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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。
さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

そんなたいそうな

 私は以前、たいそうな性悪と共依存関係にはまっていました。そいつは、疲れたとき、心が折れそうになったとき、もう少し頑張りたいとき、いつも私に寄りそってなごませ、なぐさめ、励ましてくれる存在だと信じていたのです。

高度経済成長期のポスター

 ところが、数年前のことです。よく考えてみると事態の本質は全く違うのではないかと疑うようになりました。私を慰めて励ましているようで、実は、こやつがいなければ生きていけないまでの不安を抱かせて私を支配し、私の心身を深く蝕んでいるのではないかと。この性悪な奴の名前は、「たばこ」!

 たばこに対する重症の依存症状態に、このままではいけないと思案するようになったのです。虐待の発生関連要因の一つであるさまざまな依存症(薬物依存、関係依存、行為依存等々)を調べているうちに、自らのニコチン依存症にかんする「病識」がはっきりと自覚されるようになりました。

 新幹線や飛行機を利用する際には、乗る前に喫煙所を探してはたばこを「吸いだめ」し、降りては喫煙所を真っ先にさがして駈け込んでは「ニコチン切れ」を補うのです。ところが、一部の空港をのぞいては建物の中でたばこを吸えるような空港はなくなり、鉄道の駅も地方でさえ駅舎の中に喫煙所を設けることはほとんどなくなりました。ホテルや旅館でさえ、「全館禁煙」がけっして珍しくなくなりました。

 こうして、街中に出たときや出張で移動するときには、喫煙できるところを求めて彷徨し、時間と労力の無駄ははかりしれないことになるのです。ランチタイムには喫煙できるレストランを探し、喫煙コーナーのあるコーヒーショップを求め、それでもってどうしても喫煙所が見つからなければ、ビルの避難階段の下辺りに隠れてこっそり一服する。われながら、哀れで見苦しいことこの上ありません。

 ニコチン依存症の重症度をさらに感じたのは、日常の行動の節目節目で、必ず一本吸ってからでないと次の行動に移ることのできない状態になっている点でした。「一本吸ってから」でないと、電車に乗れない、資料に目を通せない、読書に入れない、原稿を書けない、家事をできないなど、一事が万事「一本吸ってから」が行動を前に進める条件になってしまっているのです。

 このような依存症にはまっていると、禁煙を勧める多くの言説にみられる健康面(健康にいい)と経済面(煙草代が浮く)からの説得は、ほとんどまったく意味がありません。

 喫煙していた当時の私をはじめ、多くの喫煙者の喫煙行動には、健康や経済に還元されることのない意味(たとえば、精神的にホッとする、くつろぐ)や「たばこならではの旨味」があるのです。だから、健康増進法にもとづく禁煙キャンペーンに出くわすと、まるで「禁煙ファシズム」のように感じることさえあるでしょう。

 重症のニコチン依存症患者の中には、喫煙者が減っていくことへの不安から、禁煙しようとする人間を見つけると「裏切り者」や「禁煙ファシズムへの同調者」として非難しはじめることさえあります。このような気持ちの運びも分からないでもありませんが、喫煙継続への同調圧力をかけているに過ぎません。喫煙を継続するなら、受動喫煙の被害を引き起こさないように注意しながら、寡黙に吸い続けるのがいいでしょう。

 一方では、喫煙に精神的な意味や「旨味」を感じて「禁煙ファシズム」を煙たく思う喫煙者がいて、他方では、煙草の健康被害、とりわけ受動喫煙にかかわる健康被害や医療費増大などの経済的損失を根拠に声を大にする非喫煙者がいます。このような喫煙者と非喫煙者の対立する議論は、論点を共有することはほとんどなく、不毛な性格に満ちているような気がします。

 たばこと塩の博物館のコレクション・ギャラリーをのぞいてみると、煙草と喫煙行動が社会と人間にいかに深くかかわる文化であったのかを知ることができます。

 とくに、現在の50歳以上の人の中には、高度経済成長期に「今日も元気だたばこがうまい」という看板をみては「そうそう」とうなずいてきた方もいるでしょう。

 ところが、WHO(世界保健機関)が1988年4月7日に「第1回世界禁煙デー」(1989年以降は毎年5月31日と定められた)を開始して以来、たばこをめぐる社会的な位置づけと方針は「喫煙のない社会をめざす」ことへと大きく転換しました。

 わが国においても、健康増進法第25条で受動喫煙の禁止が明記され、たとえば多くの学校で敷地内全面禁煙が実施されるようになっています。私の職場である埼玉大学でも、喫煙所の数はどんどん減らされ、はじめて大学のキャンパスに来た人は喫煙所がどこにあるのかほとんどわからないようになりました。

 それもそのはずです。学校の禁煙に関する法律と文科省・厚労省通知類を集めたサイトを見ると、2003年5月1日の健康増進法施行以降は、受動喫煙によって健康被害が発生した場合は、管理者(学校長など)を相手に告訴することが可能であり、喫煙場所を指定しただけでは「違法」であり、実質的には敷地内全面禁煙とするほかないと明記されています。

 このようにみてくると、この数十年の喫煙をめぐる対立した考え方の錯綜は、たばこが嗜好品として愛用され税収の柱の一つでもあったところから、喫煙のない社会に向かう過渡期に不可避なものでしょう。

 「嗜好品」は、禁止と容認をめぐる社会的な論争がつきものです。20世紀初頭のアメリカでは、禁酒法をめぐる信仰とマフィアとFBIを巻き込んだすったもんだがありました。

 近代ドイツでは、コーヒーが大衆的に広まることに対して、コーヒーは「(とくに女性にとって)毒だ、悪魔の飲み物だ」という考え方と「すばらしい飲み物だ」という考え方が社会で錯綜し、無類のコーヒー党であったJ.S.バッハが、コーヒーを擁護する「コーヒーカンタータ」を作曲したことは有名です。

 さて、私が非喫煙者となって2年余りが経ちました。かつて私は、喫煙ならではの安らぎがあり、たばこを「うまい」と信じていました。たばこなくしては原稿などとても書けるものではないと考えていました。しかし、今となっては、ただ単に、ニコチン依存症という仕組みから、たばこというものにとりつかれていただけだと思うようになりました。

 「喫煙は文化である」という言説は、ギャンブル依存症の人はバカラや競馬が「文化だ」と言い張り、アルコール依存症の人はお酒を「般若湯」と呼ぶことと一脈通じているような気がしてなりません。やめてみると取るに足りないものだった-これが、私のたばこ観です。