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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、埼玉大学教育学部にて教鞭をとる。
さいたま市障害者施策推進協議会会長等を務め、埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

至福のひととき

 昨日の午後、ウェスタ川越オープニング公演の小曽根真コンサートを堪能しました。

小曽根真さんにサインをもらう

 小曽根真さんといえば、世界で活躍するジャズ・ピアニストの名手中の名手。「1983年にバークリー音楽大学ジャズ作・編曲科を首席で卒業。同年カーネギーホールにてリサイタルを開き、米CBSと日本人初のレコード専属契約を結び、アルバム『OZONE』でデビュー」(7月5日小曽根真コンサートパンフレットより)。

 2010年にフレデリック・ショパン生誕200年に、ポーランドのワルシャワでレコーディングされたアルバム『ROAD TO CHOPIN』は絶賛を浴び、ポーランド政府から「ショパン・パスポート」を授与されています。この「パスポート」とは、優れた芸術家だけが入ることのできるポーランド政府がつくった仮想国への入国パスポートのことであり、ショパンの母国から、小曽根さんのジャズ・アレンジが絶賛されたことを意味します。

 昨日のコンサートの曲目は、当日まで明らかにされませんでした。小曽根さん自身のトークによると、あらかじめ曲目を発表していても、当日の会場の雰囲気や流れの中で、この曲は弾きたくない、こっちの曲を弾きたいという気持ちの運びがどうしてもあるそうです。

 当日になって、今この曲は弾きたくないのに決められた曲目を弾かざるを得ないとなると、自分の気持ちの入らない演奏になってしまうし、そのことがお客さんにもすぐに伝わってしまう。そんなことなら、あらかじめコンサートの曲目を決めずに、当日のコンサートの流れに即した曲目を演奏した方がいいと考えるようになったとのことでした。この自由度は実に素敵です。決してアバウトなのではありません。

 クラシックのコンサートでは、曲目と演奏の順序を予め決めることができれば、コンサートの仕事の9割が終わったとさえ言われる世界です。クラシックでは、演奏家がコンサートを創造するのです。それに対して、小曽根真さんのコンサートは、ジャズにふさわしく、聴衆と一緒に創造するということなのでしょう。

 さて、当日のコンサートは、小曽根さんの演奏、語り、オスカー・ピーターソンへのバースデー・ビデオ・レターの作成と素晴らしい内容でした。

 演奏はもう、最初から最後まで天下一品です。ジャズ界きっての超絶技巧と言われたオスカー・ピーターソン(1925-2007年)の演奏に触発されてジャズ・ピアノの世界に入ったというだけあって、ほれぼれするような見事な演奏です。旋律と和音からなるサウンドとリズムに関するジャズならではの複雑さをこともなげに奏でます。右手と左手が独自の拍子で進行する局面でも、鍵盤タッチとリズムのミスや乱れはまったくありません。

 フォルテシモの演奏は誰でもそれなりに迫力を出せるものですが、小曽根さんのピアニシモの繊細な響きにはうっとりして、もう言葉が出ない!

小曽根真最新アルバムにサイン

 とくに、演奏法が素晴らしい。先日のブログ「今こそリヒテル」でも記しましたが、「まずビジュアルありき」の要素はまったくありません。指-手首-腕-肩-腰-足の動きは、演奏の必要に集中して実に柔らかく連動しているだけです。そこがまさに、かっこいい!

 曲目が予め発表されていなかったので、私の期待する『ROAD TO CHOPIN』の曲目が含まれているかやきもきしていたところ、ショパンのプレリュードとマズルカのジャズ・アレンジが登場し、待ってましたとばかりに聴き入りました。

 クラシックの名曲をジャズ・アレンジすること自体は、何も目新しいものではありません。そのような楽譜も山のように出版されていますし、クラシックの演奏家がジャズ・アレンジしたものもあったように思います。しかし、これは、ことのほか難しいものです。

 ワルシャワでレコーディングされたジャズ・アレンジは、ショパンのサウンドやリズムの真髄をとどめながら見事なジャズに仕上げているからこそ、ショパンの母国ポーランドで絶賛されたのです。「メロディーの痕跡だけを残してジャズにしました」という、まるで薄っぺらいパロディのようなアレンジではダメなのです。

 それを生で聞くと、旋律・和音・リズムのすべてをアレンジしているのにショパンが生きているという嘘のような曲がほとばしり出てきます。いささか落語的な言い方ですが、死んだはずのショパンが何かの拍子で生き返り、「今度の人生はジャズでやろう」と決めて演奏したらこうなるのではないか、というような按配です(笑)

 さて、最後はオスカー・ピーターソンへのバースデー・ビデオ・レターです。小曽根さんは、ハモンド・オルガンが音楽のはじまりで、5歳の時にピアノを習い始めたら「バイエルをやらされて、こんなおもろないものはしたくない」(神戸出身の小曽根さんのトークは、関西弁です。私にとっては、これも耳に心地よい)と、ピアノを避けるようになったと言います。

 ところが、12歳の時に叔父さんが用事で行けなくなったオスカー・ピーターソンのコンサートを大阪厚生年金会館に聴きに行ったところ、「雷に打たれた」ようにジャズ・ピアノの虜になりました。これが、現在の小曽根さんにつながることのはじまりです(コンサートの小曽根さんのトークより)。

 その後、自分をジャズの世界に導いてくれたオスカーと知り合いになり、今年中には亡きオスカーを偲ぶアルバムを世界中のミュージシャンとともに出すことになっています。オスカーの誕生日である8月15日を前に、オスカーの娘さんからは、このアルバムに集うミュージシャンからのバースデー・レターを寄せてほしいというメールが昨日届いたそうな。

 そこで、ウェスタ川越のコンサート会場で、小曽根さんから「みなさんとハッピーバースデーを歌って盛り上げるビデオ・レターをつくりたい」と提案があり、もちろん会場は全員その気になって、「♪ハッピーバースデー オスカー、ハッピーバースデー・ツゥ・ユー♪」と大合唱して、「わーっ」と大手を振るビデオ・レターを作成しました。

 これは、オスカーの誕生日である8月15日には、YouTubeに出てくるそうです。弾き手と聴き手がともにつくる音楽ほど、すばらしいものはありません。今日ほど、ジャズ・ピアノの一人のファンとして至福を感じたひとときはありません。

大ホールとCFX

 蛇足ながら、ウェスタ川越について。これまでの川越市民会館の廃止に替わる新しい川越市の会館です。行政機関の出先や生涯学習センター的な機能があると同時に、ヤマハのグランドピアノの名器CFXが据えられた1700席の大ホールです。素晴らしい施設だとは思いますが、この大ホールを赤字なしに維持していくことは可能なのでしょうか? 川越市民の一人として、これほど大きな疑問を抱いた日もありません。

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