の親と子どもを支援することによって、社会全体の発展に貢献する人材が育まれる好循環を作ることこそ必要です。

 これは従業員を必要とするあらゆる企業と経営者にも、財源問題を含めて考える義務があるでしょう。待機児童問題の短期克服のために、時限立法で、保育所整備のための法人税をとってもいいのではないでしょうか。次代に命をつないで、若い世代を育むことができるかどうかという日本の存続にかかわる重大問題ですから、東日本大震災と同様に考えてもいいはずです。

 さて、関東南部の桜は散り、サクラ草の時節となりました。この花は、周囲に向かって均等に開花させていった後に、真ん中の花を上に向けて咲かせます。つまり、どこから見ても同じ姿を綺麗に見せてくれます。この分け隔てのない花の咲き方が実にかわいいですね。

サクラ草