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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。
さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

桂文枝「別れ話は突然に…」

 昨日、NHKのEテレ「日本の話芸」で放映された桂文枝さんの創作落語「別れ話は突然に…」を観ました。庶民の暮らしを彩る悲喜こもごもから笑いがこぼれ落ちる、秀逸な創作落語です。現代家族における親子関係や夫婦関係の切ない諸相をみごとに表現していると感心しました。

 噺の筋には、熟年離婚がテーマに据えられています。大阪に住む76歳の父親が、仕事の都合で二年前から韓国のソウルにいる息子に電話をかけるところから、話が始まります。64歳になる母親と離婚すると言う父親の話に、息子はいささかうろたえます。

 離婚のわけは、定年退職後の夫と妻のいさかいの果てといったところです。定年してからは一日中家にいる夫の存在そのものが、妻にとっては疎ましい。いうなら、「過労死」と並ぶ日本の特産品「粗大ゴミ」です。

 妻は自分一人で出かけたいところが、夫が付いてくるとか、車で送り迎えするとか言い出す、朝昼晩の献立をしょっちゅう尋ねてくる、韓流ドラマを妻が観ている最中に夫は居眠りをはじめて大きないびきをかくなど、一部始終が目障りで、耐えられない。

 64歳になる母親も、結婚して北海道の帯広にいる娘と電話で話をします。両親と息子・娘の会話はすべて電話での長話ですから、文枝さんは受話器に見立てた扇子を耳につけた格好のまま噺を進めます。

 受話器で会話しないのは、両親の家の飼い犬ジョンだけです。しかし、哀れにも、ジョンはいさかいの絶えない飼い主夫婦によるストレスで死んでしまうという設定になっています。

 もし両親が離婚するとなると、息子・娘のそれぞれの家に父親と母親が交代で転がり込むようになるかもしれないことを恐れ、息子と娘は何とか離婚を止めさせようと共謀します。そして、両親の住む実家には何年も顔を出してこなかったにも拘らず、背に腹は代えられないとばかりに、それぞれの家族全員で実家に集まることになるのです。

 息子から妹と一緒に家族全員で帰省すると電話で伝えられた父親は、母に「全員が集まるよ」と喜んで話し、ストレスで死んだはずの犬のジョンにも「みんな帰ってくるで」と言うのです。これで実家の両親はしめしめですが、「この手は、もう次には使えませんな」でおしまいになります。

 年老いた両親が、実家から遠く離れてしまった子どもたちに会いたくて、実家に帰ってこさせる騒動をでっち上げたという落ちですね。

 この落語に登場する家族関係は、実にリアルです。両親がわざと子どもたちに「心配」をかけて、親子の関係をつなぎとめようとする共依存への傾きが柱になっています。

 会話のすべてが電話だというところも、古典落語ではありえません。日常を共にする親子が対面して会話する噺の運びではなく、遠く離れてご無沙汰して日常の様子が分からなくなっている実家の親から突然電話で離婚を切り出されることから話が展開します。これはまさに、「オレオレ詐欺」などの特殊詐欺が発生する親子関係の現実と通底しています。

 そして、老夫婦の完璧な行き違いと、夫婦それぞれのもっともらしい勝手な言い分が実に面白い。この噺は、夫婦間の行き違いをキモにして笑いを取るのですが、大勢の聴き手にとっては、この点にもっともリアリティを感じるでしょう。

 退職して一日中何もすることのない夫が朝起きてきたら、「今日の朝ごはんは何や」と訊ねる。朝ごはんを食べながら、味噌汁の味付けや鮭の焼き加減がどうのこうのと文句を言いつつ、「今日の昼ごはんは何や」と訊ねる。もう妻はうっとうしくてたまらない。

 妻の楽しみである韓流ドラマは、話の展開が早く夫はついていけない。ついウトウトし始めると妻に「もう布団に入って寝たら」と言われ、夫は寝入った途端に「いびきがうるさい」と大声で妻に叩き起こされてしまいます。夫は「びっくりして心臓発作でも起こして、殺されるんとちゃうか」と苛立つのです。

 この老夫婦の日常は、一事が万事、この調子です(詳しくは、2月27日(土)午前4時30分~5時00分の間に再放送がありますので、ぜひご覧いただきたいと思います)。夫が定年退職するまで、日常を共にすることが希薄だった上に、日常生活をともにつくるなんてことはさらさらやってこなかった老夫婦。それぞれが、自分のニーズを押しつけあい、満たされない状態を相手のせいだと考えてしまうのです。

 子どもたちは、就職や結婚によって、郷里を離れることを余儀なくされています。仕事の必要に応じて住みついた土地に家を構え、親族ネットワークとは無縁に子育てをしなければなりません。忙しい毎日に実家への帰省や親との連絡も、いつしか間隔があくようになっていきます。

 これは、家族のメンバーが同じ「族」としての客観的土台をほとんど消失した現代の姿でしょう。すなわち、現代における家族は子どもが自立するまでの一過的な姿に過ぎません。それでいて、「あなたにはこうしてほしい」「こうあるべきでしょ」と「同じ家族である」ことを根拠に、それぞれが自分の欲求を満たそうとするのです。

 「満たし合う」ために必要なコミュニケーションや相互関係をつくる協働の課題と客観条件については、ほとんど考えようとしない。家族をバラバラに解体していく社会問題を等閑に付したまま、個人的な共生願望だけを肥大化させるところに生み出される家族関係の歪みです。

 このようにして、現代の家族から「慈しみ合う」要素が消え失せている様を笑いの対象にして考えさせられる落語に仕上がっていると考えます。この噺の中で、自分の利害と関係なく家族を結びつける役割を果たしているのが、犬のジョンだけだという設定は、慈しみ合いを喪失した家族の象徴的なエピソードでしょう。

 さて、先週は香川県知的障害者福祉協会主催の人権擁護・虐待防止研修に参加しました。今回は、この4月に施行される障害者差別解消法も念頭に置いて、虐待防止と関連づけた意思決定支援の課題を私から提示したうえで、みなさんから事例を出し合ってもらい、虐待防止の取り組みの実際を深める研修となりました。熱気あふれるグループ・ミーティングが続きました。

 事業所や法人の枠を超えて、より良い支援に知恵を出し合うグループワークは、はかりしれない重要性をもちます。虐待防止に関する共通の枠組みの下で、発想やアプローチの視点を異にする多彩な考え方や実践を交流することは、支援者の気づきと学びを間違いなく充実させるからです。これを機に、人権擁護に資する支援者のネットワークが充実していくことを期待しています。

瀬戸内産のアジの塩焼き

直前の生簀で

 さて、瀬戸内海のアジを塩焼きで戴きました。瀬戸内産のアジの旨さは格別です。サバやサンマは、どこで獲れたものでも美味しいものは美味しいのですが、アジだけは東日本産で美味しいものに出会ったことがありません。生けすのアジの姿形と目つきをじっと観察すると、東日本産のアジとは氏・素性が違うような気がしてならないのです(笑)。