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宗澤忠雄の福祉の世界に夢うつつ

宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

疲労が溜まりやすい福祉の現場。
皆さんは過度な疲労やストレスを溜めていませんか?
そんな日常のストレスを和らげる、チョットほっとする話を毎週お届けします。

プロフィール宗澤 忠雄 (むねさわ ただお)

大阪府生まれ。現在、日本障害者虐待防止研究研修センター代表。
長年、埼玉大学教育学部で教鞭を勤めた。さいたま市社会福祉審議会会長や障害者施策推進協議会会長等を務めた経験を持つ。埼玉県内の市町村障害者計画・障害福祉計画の策定・管理等に取り組む。著書に、『医療福祉相談ガイド』(中央法規)、『成人期障害者の虐待または不適切な行為に関する実態調査報告』(やどかり出版)、『障害者虐待-その理解と防止のために』『地域共生ホーム』(いずれも中央法規)等。青年時代にキリスト教会のオルガン演奏者をつとめたこともある音楽通。特技は、料理。趣味は、ピアノ、写真、登山、バードウォッチング。

丸4年

 東日本大震災の発生から丸4年が経とうとしています。雑誌「季刊ビィ(Be!)」118号(2015年3月、ASK=アルコール薬物問題市民協会)は、4年目の被災地に生きる漁師・佐々木公哉(ささききんや)さんを「キンちゃんとタロウと震災 そしてアルコール依存症」(ASK編集委員・中日新聞編集委員の安藤明夫さんの取材記事)と題して取り上げています。

 岩手県田野畑村の漁師・佐々木さんと、津波に流されて奇跡的に生還した愛犬タロウ。「腕利きの漁師だったキンちゃんの暮らしは震災後、一変した。長年の断酒も、何度かスリップ(再飲酒)を体験した。でも、つまずきながらも頑張ってこられたのは、相棒タロウがいたから。」(同誌6頁)

 魚探やGPS装置を活かしながらエクセルデータをつくって漁獲をあげてきた佐々木さん。ところが、震災の2年前に漁作業中の事故で右足首を複雑骨折して長期療養を余儀なくされ、ようやく漁師に復帰しようとしていた矢先に東日本大震災が発生しました。

 家は津波で大破し、漁船や漁具はすべて流出しました。愛犬タロウは、震災前にテレビ番組で漁船上のエサを狙うカモメを追い払う「漁師犬」として紹介されたことがあるそうです。そのタロウも当初見当たらず、1週間以上たって重油まみれの姿で戻ってきたのでした。

 東京の金属会社社長が自分の釣り船を佐々木さんに「使っていただきたい」と申し出たところで、復興に向けた明るい兆しがさしました。しかし、釣り船を漁船に改造する船修理の会社はどこも手一杯、漁港の復興そのものも遅れてしまいます。ようやく漁船を進水させたところで、佐々木さんは19年目のスリップ(再飲酒)を体験するのです。

 三陸海岸をこれまで幾度となく襲ってきた大津波。そのたびに、元のゆたかな漁場に三陸沿岸が戻るまでには最低10年かかると言われてきました。漁港や道路のインフラ整備が進みさえすれば、生活再建の目途がつくというわけではないのです。とくに、昨年の秋まではひどい不漁が続いていました(https://kacco.kahoku.co.jp/blog/sasaootako/53332)。

 漁獲を上げるために投資した漁船や漁具・装備等が津波にもっていかれ、借金だけが残り、傷病から何とか漁師に復帰したところが、不漁の続く海の現実を前にして途方に暮れてしまう。ここで、スリップしてしまったところに佐々木さんの弱さがあるとは、決して言えないでしょう。

 むしろ、取材した中日新聞の安藤さんはつぎのように書いています。

「もともと東北沿岸部は精神科の治療資源が乏しく、差別意識が都会よりも強いとされていて、避難所や仮設住宅での心の相談が難しい地域。アルコール依存症の人がかかえる『差別されることへのおびえ』は、強烈であるようだ。」(9頁)

「今は、七ヶ月以上の断酒が続いている。長い間の不漁に少し改善の兆しが見えてきたこと、そしてネット上でカミングアウトしたことも抑止力の一つになったようだ。」(10頁)

「『いつかは公表するつもりでいたから、書いてもらって構いません』と言ってくれた。この気持が本当にうれしかった」(10頁)

「今も仮設住宅で昼間から飲んでいる人たちもいる。問題を隠すことでどんどん悪化していく。深刻なアルコール問題を見聞きする中で『隠さないことが大切』という思いがあったからだろう」(10頁)

 この1月に、宮城県岩手県がそれぞれ発表した災害公営住宅の進捗率は、計画戸数に対する工事完了戸数の割合でみると、宮城県17.4%、岩手県17.7%に過ぎません。工事に着手した戸数の割合でみれば、宮城県58.2%、岩手県40.7%となります。このような進捗状況のはかばかしくない状況は、東京オリンピックに伴う公共工事のあおりを食らってのものであることは、多くの報道が指摘してきました。「震災復興のためのオリンピック」などとよく言えたものですね。

 漁師の佐々木さんを焦燥感に陥れたものの一つに、借金問題がありました。河北新報の佐々木さんのブログでは、昭和8年の津波に直面した佐々木さんのお父さんは、不漁の続く荒廃した海であった10年間は、山に入って炭焼きをしながら糊口をしのいでいたと書いています。

 ところが、現代は山があって炭を焼いたところで、糊口をしのぐまでの収入には遠く及ばない。重くのしかかる借金の問題は、「3重ローン」「4重ローン」の問題として、阪神淡路大震災の復興をめぐる問題点として指摘されていたことであるにも拘らず、結局、ほとんど同じような被災者の苦労が繰り返されているのです。

 阪神淡路大震災の教訓を熟知する兵庫県弁護士会は、東日本大震災から間もない2011年4月7日に「東日本大震災復旧・復興対策立案に関する緊急提言」を行っています。

 ここでは、復旧・復興対策に関する総合的な提言をする中に、「二重ローン等の負担を免除・軽減すること」という節を設けているのです。

 そうして、住宅ローン等の二重ローン問題を軽減するために制度化された個人版私的整理ガイドラインについては、政府は当初1~2万件の利用を見込んでいたにもかかわらず、2015年2月20日時点での成立件数は1,191件にとどまっています(一般社団法人個人版私的整理ガイドライン運営委員会)。被災者の制度利用にとって、いくつものハードルのある問題が指摘されているようです。

 今週、虐待防止研修で大船渡に行く予定です。東日本大震災から5年目に入る今、三陸沿岸南部の復興をめぐる実情をも視察し、このブログで報告したいと考えています。