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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。
さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

「生きよ」というメッセージ

 神戸連続児童殺傷事件の加害者である元少年Aが『絶歌』(太田出版)を出版したことに対し、多くの批判的な見解が表明されてきました。このような中、この少年事件を当時、神戸家庭裁判所の裁判官として担当した井垣康弘さんは「元少年A『絶歌』に書かなかった真実」(文芸春秋2015年8月号、138-147頁)を著しました。

 井垣さんの論考は、タイトルの前に「決定(判決)を下した元判事初めて明かす」とあります。この事件の元判事として知り得た元少年Aの真実を明らかにすることによって、『絶歌』をめぐる論点を過不足なく補い、元少年Aと少年法への「生きよ」というメッセージを改めて表明したものと受けとめました。この種の少年事件を防止する見地から表明された、貴重な論考です。

 論考の最初の部分で、井垣さんは医療少年院への送致を言い渡す決定文を書いた裁判官として、Aが医療少年院で生活していた6年5カ月の間、一年に一度は動向視察をし、彼の成長ぶりを見守ってきたことを明らかにしています。

 しかし、彼の手記『絶歌』は、「多くの点で未熟」で「大人になりきれていない子どもが書いたもの」であり、「被害者遺族への配慮も圧倒的に不足したもの」と評します。しかし、その背景には、仮退院後の保護観察期間がわずか9か月間で終わったために、自分を客観視して大人として成長することのできないまま「幼稚な状態」に留まってしまった問題があると指摘します。

 そして、次のように語ります。
「それでも、Aの文章からは『生きたい』という気持ちが伝わってきました。審判廷であれだけ『死にたい』と口にしていたAが、この厳しい社会で自らをさらけ出して生きようとしている。私は、この手記はAにとって『人間として生きること』の決意表明だと考えています。」

 論考の柱を紹介します。

<捜査官にいわなかった本当の動機>

 取り調べに当たった警官に対し、Aが本当のことを話そうとしたら、「アホ抜かせ。子どものくせに大人をバカにするな」と机をバーンと叩いて怒鳴られ、Aは何も言わなくなったとあります。この不適切極まりない取り調べに対して、唯一真実に迫ることができたのは、精神鑑定を担当した中井久夫医師でした。

 中井久夫医師は、単刀直入に「マスターベーションの時、頭の中にどんなイメージが浮かぶのか」と尋ね、Aの「性的サディズム」を明らかにしています。

<淳君への「両価的な」想い>

 取り調べや精神鑑定の段階では隠し続けてきた「淳君への“特別な思い”」が綴られていることに眼を留め、「やはり淳君を狙って事件を起こしていた、と言うことが明らかになった」と指摘します。

<なぜ母親の体罰を隠したのか>

 乳幼児期には愛着障害を発生させた問題があり、その後は母親によるスパルタ教育という身体的虐待があったことを改めて明らかにします。「結局、Aは生まれてこの方、母親から本当に愛されているという思いを経験しないまま、犯行に至りました」。

 少年院に収容以来、Aは母親との面会を拒否し続けていましたが、20歳のときにようやく受け入れた母親との面会から、Aの母親像が180度変化したことを明らかにしています。

 それは、面会で母親が「淳君は本当にお前が殺したんやね」と尋ねたことに対し、Aは「母親が『今まで親である自分の口から一度も尋ねてあげる機会がなくてとてもつらかった』と語り出すのを聞いて、『母親というのはそんな思いで生きているのか』と心の底から感動した」というエピソードです。

<処遇効果を示したレーダーチャート>

 医療少年院では、家族のようなチームによって、Aを赤ちゃんの段階から育てなおす取り組みが行われました。しかし、Aの手記では、少年院時代のエピソードが一切省かれていることを指摘します。

 18歳時には、女性に対する性的な感情を示すようになって「性的サディズム」が克服され、20歳時の処遇効果を示したレーダーチャートでは「贖罪」「将来・社会人生に対する姿勢と準備」「親との関係」「対人関係の動き」「規範意識」などの11項目において、入院当時は極めて低い点数だったものが、すべて8点前後にまで上昇していたことを明らかにします。ちなみに、8点以上あれば、一般社会でも問題なく生活できる水準でそうです。

<「贖罪行動」が欠けていた>

 少年院におけるAの「育て直し」は成功したが、退院後の保護観察期間終了後、「Aは保護司やカウンセラーの存在を鬱陶しがって、彼らのもとから逃げてしまったのです。自分一人の力でやっていけると思った」ことが、被害者に対する「贖罪行動」の欠けるAを招いたと指摘します。

<決定全文を公表した理由>

 「文芸春秋5月号」でこの少年事件の決定全文を公表した理由を、自ら説明します(この点については、4月20日のブログでも触れています)。

 審判当時、神戸司法記者クラブから「日本中の女性が男の子を産むのが怖くなったと言っている。事件を防ぐことが出来なかったのか、こうすればよかったと思われる事柄が見つかっているなら、すべて公表してほしい」と強く求められていました。

 その趣旨を受けて、井垣さんは生育歴の部分を丁寧に書きこんだところが、当時の神戸家裁所長が生育歴部分をカットした「決定要旨」を勝手に作って公表してしまったというのです。愛着障害とスパルタ教育によって自尊感情を損なうような養育を行わないことが、このような犯行を防ぐことにつながることを知らせることが出来なかったと指摘します。

<世界にも類を見ない挑戦>

 少年審判に携わってきた井垣さんは、「(1)居場所がない、(2)自己肯定感がない、(3)将来への展望がない、(4)自分のことを気にかけてくれる人が誰もいない、この4つのゼロが揃った時、非行が行われると考えています」と。このうち、(4)の防止は周囲の人間が自覚的にできると指摘し、Aの贖罪行動を支援するグループが生まれることへの切望を表明します。

 「成人だったら死刑になっていた少年を、少年院で教育・保護して更生させ、そして社会が、死ぬまで彼を再犯なしに立派に生きさせることができるか。これは世界にも類を見ない挑戦です。もし成功すれば、その時こそ本当に、日本の少年司法の勝利と言っていい。」

 井垣さんのご意見にまったく賛成です。

今、わが家は収穫まっさかり

 さて、灼熱の日々となりました。わが家は、ニガウリ、桃、ブラックベリーの収穫期。たくさん獲れるので、毎朝、ブラックベリーの生ジュースをたっぷり飲んでは桃を食べ、夜はゴーヤ料理の様々をつくって…。新鮮さはたまりませんね。

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